学習内容が同じでもアプローチによって学びの質は異なる

生徒にとって新しい単元を学ぶのは、歩いたことのない道を歩き、訪ねたことのない目的地を目指すようなもの。歩き方にも色々とあります。以下の3つのシチュエーションを思い浮かべてみてください。

  1. 先導する先生にくっついて、先生が決めたルートをただ歩く。
  2. ゴールまで歩き終えたら、通ってきた道を地図上で確認する。
  3. 事前にゴールまでのルートを考え、地図で確認しながら歩く。

次回のチャレンジでもちゃんとゴールに辿り着けるか、その可能性には小さからぬ違いがありそうです。それぞれに該当する教室での学ばせ方を想定してみると、学習内容が同じでもアプローチによって学びの質が大きく異なることは容易に想像がつくような気がします。

❏ 体験を知識・技能に構成して記憶に残すのが学び

次回も着実にゴールできるということは、最初のトライで学んだことが着実に身に付いているということ。勉強で言えば、初出単元を学んだときの知識や技能が獲得できたということです。
さらに、そこで身につけたことを別の機会に活かし、違うゴールに到達できるようになっていれば、応用力も身に付いたことになり、深い学びが実現したことになるのではないでしょうか。
3つのシチュエーションのうち、次も着実にゴールでき、別のルートも踏破できるのは、おそらく 3. > 2. > 1. の順でしょう。1. は観光でなら良いでしょうが、学びの場での活動としては不満が残ります。
単元内容を学ばせて、知識・理解を形成し、技能を身につけさせるにしても、アプローチによって「深く確かな学び」という成果への結びつきには大きな違いが出るはずです。

❏ 先導されるだけでは、学べるものは小さい

1. では、よほどのことがない限り、生徒全員が無事にゴールできるでしょうが、生徒が行程をしっかり覚えて、次に同じ道を歩く機会にも道を間違えることなく目的地に到達できるかどうか怪しいところです。
カーナビの指示通りに車を運転しているだけでは、なかなか道を覚えられませんが、それと似たところがあります。
人に付いてただ歩いただけですから、ルートを少し外れた所に潜んでいたかもしれない危険も想像できないでしょうし、寄り道して別ルートを辿った場合に出会えたかもしれない景色も思い浮かばないはずです。
教室で言えば、先生主導で教材に添って授業を進め、とりあえず疑問を残さずに単元内容をひと通り学び終えた状態です。
再び同じ目的地を目指す(=習ったのと同じ問題を解く)にしても、歩き終えた直後なら、曖昧な記憶を辿って同じルートを辿れるかもしれませんが、少し時間が経てば記憶は薄れ途中で道に迷う危険が増えます。
また、ルートを考えたり、休憩地点を設定したり、周辺に危険はないか確かめたりする部分は、先生がすべて先回りして済ませていますので、生徒は何ひとつ自ら経験していない点も重要です。
その後、別の目的地を目指す機会(=最初のハイクで身につけたはずの山歩きのスキルや状況判断などを応用する機会)が生じたときも、また前回と同じように「先生の後をついていく」しかなさそうです。

❏ 学び終えての振り返りが、成果をより大きく

2. の場合は、もう少し確かな学びが期待できそうですよね。
地図に描き出したルートと自分の記憶を突き合わせる中で、「この分岐には大きな杉の木があった」とか、「小川を渡ってすぐに大きく右に曲がった」といったことを思い出しながら再記銘ができます。
また、「あそこで振り返れば富士山が見えたか」「近道もあったのか」と、歩いていた時に見落としていたことにも気づけるかもしれません。
教室での学びに置き換えると、情報整理や問題解決を終えて、残された板書を材料にそこまでのプロセスを振り返ることで得られる確認と発見に近いものがあります。
板書に残すもの(後編)で書いた通り、「書き終えた板書を辿り直すことで深められる理解」というものがあります。
地図を辿り直すのに加え、教室での学びを終えてから、導入フェイズで示された問いに立ち戻りじっくりと答えを仕上げさせるのも好適です。
歩いた道を思い出しつつ、そこで学んだことを「問いへの答え」の形に編み直すことになりますので、思考が加わり、見落としや不明の補完もより精緻に行われます。(cf. 答えを仕上げる中で学びは深まる
単元を学び終えてから、学習した範囲を見直させて、その中に質問を作らせる(=問いを立てさせる)のも、学びを深め、広げるのに大きな効果を持ち得ます。(cf. 質問を引き出す~学びを深め、広げるために

❏ 課題を与えて、アプローチから考案させる

3. では、ゴールを指定し、地図を渡した上でそこに到達するルートを考えさせています。答えに行きつく方法を生徒自身が考えますので、解法を考える力を身につけてくれることが期待できます。
喩えているのは、PBL(Project Based Learning:課題解決型学習)の要素を含む授業であるのは言うまでもありません。
ゴールは「学び終えて答えを導くべき問い/解決すべき問い」であり、地図は教科書や副教材、資料といったところでしょうか。
地図が読めなければ、合理的なルートの立案はおぼつきません。
目的地に至るルート(=答えを得る工程)に見通しを立てたら、一つひとつのステップを確認しつつ、当初の計画を修正しながら、目的地を目指していきます。
ルートの踏破にはそれまでの様々な体験の中で培ってきた体力やスキルを駆使することになりますので、自分に不足しているものに気づけば、補強や獲得に向けた意欲も刺激されるはずです。

❏ 自ら体験したことしか身に付かない

こうした活動を通して、生徒は適切なルートを立案し、踏破する技術と能力を身につけていきます。
同じゴールを目指すときに迷うことはないでしょうし、次回はもっと効率的なルートを見つけるかもしれません。
別の機会に未踏の地を目指すときにも、最初のトライで身につけたものが活きるはずです。
深い学びが「より広く応用の効く学び」であるとしたら、ここで実現しているのはまさに深い学びだと思います。2. と組み合わせれば、「深く確かな学び」の実現にぐんと近づけそうです。
こうした授業を実践しようとすれば自ずと指導には多くの時間がかかります。「教科書が終わらない」という事態を心配されるかもしれませんが、単元理解の軸さえしっかり作れば、扱えなかった知識の補完は、個人が行う学習活動でカバーできるはずです。



追記:PBLの要素を組み込んだ授業は深く確かな学びの実現に大きな可能性をもたらしてくれますが、生徒に任せっぱなしでは何が起きるかわかりません。理解の不足や勘違いから、ルートを大きく外れたり、危険に近づいたりしているかもしれません。しっかりと生徒が見える位置に立って、生徒の活動を見守る(観察する)ようにしましょう。
以下の記事も、お時間の許すときにご高覧いただければ光栄です。

  1. 確かな学力を獲得させるための「学習活動の適切な配列」
  2. 教え込むより、調べさせて気づかせる
  3. 教わって知ったことvs気づいてわかったこと
  4. 「正解ありき」で教えていないか?

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一