出題内容から窺う、大学の教育姿勢

別稿「出題研究を通して”問い方”を学ぶ」では、新しい学力観に沿った問い方を学ぶのに好適な教材を、高大接続改革以降の大学入試問題から探しましょうとのご提案をいたしましたが、出題研究を通して「各大学の教育姿勢」を窺い知ることも同時にできるはずです。
特徴的な出題の背後には、それを選択した理由があるはず。大学ホームページ等に記されたカリキュラム・ポリシー、ディプロマ・ポリシーと関連付けて、明確な出題の意図が問題から読み取れるのが「あるべき状態」ですが、生徒が志望する大学は、どのくらい整合的でしょうか。
自教科以外の出題内容を捉えるのはハードルも高めですが、教科間での連携・協働、予備校等からの情報の利用、AIを使った出題解析/出題意図の推定などを組み合わせると、見えてくるものもあるはずです。

本稿をもとにChatGPTで作画しました。クリックで拡大します。

❏ 出題方針は、大学の3つのポリシーに基づく(はず)

入試問題は、「こういう力を備えた学生の入学を待つ」「こういう勉強をしてきてほしい」という大学の意思(=アドミッション・ポリシー)を表明するものです。ポリシーの文言が、「入学者が備えるべき学力」を具体的に表現しているとは限らず、知るには出題研究が大切です。
当然ながら、アドミッション・ポリシーの背後には、本学ではこういう教育を行い、卒業生にはこうした学識やスキルを身につけさせるというカリキュラム・ポリシー、ディプロマ・ポリシーがあります。
後者2つは、アドミッション・ポリシーと違い、言語化されているのが通例ですが、「抽象度の高い、きれいな言葉」で整えられていることが多く、それぞれを読んでも実際のところが掴みにくいもの。両者の間に明確な繋がり、関連が読み取りにくいことも少なくありません。
ディプロマ・ポリシーで「課題発見力」「他者との協働」を掲げているなら、初年次から基礎演習、情報収集、レポート作成、プレゼン、フィールドワーク、専門演習、卒業研究へと段階的に配置されるはずが…。
ここまで進めて、「卒業時に求める力、在学中に育てる力」を捉えた上で、入試問題が測っている力と両者の「つながり」が明確に読み取れないようなら、全体設計のどこかに「ちぐはぐなもの」がありそうです。
入学までの学び+入学者選抜という段階と、入学後の学修との間のどこかに決定的な歪みが生じては、本来は要らぬはずだった苦労を抱えるのは学生本人。彼らを教える大学の先生方だって大変な思いをします。

❏ 出題研究で「どんな力を測っているか」を把握

大学のカリキュラムやシラバスから、「どんな学びを経験していくか、それをどんな力に構成していくか」を読み取ったら、そこでの学びが要求するもの(高校で学ぶ各教科の知識・技能、様々な能力・資質[基礎力・思考力・実践力])も、ある程度のところまで想像できます。
それらの要求を、入学志望者が備えているかどうかを確かめるのが「入試」の役割。要求しているものを備えない生徒を預かる(学費と引き換えに学籍を与える)のは無責任というものでしょう。
問題の素材、設問の立て方、解答に至るまでに要求される処理の段階、記述の有無やその分量などを見ていくと、大学が「入学時点でどこまでの力を備えていてほしい」と考えているかが見えてきます。
たとえば、知識の有無を問うだけの問題と、初見の資料を読み取り、既有知識と結び付けて考えさせる問題では、求める学び方が違います。
複数資料を比較する、条件に照らして判断する、自分の言葉で説明するといった出題なら、大学での学びに必要な読解力、論理的思考力、表現力を入学前の段階で確かめようとしていると考えられます。
もちろん、単年度の単一科目だけで判断するのは早計です。年度や教科を跨いでみないと、大学や学部として一貫して重視している力が浮かび上がらないこともあります。求めている処理の質や、解答に必要な思考の筋道に共通点があるなら、そこに出題方針の芯がありそうです。

❏ カリキュラム・ポリシーと出題の整合性を見極める

出題研究を通して、大学が入学時点でどんな力を測ろうとしているかが見えてきたら、次は、それが入学後の学びとどう繋がっているかです。
入試問題が求める力と、カリキュラム・ポリシーに示された教育方針との間に一貫性があるかは、大学の教育設計を窺う上で重要な観点です。
たとえば、入試問題で初見資料の読解、複数情報の比較、根拠に基づく判断、文章による説明などを求めているなら、入学後の教育課程には、その力をさらに伸ばす学びが用意されているはず。シラバスやカリキュラムからそれらが読み取れないようなら、何かおかしそうです。
シラバスには、「評価の方法」も示されていますが、興味のある科目のシラバスを読んでみて、「入学時点で求められた力の先(延長上)に、到達目標と、それに達した状態を表す評価規準が設定されているか」もチェックしたいところです。
合格のために頑張って身につけたものが、入学後の学びに生きてこそ、受験勉強にも頑張る意義が生まれるはず。言い方を変えるなら、志望大学のディプロマ/カリキュラム・ポリシーに意識を向けてこそ、出題研究も意味を持ち、受験に頑張る理由も生まれる、ということです。
生徒による過去問研究は、志望校が具体化し、絞られてきてから行うのが普通ですが、先生方がこうした意識で「出題研究」に取り組んでいると、志望校選択までの過程でも有益な助言や問い掛けができそうです。

❏ 3つのポリシーと出題の一致=入学後の学びへの期待

好適な出題の背後には的確な教育観があり、出題を可能にする技術と材料を整える日々の努力があるはず。これらは大学の授業にも反映されますので、4年間の学びに期待ができます。逆もまた然りでしょう。
カリキュラム・ポリシーから下ろしたアドミッション・ポリシーを、出題にしっかり落とし込む必要があります。さもないと、志願者は「入学者に求める力」を正しく理解しないまま、受験を迎えます。出題方針があやふやでは、求める学力を備えない志願者も通過させてしまいます。
計画している各科目の学習(指導)へのレディネスを備えさせることは学びの場を成立させるための要件。履修前の補習/リメディアルで対応すると大学は言うかもしれませんが、入試でフィルターを掛けていない以上、補習の対象者を選ぶのだって難しいはずです。
これでは、学生同士の相互啓発が働く、好ましい学びのコミュニティの形成は難しいはず。”the best educators of one another”(ハーバード大学の学生募集ページより)とはならないのではないでしょうか。



この記事を最初に起こしたのは、高大接続改革元年を前にした、コロナ禍の真っただ中。大学は、思考力・判断力・表現力を見る問題への移行を要請されていたのに一転、緊急事態宣言での一斉休校の影響への対応として「出題内容に十分な配慮を」との注文を付けられました。
その時に記事に書いたのは、「学校の授業で扱えなかった可能性がある発展的な内容を直接問わないという制限があっても、工夫次第では思考力・判断力・表現力を試す出題は十分に可能」ということ。履修範囲から外れた単元でも「学習型問題」に仕立てれば、出題は可能です。
一過性(当初の想定をはるかに上回る長期になりましたが)の感染症による影響で、入試だけが変容すれば、大学が長年にわたって作り上げた教育とのミスマッチが拡大するのは、容易に想像ができました。
そこで生じた「コロナ禍による要請変更があったことを理由に、思考力・判断力・表現力などを問わないことを選択した大学は、入学後の学修に必要な基礎力をどう担保するのか」との疑問が記事の核でした。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一