新しい学力観に沿った学ばせ方を実現し、生きる力としての能力や資質を育むためには、獲得した知識や技能を活きて働かせる(=活用する)機会や、対話や協働などの学習活動をきちんと配列した授業デザインが不可欠なのは言うまでもありません。(cf. 活動の配列/授業デザイン)
しかしながら、その一方では、伝わりやすい話し方、指示や説明の組み立て、効果的な板書といった「伝達スキル」の完成度が、授業の成否を大きく分ける要因であるのも疑いようのないところです。
2016/09/05 公開の記事をアップデートしました。
❏ 伝達スキルに改善課題を抱えたままでは…
生徒による授業評価アンケートのデータで確認した結果は下グラフに示す通りです。板書や資料(Ⅰ)、指示と説明(Ⅱ)、理解確認(Ⅲ)の3項目平均=伝達スキルと、学習効果(Ⅶ)の相関は強く、「わからないことにはできるようにならない」という「常識」も裏付けされます。
また、伝達スキル(3項目平均)が75ポイント以上に達していないと、活用機会(Ⅴ)、対話協働(Ⅵ)の分布も低いところに止まります。
伝達スキルと授業デザインの各項目は相互に独立したものであり、それぞれで改善策を講じることができるはずですが、実際には伝達スキルに改善課題を残したままだと、授業デザインの改善が妨げられています。
❏ 理解できないことにはできるようにならない
知識や理解は思考のための道具/土台ですから、その構築が円滑に進まなければ、課題解決や対話協働といった活動に取り組ませても、上手くいかない可能性が高まります。ぬかるみでは確かな歩は運べません。
様々なタスクに挑んだとしても、「返り討ち」に遭うことを重ねる中で科目への自己効力感を下げていきます。「授業を受けても学力や技能の向上や自分の進歩を実感できない」というのも無理からぬ話です。
また、効率の良い伝達(知識の付与、理解の形成)ができなければ、道具を揃える/土台を作るのに余計な時間が掛かり、課題解決や対話協働に割り当てる時間を圧迫し、中途半端なところで学びが止まります。
学習活動に十分な時間を当てるには、伝達に要する時間をどれだけ短くできるかが勝負ということ。新しい学力観の下でも、確かな伝達(わかりやすい説明や効果的な教具の活用)は不可欠です。
❏ 理解できたところで学びが止まっていないか
上右図を見ると、伝達スキルが高まるほどに、学習効果(Ⅶ)も直線的に伸びていますが、不明を残さずに理解を形成することをもって学習指導が目的のすべてを達したと考えるのは禁物です。
新しい学力観の下では、コンテンツ(各単元の学習内容)を学ぶことを手段に、コンピテンシー(能力や資質)を高めることが目的です。
先生方が、高い次元で伝達スキルを発揮して、単元内容をきちんと理解させたとしても、それだけでは生徒が学んでいないことが残ります。
獲得した知識を「生きて働かせる」方法を学ぶには、課題解決に挑む場が必要ですし、思考を深め、視野を広げるには対話を通じた気づきの交換が不可欠なのも、言うまでもありません。
学習方策も、自力で読んで/調べて、情報を集めて知に編む練習を積まなければ、身につかないはずです。問題発見力の獲得も、見たもの、読んだものに対して問いを立ててみる機会の積み重ねが必要です。
もし下図のように、活用機会(Ⅴ)や対話協働(Ⅵ)があまり伸びないまま、伝達スキル(Ⅰ~Ⅲ)の向上だけで学習効果(Ⅶ)を支えているようなら、学力観を新しいものに更新する必要があろかとおもいます。
該当するケースのパターン(当オフィス監修の授業評価アンケートでの表示)
実際、学習効果(Ⅶ)への寄与度(各説明変数の偏回帰係数のt値で推定)では、授業デザイン(Ⅳ~Ⅵ)の各項目が上位を占めます。
解くべき課題で「本時の学びが目指すところ(目標)」を伝えた上で、課題が発動させた思考を対話によって拡充させることが、学びに実りを結ぶことを、下の解析結果は示唆しています。
わかることと、できるようになること(≒学力の向上や自分の進歩)は別物ですが、深く確かな学びを実現するための学習活動(課題解決や対話協働)の土台を作るのが、確かな伝達であると考えるのが妥当です。
伝達スキルの不備を解消すると、他項目の評価も跳ね上がることは、更新前の本稿でお示ししたデータでも確かめられています。
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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一