学びの表出を「評価される文章」に変質させない
大学の授業では、授業ごとにリアクションペーパー(所謂「リアペ」)を書かせることがあります。言うまでもなく、その日の授業で分かったこと、疑問に思ったこと、考えたことなどを短い文章で書かせるもの。
学生がその授業をどう受け止めたのかを知ることが第一の目的ですが、学生にとっても、その時間の学びを振り返り、言葉にすることの効果は大きく、きちんと機能すれば(正しく運用すれば)有用な仕組みです。
リアペは、学生と先生方の対話ツール。回収するだけでは対話になりません。「自由に書いて」だけでは、自分の学びを十分に捉え、言葉にできない学生もいます。ただ書かせても学生の学びは捉えきれません。
さらには、学生が「リアペに書いたことで評価される」との意識を持つと、文字になった内容が、学びの実態と異なっていくこともあります。
せっかくのリアペを、副作用をできるだけ抑え、本来の目的に沿って正しく使いこなすには、設計と運用を改めて考える必要がありそうです。

本稿の内容をChatGPTでイラストにしました。クリックで拡大します。
❏ リアペは何のために書かせるのか(本来の目的)
リアクションペーパーに表現させるのは、その授業を受けた直後の学生の反応。以下のようなことを書き出させていくのが普通でしょう。
- 何を理解したのか/何がまだ分からないのか。
- どこに疑問を持ったのか/どこで引っかかったのか。
- これまで知っていたことと、何がつながったのか。
- 授業を受ける前と後で、考えが変わったところはあるのか。
こうしたことを言葉にすることは、学生と先生方の双方にプラスです。
学生にとっては自分の理解や疑問を言語化することで、自分の学びを捉え直す機会。ここでの認識を、次の学び(調べる、考える、尋ねる)に繋げれば、深く確かな学びが実現するはず。
先生方は、学生が授業をどう受け止めたかを知ることで、次の説明や問い、活動の配列を考える材料が得られます。「どこに不明が残ったか」は直接的な示唆を与えますが、それだけではありません。
授業で狙った気づきや思考の変容が、どのように、どこまで言及されているかも、指導の成否を探るための重要な手掛かりです。当然ながら、不足があれば補うと同時に、次の機会でのより良い指導を目指します。
学生にしても、先生にしても、リアペを書いた/書かせたところで止まっては、本来の目的(より良い学び/より良い授業)への接近の道程が途切れてしまいます。
リアペに現れた不明や疑問に、次の授業で説明/回答しただけでは、理解形成の不備に絆創膏を貼っただけのようなもの。次の学び/授業にどう向き合い、改善していくかまで歩を進めてこそ、目的に近づけます。
❏ 学んだことがそのままリアペに現れるわけではない
リアペに書かれたことだけを見ても、学生の認識を捉えたことにはなりません。何かを学んでも、きちんと認識に上らないこともあれば、上手く言葉にできていないこともあります。
逆にきちんと学んでいないのに、言葉の技法に長けて、実際の学び以上に言葉を並べる学生もいます。たくさん書いてある、重要語句もちりばめられているからと言って、手放しに、高く評価するのも不用意です。
リアペ上で先生方の目に触れるのは、「学び→自分で認識→言語化」という段階を経たもの。どこかで詰まりが生じたり、逆にブーストが掛かることもあるということ。AIを利用した「創作」だってあり得ます。
また、なぜか多くの記述が、同じようなところにばかり集中することもあります。授業内で紹介したエピソードなどの印象が強くて、そこに意識が向きすぎたあまり、他が「影」になることも、グループワークで特定の学生の発言が周りの認識を強く方向付けることもあります。
先生方が、「本時/単元のねらいがどこまで実現したか」をリアペを通して捉えるには、こうした記述の偏りや濃淡を生じさせる様々な原因を乗り越え/回避する必要があるはずです。
リアクションペーパーを書かせることの主たる目的の一つは、上述の通り、学びの成果に学生を向き合わせること。表現する際の意識を拡散、偏向させないことは、その目的に正しく近づく上で欠かせません。
❏ 評価の材料になると、書かれるもの自体が変わる
