目標提示が苦手意識を抑制

学習活動を通じて達成を目指すべきものと取り組みのポイントをしっかり示しておくと、苦手意識の発生が抑制されることが分かっています。
授業評価アンケートのデータでは、目標理解という評価項目(学習目標や授業への取り組み方がはっきり示されている)で高い評価を得ている授業ほど、生徒の意識は「得意寄り」になる傾向が明らかです。
また、意識姿勢(得意、苦手)という、あいまいになりがちな生徒の自己認識ではなく、「学習方策の獲得」や「目的意識を持った学習への取り組み」に焦点を当てて認識を質した評価項目でも、明確な目標提示がそのスコアを押し上げる効果を持っていることがわかっています。
明確なゴールとそこに至るルートを明示することは、学びへの戸惑いを減じ、振り返りの基準を与えます。それにより「学習の改善」や「自己効力感の獲得」が進むと考えれば、如上の傾向にも説明がつきます。

❏ 目標の提示と方法の周知を徹底すると

下図は、評価項目「目標理解」(質問文:学習の目標や達成のための方法について先生から事前に十分な説明があった)の換算得点を5点刻みで階級化したときの、「意識姿勢」の得点分布(授業別集計)です。
プラスの値(縦軸)は「得意寄り」、マイナスは「苦手寄り」を表しており、0は「どちらでもない」です。肯定的な回答が全体の9割を占める{目標理解=75}では、意識姿勢の中央値はまだ0に達しません。


もちろん、伝達スキル(構成、板書、理解確認など)に改善の余地を大きく残せば、目標をしっかり示しても「説明のわかりにくさ」によって苦手意識が広がってしまうこともあるでしょうが、他条件が同じなら、目標理解の充実で、苦手意識優位の状態から抜け出せるはずです。
苦手意識があっても、何をやるべきかきちんとわかり、どう取り組んで行けば良いか考え出そうとの意識があれば、学びに対して消極的な姿勢になるとは限らず、しっかり成果を積み上げられることもあります。
しかしながら、ゴールの共有が不十分で、生徒の側に「何をしようとしている場面かわからない」との戸惑いが残ったままでは、「学びの場から疎外されている」かのような錯覚も持たせてしまいかねません。
失敗したくない/できない自分に向き合いたくない、というのは自然な感情かと思います。自己効力感が持てないところに近づきたくないと思うのはやむを得ないところ。目標の提示と方法の周知を怠って、そんな感情と消極的な姿勢を学習者に持たせないようにしたいものです。

❏ 苦手意識の正体:何をどう学べばよいかがわからない

ある科目を苦手と感じることと、実際の成績が悪いことは必ずしも一致しません。成績はそこそこ以上でも、科目学習に対する自己効力感が弱く、「頑張ればどうにかなりそうだ」との展望を欠くこともあります。
当オフィス監修の授業評価アンケートでは、現行課程への移行を機に質問設計を新たにしましたが、変更点の一つは、「得意~苦手」を直接的に尋ねる項目(意識姿勢)の代わりに以下の項目を加えたことです。

【学習方策】私は、この科目の学び方や取り組み方が身についたと思う。(方法の獲得は学習者への自立の第一歩)
【目的意識】私は、自分なりの課題や目的を持って日々の授業に臨んでいる。(学ぶことへの自分の理由は主体性の源)


変更の主たる意図は、主体的な学び(≒目的意識を持ち、自立的に学びを進められること)の実現を、先生方の目による外からの観察だけでなく、生徒の認識も確かめることにありましたが、別の捉え方をすれば、2項目ともYESの生徒に「苦手意識」はなさそうです。
新しい質問設計でのデータで同様の解析をした結果は以下の通りです。


Ⅸ学習方策も、Ⅹ目的意識も換算得点で+3以上の評価を得ると、Ⅶ学習効果で(肯定的な回答が9割を占める)75ポイントに到達する授業の割合がグンと高まることがデータからもわかっています。
この水準に高い確率で到達するためには、{Ⅳ目標理解≧80}を確保したいところです。具体的な方法については、別稿「達成すべき目標やポイントをはっきり示す」に書いたことがご参考になれば幸いです。

