総合的な探究の時間での「テーマ選び」は生徒にとっても大きな関門ですが、ご指導に当たられる先生方も、その指導にはお悩みを抱えながら試行錯誤を続けておられる様子が伝わってきます。
多くの生徒に、より意欲的に取り組んでもらいたいとの思いから、生徒それぞれに「興味のあること」からテーマを探させるアプローチが多いようですが、これは必ずしも上手く機能していないように見えます。
上手くいかないケースの多くは、以下のいずれかに該当するようです。
「興味のあることと言われても、思いつかずに思考が止まる」
「興味があることと、好きなこと(趣味?)を混同している」
問題の根っこは、「興味」という言葉にあるのかも。生徒を惑わしているこの言葉を「知りたいこと」に置き換えてみては如何でしょうか。

本稿をもとにChat GPTで作画しました。(クリックで拡大します)
2023/09/06 公開の記事をアップデートしました。
❏ 好きな(≒興味のある)ことを入り口にすることの罠
好きなことを入り口にした場合、対象に対する知識もある程度は備わっているため、「答えありき」の問い(リサーチクエスチョン)を立ててしまう、という愚も犯しがちです。
立てた問いが「答えありき」では、それをサポートする資料やデータを探すことに活動が終始しがちで、探究活動の本来の目的である「問題を発見し、その解決策を考え出す」プロセスが形骸化します。
探究への着想を膨らませようと、好きなことをそのまま「キーワード」に検索を掛けたところで、答えるべき「問い」には近づけません。
また、好きなことを起点にすると、その先に新たな知を通じた社会との接点/当事者としての関わりが生まれないことも多いかと思います。
探究活動と進路指導を通じて目指すべきは、21世紀型能力の実践力を構成する「持続可能な社会への責任」や「社会参画力(社会に関わる姿勢とその具体的な方法)」であり、そこに繋がってこそ、中高生に取り組ませる活動としての合理性を備えうるのではないでしょうか。
❏ 知りたいことを「問い」に、調べ尽くしてみる
これに対して「知りたいこと」は、今の時点では(少なくとも自分にとって)「わかっていないこと」。何について、どんなことがわからない/知りたいのかを「疑問」として認識できれば、調べ活動にも方向性が生まれますし、AIに渡すプロンプトも作れます。
例えば、「睡眠」「コミュニケーション」「ストレス」といった単語を挙げただけでは「探究の問い」になっていません。「睡眠の何について知りたいのか」「どんな場面のコミュニケーションの何を問題にしているのか」と、問い掛けて、対象をもう一段掘り下げさせましょう。
先生方からの、「それの何について知りたいの?」という問い掛け一つが、生徒の思考を大きく動かすことも少なくありません。
調べていけば、自ずと多くのことがわかってきますが、それと同時に、新たな疑問も生まれるもの。それを具体化し、調べ続けていくと、やがて直接的な答えが明確に示されていない「問い」が残ります。それこそが、その生徒にとってのリサーチクエスチョンになるはずです。
そもそも、面白いものを見つけるのは、何かを調べて知ったり、考えてみたり、やってみたりした後のこと。何もしないまま、面白い(=興味を持てる)ことがどこからか降ってくるものでもないでしょう。
自分がどんなことに、どう反応するか(興味や関心を抱くか)も、体験してみないとわかりません。クランボルツが計画的偶発性理論(別稿参照)で述べた通り、まずはあれこれやってみることが大切。その中で、自分は何を学び、社会とどんな接点を持つかも見えてきます。
ちなみに、探究活動に生成AIを使わせるのに抵抗を感じる先生もおられるかと思いますが、これだけ身近になった道具を「禁止」しても、隠れて使うだけ。使わせながら、正しい利用を学ばせた方が得策です。
❏ 知りたいこととの出会いは、日々の授業などの中にも
知りたいことに出会うチャンスは、各教科の授業や体験学習の中にも、あるいは進路指導の中での「学問調べ」などにもあるはずです。
授業で先生が示す「探究から進路へのきっかけを作るプラス α の一問」や、単元内容に関連して触れたエピソードなどに刺激されて芽生えた疑問は、生徒にとって、まさに「知りたいこと」に他ならないはず。
こうした様々なチャンスも、放っておくとそれとは気づかずに、無駄にスルーさせてしまうこともあります。あらゆる指導の場面で「出会いに気づかせるための仕掛け」を適切に講じていきましょう。
