中高の「振り返り」をどう機能させるか

授業の最後にその日の学びの「振り返り」を行わせる教室も少なくありません。1人1台端末の普及以降は、毎時間、生徒が端末に向かって、その日の学びを短い文章にまとめる姿も「日常」になりつつあります。
自分の学びを捉え直し、次に繋げるための仕組みとして「振り返り」は有用です。但し、毎時間書いている、全員が提出している、記録も残っているというだけでは「振り返りができている」ことにはなりません。書くことが自己目的化しているケースも少なくないように感じます。
毎時間書かせる形式を生徒がどう捉えているのか、評価と結び付いたときに何が起きるのかなどにも、注意を向ける必要がありそうです。大学のリアクションペーパー(リアペ)と、根っこの問題は同じでしょう。

本稿の内容をChatGPTでイラストにしました。クリックで拡大します。

❏ そもそも、振り返りは何のため?(目的に立ち戻る)

昔の教室では、「振り返り」に力を入れるのは、どちらかと言えば先進事例、稀な部類でした。言語化させることはもちろん、そもそも「学びを捉え直す」という考え方も、現代ほど一般的ではありませんでした。
振り返りと学力向上の関連を示す様々なエビデンス(例)が得られたことや、「主体的に学習に取り組む態度」の評価材料が必要になったことを機に、授業ごとの振り返りが広く行われるようになってきました。
授業の最後の短い時間で実施しやすいこと、生徒の学習状況を先生方が把握する材料になるという利点に加え、一人一台端末の普及で、入力・提出・保存が容易になったことが、広まりを後押した部分もあります。
学びを振り返り、記録に残すことには、学びをより深く、確かなものにしたり、学習の改善を促すなどの効果があり、本来は指導上も評価上も十分な合理性がある営みですが、「毎時間振り返らせる」ことが目的になると、形骸化が急速に進んでいきます。
目的は書くこと自体ではなく、経験を捉え直して次の行動を変えていくこと。Kolbの経験学習(経験を振り返って次に生かす)やSchönの省察的実践(現場経験に学び、問題解決を図る)とも通底する考えです。
環境が整い、一般化してきた今こそ、教育的に意味のある振り返りになっているか、批判的な目で、常に点検と改善を重ねていくべきです。

❏ 機械的に行わせる「習慣」が形骸化を加速させる

せっかくの「振り返り」が形骸化していくには、主だった原因が幾つかありますが、その一つは「毎時間、機械的に行わせる」ことでしょう。
学習において「習慣化」は大切な要素ですが、同じことを繰り返すうちに刺激は乏しくなり、機械的に処理するだけになりがちです。
振り返りは、学習体験(課題解決や対話協働)を学びに再構成する営みですが、毎回の授業で振り返りの材料となる体験や、そこからの気づきや刺激が等しく存在するわけではありません。
大した気づきや手応え、反省がないときも、何か書かなければならないとなれば、「無難な書き方」(重要語句をちりばめ、次は頑張るという宣言を添えるなど)を見つけて、繰り返すようになりがちです。
こうなってしまえば、振り返りは、自分の学びを捉え直す時間から、授業の終わりに提出物を整えるだけの時間に変容します。そうして提出されたものに目を通したところで、指導に活かせる示唆は得られません。
振り返りを行わせるのは、進捗や改善課題に生徒が気づけるだけの十分な学習活動を体験させたときに限るのが、正しいスタンスでしょう。
別稿「新しい評価の実行可能性を高めるための工夫」で書いた通り、観察機会もないのに、無理に評価を行えば、歪んだ結果しか出てきませんが、同じことが振り返り/生徒による自己評価にも当てはまります。

❏ 自由に書かせるだけでも、誘導し過ぎてもいけない

漫然とその日の授業を振り返って「感想」を書いたところで、学びを捉え直したことにはなりません。生徒によっては「面白かった、難しかった、頑張った」くらいのところで止まってしまうこともあり得ます。
どんな観点で振り返りを行い、何を書くか、ある程度のガイドは必要です。「新たに学んだこと」「考えが変わったこと」「浮かんだ疑問、調べてみたいこと」などを尋ね、振り返りに焦点を与えるのも好適です。
その日のねらいや、授業で学ばせた/体験させたことに沿った問い(=振り返りの焦点)をその都度与えることで、「毎回同じような出力」に陥る事態は、かなり効果的に防げるはずです。
新たな見方を獲得させることが主眼の授業では、対象の捉え方を尋ねる問いを用意し、学び始めるときと、学び終えた後でそれぞれ答えを作らせ、その変化から、どんな学びがあったかを探る手もあります。
但し、こうした「誘導」が効きすぎると、尋ねたことしか記述に現れなくなり、意識の変化(学び)をニュートラルに捉えられなくなります。振り返りができるようになってきたら、誘導を緩めましょう。
ルーブリックを用いた「評価」でも、各観点の評価規準に沿った行動しか生徒が取らなくなり、観点が示す方向以外に学びが膨らまない(取り組みに蓋をする)弊害/副作用が生じることが少なくありません。

