出題の要求を知り、それを満たす活動を配列する
生徒が進路希望先として挙げる大学群の出題例を授業内外の課題とすることには、様々な効果(前稿を参照)が期待できますが、ただ持ち込むだけでは弊害の方が大きくなるリスクがあります。
教室に持ち込む前に問題を十分に吟味し、その要求をしっかり把握し、それらを満たせるだけの授業をデザインしておかなければなりません。ときには、出題に加工を施すなどの対処が必要なこともあります。
2014/08/29 公開の記事をアップデートしました。
❏ 課題を与える以上、達成させるのが責任
単元が合っているし、希望する生徒も多い大学の出題だからといって、綿密な準備もなしに教室に持ち込み、生徒に挑ませるのは危険です。
問題が求めているものをしっかり把握しないまま、単元内容をひと通り教えたところで、「さあ、やってごらん」では、生徒の側に、解くのに必要な知識や理解、発想や思考様式などが揃っているとは限りません。
課題の達成可能性が担保されていない以上、挑ませても「返り討ち」に遭う生徒が続出する可能性が大です。課題は与えた以上、達成させるのが教える側/与えた側の責任と考えましょう。
真面目に先生の説明に耳を傾け、言われるがままに問題/課題に挑んだのに、「解けない」という事実を突きつけられるのでは、生徒としても面白くありませんし、自己効力感が削られ、やる気を失っていきます。
❏ 問題を解いてみる中で、足りないものを特定しておく
各単元の学習内容(=教科書に記載されているもの)と、志望校群の出題が要求しているものとは、互いにはみ出す部分を持つのが普通です。
大雑把に図示すると、こんな感じでしょうか。知識量だけで合否が決まるような古いタイプの問題は、Aの部分が膨らみ、近年の入試でよく見かける「学習型問題」では「C」の割合が大きくなります。
先生方が実際に問題を解く中で、ベン図にある赤い円をはみ出している部分(青い円との差分=A~C)を明確にするところがスタートです。
その上で、それぞれのはみ出し(=生徒の進路志望の実現に不足するもの)をどんな学習活動を配列することで解消を図るかを考えることが、授業をデザインするということにほかなりません。
Aのうち、「処理ルーチン」への未習熟は練習で克服させるしかないでしょうが、「知識」のはみ出し(=教科書の記述だけではカバーできないこと)も、先生が説明して聞かせるだけでは、「自力で読んで必要な情報を集め、知に編む力」を生徒はいつまでたっても獲得できません。
Bの「着眼点、選択の根拠、表現」 も、教えるというアプローチだけでは十分な広がりと深まり(初見の問題にも対応できるだけの「応用力」への昇華)は、あまり大きく期待できないと思います。
Cの「情報の整理、評価、加工」についても、先生が肩代わりして事前に済ませてしまっては、生徒はその方法を学ぶ機会を持ち得ません。
❏ 補うべき学力要素によって、課すべき学習活動は異なる
必要な知識を与えるにしても、一から十まで先生が教えるのでは、時間がいくらあっても足りないばかりか、生徒が必要に応じて自力で獲得できる状態に導かないことには、卒業後に困るのは生徒です。
知識や理解を獲得(形成)できるようにするには、日々の授業の中で、教科書をきちんと読ませることや、参照型教材を徹底して使い倒すことを求めることが不可欠であり、不用意に先回りして教えることが、集めた情報を知に編む能力の獲得を妨げかねません。
受験期を迎えて、生徒が個々に過去問演習に取り組むようになるまでには、そうした力をしっかり身につけさせておく必要があると思います。
着眼点や思考法、表現力の獲得も、どんな学習活動を経験するかで大きく変わります。題意を読み解す工程を先生が肩代わりしているだけ、解法の手順を丁寧に説明して理解させるだけ、答案に朱入れして直し方を示すだけでは、生徒が獲得するものは限定的ではないでしょうか。
生徒が個々に取り組むだけでは乗り越えられないハードルがあれば、周囲との話し合い、教え合いなどで集団知を活用させたり、好適な答案などをシェアすることで相互啓発を働かせたりするのが好適です。
情報の整理や評価、加工についても、問いかけながら生徒にその工程を経験させないことには、方法は身につかないはず。職員室で先生が予め整理してきた結果を伝えるだけでは、はみ出し(C)は埋まりません。
- 知識の拡充 vs 情報整理手法の獲得(全4編)
繰り返しになりますが、出題研究は、授業を通して埋めるべき「教科書と目標大学の出題の差分」を把握するための活動であり、それを通じて抽出した「学ばせるべきこと」を「どんな活動を通して学習させるか」を考えることが、授業デザイン/指導計画作りです。
❏ 良問を見つけるたびに、指導カレンダーに配置
個々の授業のデザイン/設計の前には、当然ながら、年間を通じた指導計画があり、その立案の土台となるのが目標大学群の出題研究です。
当たり前ですが、次の授業を控えて、単元内容に合った問題を探すというのでは、既に後手を踏んでいます。そもそも、その場に臨んで探し始めたところで、焦るばかり。好適な問いが見つかる保証はありません。
また、ある日/ある単元の授業だけで、カバーできるもの(A~C)も生徒に体験させられる活動も、時間の制約を考えれば限定的でしょう。
年間の指導計画を作るとき、「この部分は、あの単元を扱うときに」、「こちらはこの時期に集中的に」など先を見越した指導をイメージし、ひとつひとつの指導の成果を重ねていく必要があります。
入試が行われたらできるだけ早く出題に目を通すのが理想的。出題研究を進める中で良問を見つけるたびに、指導カレンダーの上に配置していけば、自ずと指導計画の全体像は徐々に浮かび上がってくるはずです。
受験直前期になり、生徒が過去問を解いて持ってきた質問を目にして初めて、「えっ、こんな問い方をするんだ?」と、残っているはみ出しの大きさに気づく事態は、なんとしても避けたいところです。
❏ 進路希望の分布から、研究対象の優先順位を決める
多忙を極める先生方にとって、出題研究の時間を捻出するのも容易なことではないと拝察いたします。ただ問題を眺めるだけでなく、解く側の立場を想定して、正解に至る行程を辿るとなればなおさらでしょう。
となれば、出題研究の効率を高める工夫が不可欠です。生徒の進路希望の分布をきちんと捉えて、出題研究を進める順番を決めていかないと、非効率的な進め方になってしまいます。
最も多くの生徒が受験するであろう大学入学共通テストが手始めでしょう( cf. 大学入学共通テストの出題研究で持つべき視点)が、外部検定や資格試験も多くの生徒が挑むはず。これも後回しにはできません。
生徒の進路希望の分布を把握するには、過年度の「合格実績」を頼りにするより、模試で生徒が書いた「志望校」や進路希望調査の集計結果に照らすのが合理的だと思います。
志望の分布は毎年違いますので、過年度のデータで予断をもつのは危険です。ましてや、合格者数には進路希望を抱きながら実現できなかった(=本来ならもっと支援すべきだった)生徒が含まれていません。
各教科の担当者が、生徒の進路希望を把握できるよう、進路指導部や学年進路からの定期的な情報発信が必要なのは言うまでもありません。
その3に続く
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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一