学力向上を支えるクラス内での相互啓発とメタ認知

様々な学校の授業評価アンケートや学校評価アンケートのデータをお預かりして分析を進める中で、昨年と今年についてはコロナ禍に見舞われたこともあってか、例年と比べ、受験期を迎えた高3生の「学力向上感の伸び」に鈍さのようなものを感じるケースが少なからずあります。
感染対策で実際のご指導に生じた制約は、学校ごとに違いますし、それに対処するために採られた方法も違うため、ひと括りにして論じるのはあまりにも乱暴だとは思いますが、授業を通じて生徒が感じ取る学力の向上や自分の進歩の感じ方に影響を及ぼしている要因から、今年の教室で起きたことを想像してみたいと思います。

❏ 生徒間で働く相互啓発と生徒の中に育つメタ認知

当オフィスが監修している授業評価アンケートでは、各授業についての様々なことを尋ねると同時に、ホームルームの状態や自分のイメージについて以下のような質問に答えてもらっています。

授業評価(Ⅶ)授業を受けて、学力の向上や自分の進歩を実感できる。[学習効果]
生徒意識調査(Q06)私のクラスは、生徒が互いに刺激し合い、ともに成長している。[成長の場]
生徒意識調査(Q09)私は、進路のことや今何をするべきかを考えて行動できるようになった。[行動選択]


Ⅶ学習効果を目的変数、生徒意識調査の全10項目を説明変数とする重回帰分析(n=19,094、重相関係数0.54)を行ってみたところ、Ⅶ学習効果への寄与度では以下のような順位になりました。

1位「Q06成長の場」 2位「Q09行動選択」 3位「Q02期待する行動」

ちなみに、これら3項目だけを説明変数とした場合も重相関係数は0.52と値はあまり変わりません。それぞれの単相関係数も 0.4 前後と小さくない値が観測されています。※重相関係数:実際に観測された目的変数の値と重回帰式をあてはめて計算した推定値(理論値)との相関係数。
Q06成長の場、Q09行動選択とⅦ学習効果の相関の様子は、下図に示す通りです。いずれも「よくあてはまる」以上を選択した場合は、Ⅶ学習効果の中央値は75ポイントの必達目標に届いています。

 

 

❏ 互いの頑張りを支えるコミュニティは機能したか

周囲の頑張りを目にして刺激を得れば、自分も頑張ろうとの意欲も湧くでしょうし、周りの生徒の発言や行動、様々な工夫などを目にして学ぶことも多々あるはずです。
進路希望の実現という同じ目標を持つ生徒が、放課後の自習室や対策補講などの場で切磋琢磨する機会も、頑張り続ける意思を支えます。
コロナ禍にあって分散登校もあったでしょうし、下校時間を早めるために自習室や放課後講習なども制限されたかもしれません。
これにより、生徒が互いの頑張りを支え合うコミュニティが機能しにくくなったことが、授業評価アンケートのⅦ学習効果を押し下げる結果になったと考えることもできそうです。
授業でも、対話的な学びの場を作るのは難しいところがあったかもしれません。顔を突き合わせて議論に熱中する機会も減った上に、分散登校やオンラインでは対話そのものが少なくなったと思われます。
周囲が考えたことに触れる中での「気づきの交換」が学びをより深く、視野をより広いものにします。答案をシェアして互いの発想から学ぶ場も、分散登校/オンライン環境では確保が困難だったかもしれません。

❏ より良い行動を選ぶための「相対化」はできたか

自分の取り組みやその成果を振り返って、次は何をすべきか、どう学ぶべきかを考えるにも、周囲の取り組みや工夫を目にしないと、考えだすためのヒントすら見つからず、行き詰ってしまうことも多々あります。
放課後の自習室で頑張っていれば、それぞれがやっていることを目にして、生徒は学び方を互いに学んでいきます。志望校を同じくする生徒が集まる対策補習では、傾向と対策を話し合うこともできるでしょうし、良い参考書/問題集などの情報交換もできます。
当然ながら、同じ過去問を解いていれば、答案を見比べる機会もあるでしょうし、解法を話し合う場もあるはずです。そうしたところで得たものを携えて日々の授業での学びを進める場合と、そうでない場合とで、学びの成果の積み上げにも差が生じたとしても半ば当然でしょう。
志望高校に合格して進学した後も、こういった場で身につけた学び方や学びの姿勢は、学修を効果的に進める土台になるように思います。
自習室や対策補講が例年通りには運用できなかったとのお声も方々で耳にする中、こうした互いの頑張りから学ぶ機会が減っていたのではないかと想像いたします。
生徒が互いの頑張りを支え合う集団作りは、年度の最初から取り掛かるべき仕事ですが、コロナ禍で新年度を迎えた昨年と今年は、うまくいかなかったケースも多いのではないでしょうか。



高3生以外でも、気になるところがあります。コロナ禍以降に入学してきた生徒は、グループで学習活動に取り組むケースや係りの仕事や生徒会活動を通して「協働で課題の解決に取り組んだ経験」が先輩学年より減っている可能性があります。
そうした経験を通してしか、生徒は協働の方法やその楽しさを学びません。初期段階での経験の不足が、対話的な学び・協働的な学びを拡充しようとしたときに足かせとなることが多々あります。
実際、昨年と今年のデータでは、生徒意識調査のQ06成長の場や授業評価アンケートのⅥ対話協働が先輩学年に比べてやや低調ではないかと感じるケースも少なくありません。
生徒の健康は第一ですし、感染対策は抜かりなく行わなければなりませんが、リスクを十分にコントロールした上で、生徒間の相互啓発が十分に働く場、協働や対話に取り組める場の確保も後回しにしないようにすることが大切ではないかと改めて感じている次第です。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一