予習方法が学年教科を跨いで異なるのは、授業の進め方は各学年教科の方針によって違うから当然だというロジックには、十分な妥当性と合理性が備わっているでしょうか。
様々な工夫や試行錯誤を重ねる中で、成績を伸ばし多くの進路希望を実現させた学年のやり方に倣い、それをベースに改善と更新を繰り返していけば、学校としての方向性や指導像は自ずと共有されるはずです。
前学年のやり方を十分に知ろうとせずに、一から試行錯誤を繰り返すのでは、「前年の成果を踏まえ、その上を目指す」「少なくとも同じ轍は踏まない」という趣旨になじみません。
❏ 段階的にハードルが高くなっているか
また、同じ年度、同じ学年(つまり、同じ学年教科団が担当している状態)で、1学期に求めた予・復習の方法と2学期に求めるものとが「まったく同じ」というのもおかしな話ではないでしょうか。
生徒に求めたものは、きちんと履行させ習慣化するように指導するのが仕事である以上、1学期の冒頭で求めたことは全部とは云わずとも、少なくともその一部は多くの生徒ができるようになっているはずです。
求めたことが満たされるようになっているのが「通常」の状態であり、2学期は、その成果の上に次のステージを目指させる必要があります。
たとえば、入学直後の1年生に対しする予習課題として「ノートに本文を書き写してくる」という指示を出していたとします。
夏までの授業で英文構造についての指導を行い、句や節の切れ目を見つけられるようにしたり、他の要素との関係に意識を向けさせたりすることに注力してきたとすれば、夏明けの2学期からは、本文を写すだけでなく構造把握の結果を本文にマークアップしておくことまでは、予習で求めることができるはずです。
未習語の意味調べでも同様です。最初は辞書指導がまだ不十分であることを踏まえ、まずは「知らない単語をノートの決まった場所に書き出してくる」という指示があったとしましょう。
授業の中で辞書の引き方に習熟させたら、2学期には未習語をノートに書き出すだけに留まらず、品詞の特定と同じ用例を見つけさせるところまでは求めても良いはずです。
また、3学期に発音記号を扱うなら、これも合わせて辞書を見て発音記号をノートに転記することも指示に含めて良いのではないでしょうか。
さらに学習が進んだ2年生の後半からは、知らない単語を見つけてもすぐに辞書で調べるのではなく、まずは文脈からの類推を試みるような予習方法を示していくのが合理的と思われます。
❏ 生徒の成長に遅れず、一歩先を
生徒は日々、成長を重ねていくものです。適切なステップ幅で段階性を確保していく必要は、授業評価アンケートの結果からもうかがい知ることができます。
生徒の成長は速く、半年も経てば別人のような成長を遂げていることも珍しくありません。教える側が学年単位で到達目標を設定しているだけでは、現況が目標を追い抜くこともありますし、段差の一つが大きすぎて乗り越えるまでのもたつきも生じやすくなります。目標の設定を学年単位ではなく、学期単位で行うことで段差を小さく収めるようにしましょう。
シラバスの起草でも同様です。学年ごとに目標を書き起こしていたり、学年間の段階性が十分に意識されていなかったりでは、同じ問題が発生しかねません。結果学力、学習方策、認識・姿勢の3領域それぞれの到達状態が、もし、言語化されないまま先生方の頭の中のイメージに止まっているとしたら、そのギャップの大きさを把握することは極めて難しくなります。
別稿「年度の後半で授業評価が下がる?」より引用
このシリーズのインデックスに戻る
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一