観察をタスクに「問題発見力」を育てる

21世紀型能力(現行学習指導要領の土台)の中核をなす「思考力」の構成要素の一つに「問題発見力」がありますが、問題を見つけるには、まずは「対象をじっくりと/精緻に観察」することが欠かせません。

グラフやデータテーブルは言うまでもなく、写真や動画、絵画や図版、文章で書かれた資料なども「観察」の対象になりますが、生徒一人ひとりにこうした対象をきちんと観察させる機会は十分でしょうか。

❏ 問題は「観察」したものの中に見つかる

観察する対象は、各教科(科目、単元)の学習内容に応じて様々です。教科書には、グラフやテーブル(表)、図版がいたるところに載せられていますし、実技系の授業でも作品や動画を見せるのは日常でしょう。
先生が説明すること(=伝えることで形成しようとする知識や理解)をこれらに照らして「確認」させるだけでは、観察の力は養われず、観察した中に「考えを巡らせるべき問題」を見つける練習にもなりません。
折れ線グラフを見て、傾斜が大きくなっているところに着目して増加/上昇の要因は何かを考えたり、動画でみた2つのパフォーマンスの間に生じた理由を考えたりするところに思考が生まれ、その力を向上させるチャンスがあるはずです。
対象を観察する機会、観察した中に思考を巡らせる機会を、先生方が不用意に先回りして奪ってしまわないことが、観察の力や問題発見力を獲得させるためにはとても大切ということです。

❏ 観察の力を養う「問い掛け」と「気づきの交換」

観察をタスクに問題を見つける力を養うといっても、「よく見て、考えろ」だけでは、特に初学者には何をどう見て何を考えるのかさっぱり。戸惑うばかりで次第に嫌になってきてしまうかも。
最初の内は、上手に誘導、手引きをしてあげる必要があります。
例えば、散布図を見せたら、最初に投げかけるのは「どんな傾向が見て取れますか」という問いでしょうか。生徒にあれこれと気づいたことを発言させていきましょう。
他の生徒の発言に触れ、「なるほど、こういうところにも注目すべきなのか」と思えば、観察に必要な着眼点をひとつ学んだことになります。
ひとりでグラフと睨めっこしていても、そうした気づきは膨らんでいかないはず。「先生からの問い掛け」と「周囲との気づきの交換」の中で幅広く、多角的に対象を観察する力を生徒は身に付けていきます。
観察した対象の中に、何らかの傾向(らしきもの)を見つけたら、自ずと「どうしてそういう傾向が生じるのか」「背景に働いているメカニズムは何か」といった次の問いが生まれてくるはずです。
その場で思いついた「説明のためのアイデア」を確かめるための活動には、探究的な学びの要素も生まれますし、うまく説明できない箇所には「さらに深めて考えるべき問い」が埋まっていると思います。

❏ 観察のための「データ加工」の方法も学ばせていく

教科書や資料のデータなども、そのまま眺めているだけでは「考えを巡らせるべき/答えを導くべき問い」が発見しにくいのではないでしょうか。データを加工して別の形で観察する発想も必要です。
度数分布表を与えられ、じっと見ているだけの生徒と、ヒストグラムを起こしてみたり、2つのサンプルの差に着目すべく、箱ひげ図にして並べてみたりできる生徒では、問題を発見できる確率は大違いでしょう。
動画や図版だって、見比べたいところを拡大/抽出し、並べて表示したり、枠で囲んでマークアップしたりといったひと手間で、より精緻な観察ができるようになります。
こうした「観察のためにデータ/サンプルを加工」する方法も、一つひとつ学ばせていきましょう。ある科目のいずれかの単元で学んだ「加工の方法」は、他の場面(他教科の学び、探究活動など)にも応用できる汎用的なスキルとして、生徒の中に残るはずです。

❏ 言葉にする/手で書くことで、観察はより精緻に

対象を観察したときに、直観的に感じたことを頭の中だけに止めて置いても、観察には曖昧さや不正確さが残りがちです。これを「良し」としていては、観察の力は高まっていきません。
観察で得た気づきに、他者の理解が得られるよう、明確な表現を与えるタスクを課していくことが大切です。
風刺画に描き込まれているもの、実験中に目の前で起きたことなども、その場に居合わせない人に伝えるのは容易ではありませんが、その難しさは「表現力」より「観察力」の不足に起因することが大半です。
きちんと言葉にして伝える/文字に起こすというタスクは、様々な指導場面で幅広く用いることができる方法ですが、それ以外にも「手を使って紙や画面の上に描きださせる」というのも効果的です。

対象の姿を正確に記録し、伝達するだけならスマホで撮影すれば手間いらずですが、そこには頭を働かせる要素はありません。
やや漠然とした言い方になりますが、「見たもの/読んだもの」に頭を使って別の表現を与えるというプロセスの中にこそ、観察と思考の好適なトレーニングが含まれるということだと思います。



観察というと、事物やデータ、図版といった文章以外で表現されたものが対象になるようなイメージがありますが、もともと文章で表現されているもの(国語や英語の本文など)だって、生徒はしっかりと観察できていないことが多いのではないでしょうか。
別稿「生徒に問いを立てさせる同(続編)」でも触れたように、教科書に掲載されている文章を読ませ、その中に問いを立てるというタスクを与えても、なかなか気の利いた問いが出て来ないのは、文章やそこで用いられている表現への観察が不十分だからだと思います。
日々の授業での指導を重ねる中で、「なぜ、筆者はこの言葉を選んだのか」、「論証で触れられていないところはどこか、どうして触れなかったのか」といった問いを立てられるようになるところまで、観察と問題発見の力を生徒一人ひとりに獲得させていきたいところです。
PISAが測定する「読解力」の構成要素である「質と信ぴょう性を評価する力」「矛盾を見つけて対処する力」も、その土台は「観察の力」と「問題を発見する力」にあるはずです。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一