板書に残すもの(後編)

前編では、「板書は、思考のプロセスを可視化し、学びを組み立てるために行うもの」という基本的な立場から、黒板に何を書きだし、生徒のノートに何をどう残させていくかについて考えてみました。
生徒のノートに残ったものは、「結論とプロセス」×「板書したものと生徒が自ら書き込んだもの」で区分した「4つの象限」のいずれかに分類できます。その割合を捉え、「生徒が自分の思考を言語化し、学びの自己編集ができる」ことを目指したいというのが、前編の趣旨でした。
後編である本稿では、学びの場で板書がどのような機能を持つかを、

  1. 書き終えた板書を辿りながら、学んだことを俯瞰する
  2. 次に進むための前提を生徒の視野に固定して参照に備える
  3. 生徒の発言を拾い上げ、共有してから次の問いに繋ぐ
  4. 課題解決や情報整理の工程を、生徒に共時的に経験させる

という4つの軸で整理し、それぞれの機能を最大限に活かすための工夫や着眼点を中心に「板書に残すもの」を考えてみたいと思います。


2015/10/29 公開の記事を再アップデートしました。

❏ 書き終えた板書を辿り直すことで深められる理解

授業を進める中で、どこかのタイミングで板書した事柄に、その時間内に立ち戻る機会はどのくらいあるでしょうか。
ある問いについて正解に至るプロセスを板書しながら説明して解き終えたら、ポイントになる箇所に立ち戻って「着目したのはどこ?」「ここでの処理は何のため?」といった具合に問いかけてみましょう。
その時の思考を改めて言語化させることは、理解の深化や知識の定着にも大いに役立つはず。一度正解にたどり着いてから全体を振り返る中でこそ、掘り下げられること、気づきやすくなることも沢山あります。
カーナビの誘導どおりにドライブしても、道を覚えないことがありますが、目的地に到着してから、地図で通ってきたルートを振り返ってみると、目にしてきた光景が地図上に落とし込まれていくものです。
そのまま先に進んでしまっては、生徒もまた自分がきちんと理解できたかを確かめるチャンスを失います。

後で立ち戻ろうとしても、説明を口頭で済ませて板書に残っていなければ、やりようがありません。視野で共有できるものがない状態で、言葉での説明だけを繰り返したところで、理解は深まりにくいはずです。
書き残したものに色チョークでマークアップしたり、文字を書き加えたりしながら、学びの振り返り(+補完と拡張)を行っていきましょう。

❏ 大事なことは視野に固定して後の参照に備える

その日の学習内容の核になるような概念や考え方は、一度説明した後でも幾度も参照したり使ったりするはずです。換言すれば、参照/使用される機会が多いほど、項目としての重要度が高いということです。
それらの理解と記銘が十分でない/道具の揃えが不完全な生徒は、その知識が参照されるたびに不明の雪だるまを膨らませていきます。
一発できちんと理解して、自在に想起できるようになれば理想的でしょうが、すべての生徒にそれを期待するのは酷というものです。
幾度も立ち返る必要が想定される事柄を、きちんと板書して生徒の視界の中(=黒板、加えて後にも残る「ノート」)にとどめておくことは、次のステップに学びを進めるときの土台を確かなものにしてくれます。
導入フェイズで既習事項の確認をしたときも、確認したことや、改めて伝えたことを、黒板のすみなど「消さずに済む場所」に書き出しておけば、生徒は視線を動かすだけで、いつでもそれを参照できます。

授業を進める中、その板書に立ち戻って参照するたびに、関連事項や補足を書き加えるなど、理解に肉付けをしていくこともできるはずです。
最初から体系的に理解させるより、核となる理解から徐々に周辺へと、スコープを広げていった方が、学び手の負担も小さくなります。

❏ 生徒の発言を拾い上げたら板書でシェア

別稿でも書いた「発問で引き出した生徒の発言をどう扱うか」は、対話的で深い学びを実現するためにとても重要です。
生徒の発言を教室全体でシェアして、それを起点に次の問いに繋ぐことを習慣化すると、生徒同士の発想の交換が進み、理解が積み重ねられ、学びはより深いものになっていきます。
問い掛けて気づかせ、言葉にさせても、口頭だけでのやり取りでは何を土台にして授業が展開しているか把握しきれない生徒も出てきます。
次のやり取りの前提を整えるためにも、生徒の発言を拾いあげたら、欠かさずに黒板に書き出すようにしましょう。
幾人かの意見を並べて書き出せば、それらを比較しながら、双方の着眼点の違いや論証の巧拙などに思考を向けさせることもできます。
飛び交う発言のうち、次のステップに進むときの鍵になったものは、板書にマークアップして、強調の痕跡をノートに残させることで、後日の復習でもその場のやり取りが思いだせるようにしたいものです。
対話的な学びという言葉のイメージからか、口頭でのやり取りを充実させている教室は多く見かけますが、黒板やホワイトボードの助けを借りて、より深い対話を作り出している授業はそれほど多くなさそうです。

❏ 課題解決や情報/論点整理の工程を経験させながら

予め練り込まれた「板書案」がスムーズに黒板上に再現されていく風景は、一見すると整然としていてわかりやすい授業のように見えますが、生徒は与えられた情報を受け取っているだけになりがちです。
別稿「スライドや板書案を作り込んでおくだけでは…」で書いた通り、生徒と対話しながら書き上げる「ダイナミズム」こそが、プリントや、予め整えられたスライドなどにはない、板書が備える最大の強みです。
問いに正解を導くときは、ワンステップずつ問いかけて気づかせ、確認できたことを順に板書で固定していきましょう。
板書に残ったもの(内容や配列)が同じであっても、書き出すまでに挟んだ対話や思考が違えば、生徒の学びは全くの別物になります。

  • 情報や論点を整理するときの手順や方法も、問い掛けを重ねて生徒自身にも経験させながら、黒板上に展開していきましょう。
  • 文章で説明されたことがらを、構造化しながら整理・理解していく場面なら、情報整理の様々な手法を学ばせることができます。
  • 賛否の分かれるイシューを扱うときも、賛成派の意見と反対派の意見を対比的に構造化してみせれば、論点整理の手法を学べます。

こうした場面で行われた「やり取り」も、口頭だけで済ませてはすぐに消え去ってしまいます。生徒の記憶に刻みたいものは、黒板に書き出すことで、確実に共有を図るとともに、後の再記銘に備えましょう。
考えてみれば、板書を使って生徒と対話しながら課題解決や情報整理の工程を展開していくこと自体、ファシリテーションの実践です。
発言を構造化しながら記録し、議論を整える技術(ファシリテーショングラフィック、英語ではgraphic facilitationと言います)が注目されていますが、教科固有の知識を学ぶ中でそうした技術(協働のスキル)も身につけられるなら、生徒にとっては一挙両得ではないでしょうか。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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