❏ 目標に照らした振り返りが「学習の改善」のカギ

学習目標を明示する(=目指すべきゴールをしっかり見せる)ことで、生徒は頑張りの方向を得ますし、努力を重ねれば、課題やタスクを完遂できる可能性も高まります。結果的に、達成感や成長の実感を得ることも増えるはず。取り組む上でのポイントがわかれば、なおさらです。
これらの効果だけでも、Ⅶ学習効果で尋ねている「授業を受けて、学力の向上や自分の進歩を実感できる」への回答は大きく「肯定」に傾きますが、伝えたことに照らした振り返りがさらに効果を引き寄せます。
課題などに取り組み、その成果と過程を振り返る中で「より良いパフォーマンスを得るために何をどう学んでいくべきか」を考えるのは、「自らの学びを調整しようとする姿勢」そのもの。この姿勢は「粘り強く取り組む姿勢」とともに、「学びに向かう力」を構成します。
振り返りを通じて、次に向けた課題形成を図ることで、目的意識もより明確になる上、自分が考えた方法(取り組み方)が上手くいったと感じれば、「学習方策の獲得」にも自信と前向きな手応えが伴います。

的確な振り返りを行うには、照らすべき「基準」の存在が大前提。それが先生の提示する目標やポイントであるのは言うまでもありません。
何をすべきかを捉えられ、どうすれば良いかが見えてくれば、もはや苦手意識を抱える必要もないはず。生徒は達成感を重ねながら、学びへのモチベーションをさらに高めていくのではないでしょうか。

❏ 目標を正しく認識できれば、理解力も底上げされる

目標を正しく提示することは、もう一つ別の効能ももたらします。別稿でも書いた通り、学習者の理解力を底上げする効果です。
何を目指している局面なのかが把握できていれば、個々の説明をゴールと結び付けて理解しやすくなります。仮に、先生の説明に「多少」の不備や不足があっても、生徒の想像力がそれを補うということです。
手順をひとつずつ伝えられ、言われた通りに手を動かしているだけの状態と、完成イメージを浮かべながら、個々の手順を理解し、意味づけをしていくときでは、作業の精度や仕上がりに大きな違いが生じます。
学びのゴールは、「学び終えたときに答えを導くべき問い」で示すのが最も効果的なのは、このブログで繰り返し申し上げてきた通り。単元名などを挙げても生徒に伝わるものは極めて限定的です。
また、「どう取り組むのが良いか」を伝えるのも、先生の言葉(説明)だけに頼るより、生徒同士で話し合わせる、やり方を互いに学ばせるといった方法(相互啓発)の方が、効果的なことが少なくありません。
如上の問いを与えた上で、本格的に学び始める前に、仮の答えを考えさせ、その思考を生徒間でシェアすることで、何がポイントでどこに着目しながら学びを進めればよいのかも見えてくるものです。

先生方の思い込みで「伝えているはず」ではいけません。アンケートなどできちんと生徒の認識を質しましょう。同じアプローチでも生徒が備える学習者特性(クラスごとにも違います)で効果は異なるものです。
先のグラフにおける横軸(目標提示)は先生方がコントロールできること。それが生徒の学びを大きく変えることを改めてご確認下さい。
■関連記事: 目標理解と活用機会を整える授業デザイン



生徒の側で抱く、得意/不得意の意識に、外から直接働きかけることはできません。苦手なものを前に、「わかれ」「できろ」「好きになれ」と言われても、途方に暮れそうです。
それに対して、学習活動を通して目指すもの(学習目標)は、授業者が設定するものであり、言葉を始めとする様々な手段で伝えるのは、授業者がコントロールできる範囲の内側にあるはず。
また、前向きに取り組もうとしない生徒の背中を押すのは難儀です。消極的な姿勢を示す相手に、積極的な行動を取らせようとすれば、ついつい外的な動機付けに頼りがち。
宿題の履行確認を厳しく行ったり、選択の準備がまだ整っていない生徒に「将来の夢」を半ば無理に描かせたりする方法では、効果より弊害の方が大きそうです。面白くもないことを押し付けられたという感覚が、学びから遠ざかろうとする気持ちに拍車をかけるだけかもしれません。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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