ここまで見てきたように、リアペに現れる記述には、様々な理由で偏りや濃淡が生じます。そこに「この記述が自分の評価に使われる」という条件が加われば、さらに別の力が働きます。
成績評価の内訳の「平常点」として、出席しているだけでなく、講義を理解して自分の考えを書いているかをリアペの記述から推定し、「授業態度」として点数化するケースも少なからず目にします。
本来なら、「自分は何を理解したのか/何に疑問を持ったのか」を言葉にすればよいはず。ところが評価されるとなれば、「何を書けば高く評価されるのか」という意識が入り込むのも無理からぬところでしょう。
説明に納得できない、授業の進め方に疑義アリという場合でも、「書かない選択」もあるはず。反対に、「理解が深まった」「新しい視点を得た」といった、評価者が受け入れそうな表現に寄ることもあり得ます。
評価基準への学生の「適応」も考えなければならない問題です。幾度かリアペを提出して、評価/フィードバックを受けていれば、「この先生は、こういう記述を評価する」と学生なりに分かってきます。
重要語句を組み合わせる、自分の経験と結びつける、疑問を添える――いずれも、本当にそうした学びがあったのなら価値のある記述です。
問題は「本当にそう学んだから書いたのか、そう書けば評価されると考えて書いたのか」が、出来上がった文章だけではわからないことです。
生成AIを使えば、喜ばれそうな文章を整えるのは簡単。重要語句を入れ、経験と関連付け、疑問を添えた「よく出来たリアペ」がタイパ良く生成できます。これを学生の「ずるさ」と責めても仕方なさそうです。
評価される以上、より良い評価を得ようとするのは自然な行動。先生方が考えるべきは、「評価することによって、捉えたかったはずの学びの表出そのものを変質させていないか」ではないでしょうか。
❏ 「学びの棚卸し」と「授業への注文」を分ける
ここまでの問題を考えると、リアペに書かせる内容も、少し整理した方がよさそうです。まずは、2つの領域に記述を明確に分けましょう。
一つは、学生自身の学びについての記述です。
何を理解したのか。何がまだ分からないのか。どこに疑問を持ったのか。考えがどう変わったのか。言わば、自分の学びの「棚卸し」です。
こちらは、学生の認識や学びの成果を知るための材料になります。前述の通り、リアペに現れた文章だけで学びの実態を推し量るわけにはいきませんが、評価資料の一つとして扱う余地はあります。
単なる「わからない」を具体的な問いに起こせた、自分自身の体験と結び付けた「学びの自分事化」が読み取れる、「ここを調べたい、知りたい」という宣言が後日の具体的な行動に現れる。こうしたケースを見かけたら、ポジティブに評価してあげたいところ。
平常点への加点はある種の「報酬」でしょうが、好適な記述をきちんと見つけ出し、それが肯定的に評価される理由を言葉で伝えること(的確なフィードバック)だけでも、十分に魅力的な報酬になり得ます。
もう一つは、授業そのものについての記述です。
説明が分かりにくかった、進行が速かった、もう少し詳しく扱ってほしい、こういう活動が学びやすい、といった、先生方への「注文」です。
こちらは性格が違います。先生方が自分の授業を振り返り、改善するための情報であり、学生を評価するための情報ではありません。
この二つを記入欄から分け(あるいは提出方法も別にする)、それぞれに応じた取り扱いを徹底しましょう。「授業への注文」は先生方の授業改善のためだけに使うという「宣言」(約束と遵守)も重要です。
本稿(前編)では、リアペの本来の目的に立ち戻り、「効果的な運用」を妨げている要因がどんなところにあるかを考えてみました。
実際の運用では、学生の認識をどこに向け、何を言葉にさせるかという設計も重要になります。例えば、授業のねらいに学生の認識の焦点を置かせるには、「問い」が有効。授業の導入フェイズで与えるターゲット設問や、リアペの指示に添える問いなどが、その手掛かりになります。
学生が多い場合に、リアペをどう読み、学生から出てきた疑問や気づきを、どう教室全体の学びや授業改善に返していくのかも難題です。
後編(リアクションペーパーを「対話のツール」にする)に続く。
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一
