目標理解と活用機会を整える授業デザイン

学習目標を正しく認識した上で、習ったことを用いた課題解決を経験することで、生徒の学びは着実に成果(=学力の向上や自分の成長)を結ぶようになります。学習目標を提示するには、解くべき課題をもって行うのが最も効果的であるのは別稿で申し上げた通りであり、獲得した知識・理解の活用機会を整えることには一石二鳥の効果が見込めます。
これに、対話による気づきの交換を重ねることが加わることで、学びはより深く広いものになりますが、対話を活性化させるにも生徒が協働で解決を図るべき課題の存在が欠かせません。
また、学び終えて改めて課題に向き合い自分の答えをじっくり仕上げる中で、それまで気づかずにいた不明を解消したり、学んだことの再記銘を図らなければ、学びは確かなものになりませんが、ここでも学んだことを活用すべき課題が正しくセットされていることがカギになります。

2016/08/04 公開の記事をアップデートしました。

❏ 導入フェイズで問いを示し、仮の答えを作らせる

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新しい概念を導入し、知識を与えてその体系化を図る前(=単元内容を教え切ってしまう前)に、本時の学習目標を代表する問い[ターゲット設問](=学びを経て解を導くべき課題、導入設問)を与えてしまうというのがここでの肝です。
単元名を板書したところで、生徒にとってまだ習っていないことだけに何を学ぶのかもピンときませんし、何ができるようになれば学習目標が達成できたことになるかイメージできませんが、学習目標は解くべき課題で示すようにすれば、双方の要件を同時に満たすことができます。
問いを与えたら、手持ちの知識で「仮の答え」をその場で作らせてみましょう。答えを作ろうとする中で、わからないことの所在に気づかせ、疑問で頭を満たすことで、それらを解消したいとの欲求が生まれます。
こうした欲求こそが、学ぶことへの自分の理由だと思いますし、自分事として学びを捉えることができれば、これまで以上に積極的な学習参加も期待できます。
答えが一つに決まらない問い、賛否が分かれるイシュー(論点)を扱う場合なら、別稿でご提案した「プレ討論」をもって導入フェイズとするのも好適だと思います。

❏ 生徒は、解くべき課題を通じて学習目標を理解する

生徒は、獲得した知識を活用して解決すべき課題が与えられてこそ学習目標を把握できることは、データでも確かめられています。
下図は、活用機会(習ったことを使ってみる機会)を十分に備えているかどうかで授業を区分し、それぞれの目標理解における集計値の分布を示したものです。ついでに理解確認、学習効果、活動性(授業内活動)についても比較をしてみました。
箱の上端は第3四分位数、下端が第1四分位数(上位、下位それぞれの得点順位25%の位置)を表します。グレーの濃淡の境界が中央値です。いずれもクラス単位の集計値に基づきます。ひげの長さはIQR[四分位範囲]の1.5倍までとし、外れ値はひげの外に「×」で表示しました。


どの項目でも、活用機会が調っているかどうかで箱の位置は大きく異なっています。習ったことを使ってみる機会を具体的な課題や問いで整えることが目標理解を確実なものにする上、学習効果を大きく左右する他項目にも決定的な違いを生じさせている様子が見て取れます。
しかしながら、学習内容のすべてを先生が教えてから、解くべき課題を示すという従来の手順のままでは、先生の説明を聞いている間、生徒は学びのゴールをイメージできないでいるかもしれません。学びの本題に入る前に、問いを示すことがカギの一つです。
授業評価アンケートの集計データを使って、以下のような「活用機会と目標理解の散布図」を描いて見ると、ご自分が担当する授業の相対的な位置が確認できます。


幅を付けて描いた近似線(グレーの帯)の下方にはみ出した場合、せっかく用意した活用機会が、学習目標の理解に十分に役立てられていないことになります。原因は、問いを与えるタイミングか、問いを与えて仮の答えを作らせる工程のいずれかにあると思われます。
活用機会も十分に整え、生徒側での目標理解にも不足はないのに学習効果(学力の向上や自分の進歩の実感)が薄いという場合は、対話と協働による気づきと学びの深まりが十分でないか、答えを仕上げる中で学びは深まるという機能を生かし切っていないかだと思います。
このように改善すべき問題点の所在をデータから推定することは、授業改善をより効率的、確実なものにしてくれるのではないでしょうか。

