生徒にも学ばせたいファシリテーション・グラフィック

先生方の板書などを通じて、生徒は情報を整理し、構造化する方法を学んでいます。(cf. 知識の拡充 vs 情報整理手法の獲得
結果として残った板書やプリント/スライドなどは、各単元に固有の知識をすっきりと提示し、生徒が覚える上での利便を図るものになっていると思いますが、それらが出来上がるまでの工程そのものにも生徒に学ばせたいことがあります。
話し合いなどの場で、メンバーの発言(発想や意見)を拾い上げ、二次元平面に展開して固定していくことで、共通理解を形成し、議論に方向を与えていく「ファシリテーション・グラフィック」のスキルです。

❏ 発言をその場で構造化して記録することのメリット

様々な情報、知識、意見を持つ人々が集まり、協働で課題の解決を図る場面を、生徒は社会生活の中で多々経験していくことになります。
そのときに、口頭だけでやり取りを重ねる場合と、発言を書き出して視野に固定することで参加者の認識を一致させながら進めていく場合とでは、議事のまとまり方、会議の生産性もかなり違ったものになります。
企業の会議のみならず、地域のワークショップなどでもホワイトボードを用いるのが普通になってきたのは、その方法の効率の良さ、生産性が広く認識されてきたためでしょう。
企業によっては壁一面をホワイトボードにしてしまったところもあるぐらいですし、地域の集まりに顔を出しても、模造紙と付箋が当たり前のように用意されていることが少なくありません。
話し合いを進める中で、発言を記録し、その場で構造化(図式化)していくことのメリットは、一般に

  • そこまでの話の流れが辿りやすくなることで、論点を見失わずに議論が効率的に進められる。(効率性)
  • 書き出されたものが起点となって/組み合わさって、新たな考え、発想が生まれやすい。(生産性)

とされていますが、これ以外にも、文字に起こすワンクッションが挟まることでやり取りが感情的な方向に流れにくいことや、同じことの繰り返しで議事が停滞することを防ぐ効果も期待されています。
対話的な学びの充実が図られる中、教室でもワークショップ的な学びの場が増えてきており、「議事をその場で構造化」する方法を生徒にも学ばせた方が、より深く、広い学びの実現が期待できそうです。

❏ ベースになるのは、板書を通じて学ばせた構造化の手法

ファシリテーション・グラフィック(英語ではgraphic facilitation)の技法を学ばせるときのお手本は、先生方が日々の教室でやってみせている、板書を使った情報の整理・構造化の手法です。

先生方が自席で準備してきた板書案を再現するだけ、あるいはプリントやスライドを作り込んでおくだけでは、お手本を示すチャンスもなく、生徒はその手法を学ぶ機会を持ち得ません。
問い掛けを重ね、生徒から発言を引き出していく中でこそ、「発言を拾い上げ、構造化しつつ記録する工程」を生徒の眼前で見せていけます。
同時に、どのように働きかける(=書き出したものを起点にどう問いを重ねていく)ことで、参加者から議事に沿った(論点や方向性を見失わない)発言を引き出せるか、お手本を示していることになります。

21世紀型能力では、言語や数量、情報などの記号や自らの身体を用いて、世界を理解し、表現する力を「基礎力」としていますが、発言を構造化して記録する手法は、その中の「情報スキル」の一部になるはず。

その獲得機会を日々の授業の中に組み込むことができれば、別の機会を設けて学ばせるより効率的だと思いますし、様々な教科・科目で同様の体験(学習)を重ねるほどに、応用の効く範囲も広がります。

❏ ファシグラの技法は、個の学びもより実りあるものに

授業を受けながら、あるいは自分で調べ物をしながら得た情報や知識、思いついたことをメモに起こすときも、それらを時系列的な箇条書きにしかできないのでは、なかなか理解やアイデアも膨らまないはずです。
ファシリテーション・グラフィックの技法を駆使できれば、学びや思考の成果(理解や新しい着想の獲得)により大きなものが期待できます。
手を動かして、新たに獲得したパーツ(情報や知識)をどんどん平面上に展開・配列していけば、パーツ間の関係に気づくことも多いでしょうし、全体を俯瞰した理解も進んでいきます。
また、配列したものを俯瞰して「埋まらずに残っている隙間」を見つければ、それを埋める(パーツ間を結ぶ)のに必要なものをまだ見つけていないことにも気づき、それを求める思考や調査の起点が得られます。
そもそも構造化ができないのは、対象をきちんと理解できていないか、構造化の手法を身に付けていないかのどちらか。いずれにせよ、学ばなけれはならないことが、まだその先にあるということです。
ファシグラの技法を使ったメモ起こしにチャレンジさせることは、これから何を学んでいくべきか生徒自身に見つけさせる機会にもなります。

❏ 思考力や実践力(21世紀型能力)にも繋がる可能性

ファシリテーション・グラフィックの技法を学ばせることは、情報スキル(21世紀型能力の「基礎力」の一部)を高めることに繋がり、ものごとを理解したり、表現したりする力を底上げしてくれますが、思考力や実践力の獲得にも小さからぬ寄与が期待できると考えます。
思考力を構成する要素には「創造力」(=未解決の問題を解決するスキームを描き出す力)が含まれますが、如上の「情報を構造化してみて欠けているところを見つけること」はそこに繋がる重要な工程です。
解決策を見つけ出るようになってこそ、「社会参画力」や「持続可能な未来への責任」(いずれも21世紀型能力の外縁を形成する「実践力」の構成要素)も自分のものになっていくのではないでしょうか。
実践力には「人間関係形成力」も含まれますが、そこには「自分と他者の関係を築く」ことに加えて、他者と他者の関係を取り持ち、好適な関係を作り出すことも含まれるはず。ファシグラのスキルにより、議事を建設的(感情に任せず、論点を見失わず)にリードできるようになればその力も今より一段上のものが期待できそうです。



昔ながらの話し合い(会議など)では、司会と書記はそれぞれ別の人が担当しましたが、ファシリテーション・グラフィックを駆使した場合、2つの役割が混ざってきます。
司会&書記の立場では、議事をその場で効果的にまとめられる(構造化できる)ことは、議事をリードするのに欠かせない力になりますし、参加者の側でも、ホワイトボードなどで二次元平面に展開された情報群の中に新たなアイデアを見つけることに慣れた人ほど、ブレイクスルーを生みだす人材ということになるのかも。
協働の場でも、個の学びでも、筆記には新たなスタイルと目的が生まれており、その技法を教室で学んでおくべきだと思います。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一