知りたいこととの出会いを逃さないようにするには、普段から問題意識を持つことが大切ですが、「問題意識を持ちましょう」という声掛けを繰り返すだけでは、大した効果は見込めません。
目の前にあるものをじっくり観察したり、学んだことに改めて思考を巡らしたりする中で、隠れている「解明すべき問題/答えを見つけるべき問い(=知りたいこと)」を見つける姿勢と方法を学ばせましょう。
こうした仕掛けを日々の学びの中で十分に講じて「調査の力」「問題発見力」などを高めていくことが、探究活動のテーマ選びに臨ませる前の準備、レディネス作りになるということです。
❏ 調べ方、確かめ方を考え出す力を養うことも探究の目的
探究のテーマは、「知りたいこと」「調べられること(=生徒に扱いきれること)」「やるべきこと(取り組む意義があること)」の3つの円が作るベン図の「重なり部分」に置くのが理想だとは思います。
しかしながら、せっかく浮かんだ疑問を「高校生の手に余りそうだ」と決めつけて対象から除外したり、意義を説明できることに絞ったりするのでは、既にわかっていることをなぞるだけの活動になりかねません。
探究活動を始める段階では、「これは調べようがない/仮説の検証ができない」と思えたことも、方々を調べたり、考えたりする中で、実験や調査の方法が思い浮かぶかもしれません。
新たな知を作り出す方法を、体験の中で見つけ出し、身に付けていくことは、探究活動の重要な目的の一つであり、その可能性を最初の段階の不用意な「選別」で切り捨ててしまうのは避けたいところです。
高校の探究の本質は、「より良い答えを見つける」ことより、「問いを深めて、しっかり向き合う」ことにあるのだと考えます。
探究を進めた結果、「この部分を確かめる方法が現段階では見つからない」のであれば、大学に進学した後、社会に出てからも引き続き解明に取り組む「自分への宿題」にしても良いはず。
調べ尽くして見つけた「今の段階での限界」は、次のステップで取り組むべき自分の宿題になり得るもの。これを解明したい、こうした技術や手法を作り出したいとの「体験に即した明確な希望/夢」は、大学進学や就職に際しての志望理由としても十分な説得力を持ち得ます。

❏ 探究が役に立つかどうかわかるのは、解明が進んだ後
取り組むだけの意義があるかどうかも、とりあえず挙げてみたテーマの候補を前に立ち止まっているだけでは、判断がつかないと思います。
探究してみようと思ったことに、様々な立場の人々がどう取り組んでいるかを、先行文献の研究などで調べていくうちに、「なるほど、こういう意義がある研究テーマだったのか」と知ることもあるはずです。
日々の授業の中でも、身近な問題について様々な角度から考えを巡らせる練習をしておけば、各々の知とそれが生きる場の組み合わせは、思いもよらないところに存在することを生徒は知るようになるものです。
どう利用できるかは、解明した後に思いつくこともしばしばです。現代人が得ている知も、解明される過程では、どんなことに使われるようになるか想像できなかったものが多いのではないでしょうか。
調べながら、考えながら、ある時突然見えてくる「解明したことが利用できる場面/社会に対して持ち得る価値」に最初から蓋をしてしまうような、テーマ選びのアプローチが正解とは思えません。
そもそも、前述のように、身の回りや自分を取り巻く世界や環境の中に見出した問題を起点にしていれば、作り出した知の使いどころが見つからない、という事態はあまり想像できません。
例えば、ポスト・イットに使われる「貼ってはがせる接着剤」がありますが、これも最初からメモ用紙を作るために作られたものではありません。強力な接着剤を研究する中で偶然生まれた「弱い接着剤」は、暫く使い道がありませんでした。別の研究者が「落ちないしおり」として使えることに気づいたことで、貼ってはがせるメモへと発展しました。
探究活動が終盤に近付き、「新たに明らかにできたこと」の概要が見えてきたところで、どんな利用シーンがあり得るか改めて考えてみるように仕向ければ、そこに何かを生徒が見つける可能性もあります。それをきっかけに進路や志望理由を見つける生徒だっていそうです。
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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一