❏ 課題解決に必要な知識は、調べ/尋ねさせる

問題意識を刺激し、学習目標を認識させたら、いよいよ学びの本番ですが、ここでも「話を聞かせて理解させる」という方法は必ずしも効率的でありません。
話を聞くより、自分で読んだ方が単位時間当たりの獲得情報は多い傾向がありますし、返り読みもできればマークアップもできることは、利点として決して小さくないはずです。
ラーニング・ピラミッドでも、聞くだけだと5%だった定着率が、読ませれば2倍の10%。定着の向上も期待できるはずです。
教科書や副教材は、基本的に「読めばわかる」ように書かれています。教科書をきちんと読ませる参照型教材を徹底して使い倒すようにさせることで、調べる力や不明解消に向かう姿勢を育みましょう。
もし、わからないことがあっても、生徒同士で尋ね合ったり、教え合ったりすれば、たいていの不明は解消できるはずです。
生徒だけではこなせないところこそが先生の出番ですが、できることはどんどんやらせる~生徒の邪魔をしないことが何より肝要。ときには、じっと我慢することも大切です。

❏ 学び終えて作り直した答えとの差分が「学びの成果」

先生の説明を聞き、自分で調べ、友達と話し合って、本時の学びをひと通り終える段階を迎えたら、そこまでに得た知識と気づきを総動員させて、最初に作った「仮の答え」の作り直し、答えの仕上げに取り組ませましょう。

最初に作った仮の答えと、学び終えて仕上げた答えとの差分にこそ、その日の学びの成果が表れます。これを確認させることで、生徒は「学びを通じて自分が新たにできるようになったこと」「学びを通じた自分の成長」を実感し、達成感や科目に対する自己効力感を得られます。
達成感や自己効力感を得ることは快体験です。それを繰り返したいという欲求が生まれ、次に向けた学習意欲に転じます。
しかしながら、その差分に満足しているだけでは、更なる一歩を踏み出せません。振り返りを通して「より良くなるためにどうするべきか」を考えさせ、次に向けた課題形成を図らせましょう。
他の生徒が作った答えと自分の答えを見比べる中にも、新たな気づきやさらなる学びがあるはずです。

❏ 課題解決で形成した理解を軸に、知識の拡充&体系化

課題解決を通じて理解の軸ができても、その周辺にはまだ拡充・補完すべき知識が沢山残っています。課題解決を通して獲得した知識や理解はその課題に直接関係する部分に限られるからです。
ここまでの学びで形成した「コアとなる理解」を軸にした知識の拡充や体系化を図る工程に進みましょう。知識の体系化には先生が行う講義、板書などが効果的であることは言うまでもありません。
理解の軸ができて、体系化のフレームが整いさえすれば、あとは教科書や副教材などを参照させながらサブノート式のプリントで穴埋めをさせるなどのタスクで個々の知識を補っていくのは生徒にもできること。ただし、最大公約数的に全員に同じ範囲を求めるのでは合理性を欠きますので、生徒のニーズに応じて段階的なハードルを設定しましょう。

❏ 単元の山場に絞って新しいデザインを試してみる

本稿でご提案させていただいた授業デザインを、毎回の授業で取り入れていくには、時間的に余裕がないという場合は、単元ごとの要所に絞って行うこともできるはずです。
まずは、試しにやってみて、手応えを確かめながら進めましょう。生徒の反応の想像以上に大きな変化に驚かれることもあるはずです。
最初のうち、新しい方法に生徒も戸惑うでしょうし、先生側での不慣れもあるかもしれません。
試してみて思った結果が出なかったとしても、すぐにあきらめず、幾度かは繰り返していきましょう。生徒も慣れ、先生の側でも進め方に習熟するなかで、狙った効果が徐々に表れてくるはずです。
また、新たな取り組みを始めるときの鉄則として、新たな手法を取り入れる前と後とで、結果学力、学ぶ姿勢、学習方策などにどのような差が生じているか、その効果を確かめるようにしましょう。
■関連記事:

  1. どんな問いを立てるかで授業デザインは決まる
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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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