知りたいから始める探究テーマ選び

総合的な探究の時間での「テーマ選び」は生徒にとっても大きな関門ですが、ご指導に当たられる先生方も、その指導にはお悩みを抱えながら試行錯誤を続けておられる様子が伝わってきます。
多くの生徒により意欲的に取り組んでもらいたいとの思いからなのか、生徒それぞれに「興味のあること」からテーマを探させるアプローチが多いようですが、必ずしも上手く機能していないように見えます。
上手くいかないケースの多くは、「興味があることと、好きなこと(道楽の対象?)を混同している」と「興味のあることが見つからない」に該当するようであり、「興味」という言葉に惑わされている可能性があります。これを「知りたいこと」に置き換えてみては如何でしょうか。

❏ 好きな(≒興味のある)ことを入り口にすることの罠

好きなことを入り口にした場合、対象に対する知識もある程度は備わっているため、「答えありき」の問い(リサーチクエスチョン)を立ててしまう、という愚も犯しがちです。
立てた問いが「答えありき」では、それをサポートする資料やデータを探すことに活動が終始しがちで、探究活動の本来の目的である、「問題を発見し、その解決策を考え出す」プロセスが形骸化します。
これに対して「知りたいこと」は、「今の時点では(少なくとも自分には)わからないこと。これを起点とした場合は、答えありきにはなり得ず、しっかり調べ、知識や理解を蓄えるところから活動が始まります。
調べる中で浮かんできた問い、あちらこちらを調べてみても明確に答えが示されていない問いこそが、その生徒にとっての答えを明らかにすべき問題(=リサーチクエスチョン)になるはずです。
また、好きなことを起点にすると、その先に新たな知を通じた社会との接点/当事者としての関わりが生まれないことも多いかと思います。
探究活動と進路指導を通じて目指すべきは、21世紀型能力の実践力を構成する「持続可能な社会への責任」や「社会参画力(社会に関わる姿勢とその具体的な方法)」であり、そこに繋がるかどうかで、中高生が取り組む活動としての好適性が大きく決まります。

そもそも、面白いものを見つけるのは、何かを調べて知ったり、考えてみたり、やってみたりした後のこと。何もしないまま、面白い(=興味を持てる)ことがどこからか降ってくるわけではありません。
クランボルツが計画的偶発性理論で言った通り、まずはあれこれやってみることをスタート地点にする必要があると思います。

❏ 知りたいこととの出会いは、日々の授業などの中にも

知りたいことに出会うチャンスは、各教科の授業や体験学習の中にも、あるいは進路指導の中での「学問調べ」などにもあるはずです。
授業で先生が示す「探究から進路へのきっかけを作るプラスαの一問」や、単元内容に関連して触れたエピソードなどに刺激されて芽生えた疑問は、まさに「知りたいこと」に他ならないはずです。
こうした様々なチャンスも、放っておくとそれとは気づかずに、無駄にスルーさせてしまうこともあります。あらゆる指導の場面で「出会いに気づかせるための仕掛け」を適切に講じていきましょう。

知りたいこととの出会いを逃さないようにするには、普段から問題意識を持つことが大切ですが、「問題意識を持ちましょう」という声掛けを繰り返すだけでは、大した効果は見込めません。
目の前にあるものをじっくり観察したり、学んだことに改めて思考を巡らしたりする中で、隠れている「解明すべき問題/答えを見つけるべき問い(=知りたいこと)」を見つける姿勢と方法を学ばせましょう。

こうした仕掛けを日々の学びの中で十分に講じて「問題発見力」を高めていくことが、探究活動のテーマ選びに臨ませる前の準備、レディネス作りになるということです。

❏ 調べ方、確かめ方を考え出す力を養うことも探究の目的

探究のテーマは、「知りたいこと」「調べられること(=生徒に扱いきれること)」「やるべきこと(取り組む意義があること)」の3つの円が作るベン図の重なり部分に置くのが理想だとは思います。
しかしながら、最初から高校生には手に余りそうなことを除外したり、意義を説明できることに絞ったりするのでは、既にわかっていることをなぞるだけの活動にもなりかねません。
探究活動を始める段階では、「これは調べようがない/仮説の検証ができない」と思えたことも、方々を調べたり、考えたりする中で、実験や調査の方法が思い浮かぶかもしれません。
新たな知を作り出す方法を、体験の中で見つけ出し、身に付けていくことは、探究活動の重要な目的の一つであり、その可能性を最初の段階の不用意な「選別」で切り捨ててしまうのは避けたいところです。
探究を進めた結果、「この部分を確かめる方法が今の段階では見つからない」のであれば、それを宿題に大学に進学した後、社会に出たあとの自分への宿題にしても良いのではないでしょうか。
調べ尽くして見つけた「今の段階での限界」は、次のステップで取り組むべき自分の課題にもなり得るはずです。これを解明したい、こうした技術や手法を作り出したいとの「体験に即した明確な意思」は、進学や就職に際しての志望理由としても十分な説得力を持ち得ます。

❏ 新たに得た知を活かす場を探すのは解明が進んでから

取り組むだけの意義があるかどうかも、とりあえず挙げてみたテーマの候補を前に立ち止まっているだけでは、判断がつかないと思います。
探究してみようと思ったことに、様々な立場の人々がどう取り組んでいるかを、先行文献の研究などで調べていくうちに、「なるほど、こういう意義がある研究テーマだったのか」と知ることもあるはずです。
日々の授業の中でも、身近な問題について様々な角度から考えを巡らせる練習をしておけば、各々の知とそれが生きる場の組み合わせは、思いもよらないところにあることを生徒は知るようになると思います。

どう利用できるかは、解明した後に思いつくこともしばしばです。現代人が得ている知も、解明される過程では、どんなことに使われるようになるか想像できなかったものが多いのではないでしょうか。
探究活動が終盤に近付き、「新たに明らかにできたこと」の概要が見えてきたところで、どんな利用シーンがあり得るかを、改めて考えてみるように仕向ければ、そこに何かを生徒が見つける可能性もあります。
調べながら、考えながら、ある時突然見えてくる、「解明したことが利用できる場面/社会に対して持ち得る価値」に最初から蓋をしてしまうような、テーマ選びのアプローチが唯一の正解とは思えません。
そもそも、前述のように、身の回りや自分を取り巻く世界や環境の中に見出した問題を起点にしていれば、作り出した知の使いどころが見つからない、という事態はあまり想像できません。



探究活動は、実践力(社会参画力、持続可能な責任など)を獲得させる貴重な機会であり、学びたいこと、学んだことを通じて持ちたい社会との接点を見つけるところにも繋がっていくはずです。
知りたいことからのテーマ選びで終わらせず、その先に何が待ちうるのかも、どこかの段階でしっかりと考えさせていきましょう。
探究活動における評価は、最終成果物の仕上がりではなく、各フェイズで踏むべきものを踏んだか、そこで狙った能力(実践力に加え、問題発見力、論理的思考力、適応的学習力などの思考力も含む)の獲得がどれだけ進んだか、といったことにも観点を置いて行うべきと考えます。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一