❏ 振り返りの方法と姿勢も、互いのやり方から学ばせる

振り返りは、メタ認知に基づく高度な思考ですので、反復だけでできるようになるものではありません。振り返りの方法と姿勢を学ぶ機会も必要ですが、先生が「お手本」を示したら、縛りになるばかりでしょう。
こうしたときに有効に使いたいのが「生徒間の相互啓発」です。教室で同じことに取り組ませても、振り返りで出てくるものは生徒ごとにまちまちです。能力差だけでなく、学習履歴による差も小さくありません。
生徒がそれぞれに振り返ったもの(ログ)を教室でシェアすれば、一人の気づきが多くの生徒の学びになると同時に、振り返りに必要な視点と思考の様式を学ばせることもできます。
生徒が提出したリフレクション・ログから、好適な記述(ほかの生徒の学びになるもの、当人が自分の成長や強みに気づけるもの)を先生方の目で探し出して、提示し、それをもとに議論してみるのも好適です。
同じ教室に同時にいる生徒だけでなく、学年内の他のクラス(ときには担当先生も違うかも)や、前年度の先輩学年が同じ単元・課題で残したログなども材料になります。蓄積しておけば、AIを使って解析し、類型ごとに好適なものを抽出するなどの処理も可能です。
全員のログを機械的に共有するやり方では、メッセージにノイズが入り込む(「この程度で良いのか」と受け取らせる)だけでなく、他の生徒が書いたものにじっくりと目を通して、そこで感じたものを改めて自分の学びに再消化する時間が十分に取れなくなります。

❏ 書かせたら、きちんと読んでフィードバック

せっかく書いて提出したのに、何のフィードバックもなければ、あるいは次からの授業に変化がなければ、生徒は「振り返って言語化する」ことに意義が見いだせなくなります。その結果が、ログに残るお決まりのフレーズの繰り返しだとしたら、責められるべきは生徒ではないはず。
思考に現れた好ましい変化や、しっかり取り組んだがゆえの気づきなどは、きちんと拾い上げて、観ているというメッセージを発信(個々に伝える以外に、クラスでシェアする如上の方法もあります)したいところです。学びに不足や勘違いがあれば、問い掛けて再考を促しましょう。
但し、近年は「立派な記述」の裏には生成AIの補助(代行?)が潜むケースもありますので、そうした箇所にも「問い」を与えて、本人の思考を言語化させてみることも、忘れないようにしましょう。
リフレクション・ログ(あるいはリアペ)には、躓いたところ、疑問が残った/腹落ちしないところを記している生徒もいるはずです。思考が浅く、もっと考えなければならないケースも少なくないかと思います。
こうした場面では、具体的な回答や助言を先回りして出さないようにするのが肝要。不用意な先回りは、生徒が能力や資質、取り組み方を獲得するチャンスを奪ってしまいかねません。

生徒がログに残した記述には「授業に対する注文」が含まれることもあります。ここでのフィードバックは、直接的な言葉での「返答」ではなく、より良い授業の実現に向けた「さらなる工夫」になるはずです。

❏ ログに現れる変化から成長を捉え、次の課題を特定

日々の授業の要所(=振り返りの材料が十分な場面)で生徒に起こさせた「振り返りの結果」(リフレクション・ログ)は、記録としてきちんと残して行きましょう。蓄積したものを時系列にそって見直していくことで、個々の生徒や集団(クラス)の成長を見て取ることができます。
当然ながら、その「成長」は、多分に先生方の指導の成果。最善と考え積み重ねてきた指導が、どんな成果を得たのかは、テストやレポートの結果や、ルーブリックに照らして行った行動評価の結果に加え、ログに現れた「生徒の認識」の変化も指標に捉える必要があります。

以前の紙での手書きと違い、リフレクション・ログもタブレットから直接投稿させるスタイルが主流でしょう。ログの収集・蓄積の負担はかなり小さいはずです。クラウドに蓄積されたデータ(ログの総体)の解析にも生成AIが活用できます。
個人情報の取り扱いのルールを確認し、必要に応じて匿名化した上で、各種ログを読み込ませ、個々の生徒、各クラス、学年全体で、どんな成長が窺えるかを尋ねてみれば、これまでの「目視と手作業」では拾いにくかったところも見えてくるかと思います。
活動記録や、グループワークの班構成などのデータと組み合わせれば、どんな経験や環境が成長をどう変えるか、仮説も立ちます。
積み重ねた指導が狙い通りの成果を得たかを確かめることは、生身の学習者を「不要な試行錯誤」に巻き込まないためにも欠かせません。同時に、学びの成果をデータを使って「たな卸し」して見せることは、学びに対する生徒の自己効力感を刺激する材料にもなるはずです。
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この記事を書き始めたタイミングでPISA2025の結果が公表されました。日本の生徒がOECD平均を下回る、「理解したか確かめるために自問自答する」「取り組み方がうまくいかなければ変更する」「勉強への取り組み方を計画する」といった行動の強化には、本稿で取り上げた「振り返り」の在り方を、改めて見直す必要があると考えます。
但し、ただでさえ多忙の中、指導計画にも余裕がないところで、無理を重ねては、破綻するのは明らか。別稿「新しい評価の実行可能性を高めるための工夫」でも書いた通り、優先順位を明確に、振り返りを行わせるべき場面の見極めをしっかり行うことが何にも増して肝要です。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一