相対順位の低さから自己効力感と学習意欲を守る

先日、「校内順位、中学受験との関係は」と題する記事を新聞紙上で見かけました。冒頭にはこう書かれていました。

中学受験において、わが子に「優秀な同級生に囲まれて6年間を過ごして欲しい」と考え、難関校への進学を望む親は多い。だが学校内での順位が、その後の学力に影響するという研究がある。チャレンジ校を目指して、成績が低迷し続ける「深海魚」になるよりは、実力相応校を目指すべきなのか。(引用元:朝日新聞、1/8朝刊

心理学で言う「小さな池の大魚効果」(周囲の生徒の高いパフォーマンスを目の当たりにする中で、自己有能感を下げてしまう心理効果)を確かめた慶應義塾大学の研究チームの調査結果が紹介されています。
引用の中にある「チャレンジ校を目指すのか、実力相応校にするのか」という問いは、受験生やその保護者にとって差し迫った、判断に悩むものだろうと改めて想像しながら記事を読みました。

❏ 高い意欲で努力を重ねた生徒が作るコミュニティ

チャレンジ校というと、入学のハードルが高く、且つ世間の評判も(相対的に)高い、所属することで自尊心も満たせる学校、というイメージで捉える向きもありますが、本質的なところは違うと思います。
学校生活を通して得る「学び」は、先生方からの「教え」だけではありません。生徒が刺激を与え合って生まれる「相互啓発」も大切です。
目的意識をもち、ある学校のコミュニティのメンバーになろうと努力を重ねてきた生徒が集う場には、より多くの刺激があるはずです。
特色ある教育を実践していたり、優れた学校文化や伝統を備えていたりする学校には、単なる「競争」以外の良質な刺激も期待できます。
その刺激を消化しきれない場合には、「深海魚」になってしまうリスクがありますが、良質な刺激を受けるのを諦めるより、刺激を受け止めて上手に消化する方法を身に付ける方が、より良い未来につながるかと。
避けるべきは、強い刺激を受けること自体ではなく、刺激を消化しきれずに「お腹を壊してしまうこと」ではないでしょうか。

❏ 刺激を上手に消化させるのは受け入れた側の責任

入学者選抜を課して、受け入れる決定をした以上、周囲から受ける(ときに強烈な)刺激を上手に消化させるのは、学校/先生方の責任ということになろうかと思います。
日々の学びの中でも、相互啓発を働かせることで、生徒の学びをより高い次元に導こうとすれば、それだけ刺激を与えることになりますので、受けきれずにいる生徒のフォロー/サポートは大事なお仕事でしょう。

深海魚になるのを防ぐには、生徒自身の頑張りも必要ですが、それ以上に先生方の配慮と工夫も求められるということです。
日々の授業、体験学習、学校行事、成果発表会などで、生徒は周囲からの刺激を受け続けます。言うまでもありませんが、正しく刺激を伝える仕組みを整えるのも先生方のお仕事です。
そこで得た刺激を上手に消化できずにいる生徒にとって、頼りの繋は、信頼できる相手(大抵の場合は先生方です)との相談です。

生徒がどんな刺激を得ているのか、それにより自己肯定感にどんな変化が生じ、どんな課題にぶち当たっているかを把握するには、きちんとリフレクション・ログを起こさせ、それに目を通すことが大切です。
最初のうちから、内省を正しくできる生徒、それを的確に言語化できる生徒ばかりではありませんので、その練習もしっかり積ませましょう。

❏ 単一尺度では、上下や優劣しか認識できない

生徒の取り組みやその成果を評価するときに、テストの結果に表れた数字(成績)という一つのモノサシしか持たないでいると、序列(上下や優劣)が固定するばかりでしょう。
評価に多様なモノサシを持ち込むことで、序列/優劣ではなく、特性や個性としての捉え方を生徒自身ができるようにしたいもの。
例えば、協働場面における個々の生徒の評価でも、「答え」を作るのに大きく貢献した生徒だけでなく、意見の対立が生じたときにうまく間を取り持ち、議論を建設的な方向に戻したり、周囲を見渡し、適切なタイミングで場の環境を整えたりできた生徒もまた、その言動を正当に評価されるべきでしょう。
合理的で納得性の高いモノサシを、様々な価値に合わせて用意してあげることが、(高く)評価されるチャンスをより多く生徒に与えます。

❏ 達成検証は、振り返りで設定した自分の目標に照らして

クラス全体に対して単一の目標を与えているだけでは、得意な生徒はいつも達成、苦手な生徒はどこまでも未達成を重ねがちです。
課題や活動に取り組ませたときは、きちんと振り返りをさせて、次の機会における「自分の目標」をきちんと設定させましょう。

得意な生徒はより高いハードルに挑み、苦手な生徒も知恵を使って目一杯頑張りさえすれば届くところに目標を置けますので、得意な生徒も苦手な生徒もそれぞれにチャレンジングな目標を持ち得ます。
次の機会では、自分が設定した目標をどれだけクリアできたか点検する中、白星と黒星が拮抗し、さらに先の目標も新たに生まれるはずです。
一歩先に目標を設けさせ、そこへの到達を重ねさせていくことが、自己効力感を保つ/高めるのに有効且つ不可欠だと思います。

❏ 学びの成果を生徒が自覚できる仕組みを整える

相対的に低い順位に甘んじている(?)生徒が、周囲のパフォーマンスとの比較しか自己評価の尺度を持たない場合、だんだんと劣等感を膨らませ、やる気/学習意欲が後退していきがちです。
その後退にストップをかけるには、学びを通じた自分の成長や進歩をしっかりと認識させてあげる必要があります。
どんな生徒でも、知恵を使い、努力(調べる、考える、表現する)を重ねれば、そのアウトプットには大小様々な進歩があります。

日々の授業で、問いに答えを導いたり、課題に解決策を考えたりする中で、最初に作った答えを「仮」のものとし、調べたり、考えたり、話し合ったりしてから、再び問いに立ち戻って答えを仕上げさせましょう。
仮の答えと仕上げ直した答えの差分には、その間に重ねた学びの成果が表れているはず。「できた、できなかった」という2値で自分の学びを評価させるのではなく、どのくらい進歩したかが着目点です。
問いや課題を与えて、そこまでの理解を確かめた時も、そこで終わりにするのではなく、確認した結果に基づいてきちんと学びを仕上げさせることが重要であり、それを仕向けるのは先生方にほかなりません。



学びに限らず、どんな活動でも、集団の中で行うときは自ずと「序列」が生まれます。その中での相対的な位置によって自己効力感が好ましくない影響を受ける(深海魚になる)こともありますが、それを最小限に抑えるのは、学びの場をデザインする立場にある先生方です。
生徒間の相互作用を高めれば、ある程度なら苦手意識の発生を抑えることもできます。(cf. 活動性が苦手意識を抑制する機能とその限界
本稿で紹介/ご提案したアプローチは、どれかひとつだけでは適用できない場面も多々あろうかと思いますが、複数を組み合わせたり、使い分けたりすることで、カバーできる範囲を広げていきましょう。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一