探究型学習に取り組む経験は、進路意識の形成にも大きな役割を果たします。その最初の難関である「探究テーマの設定」における指導の前半フェイズについて、考えるところをまとめたのが前稿です。
テーマ選択を念頭におき、アンテナを高く張った状態で、様々な情報に当たらせて、日々気になったことを書き溜めていき、そのメモの整理・分類を経て、潜在的な興味と関心の所在を探らせるという手順です。
しかしながら、メモの分類を終えた段階で生徒が認識しているのは、それまでに触れた範囲に限られる狭いものでしょうし、対象の理解も浅いものだと思います。視野をさらに広げ、対象をより深く知ることを目的とした次のフェイズに進ませましょう。
2015/03/17 公開の記事を再アップデートしました。
❏ インターネット上で論文を検索して読んでみる
自分事として向き合えそうな「探究テーマになり得るもの」を見つけたら、まずはそれについてしっかりと調べさせましょう。
調べればわかることは、探究のテーマにはならないはずです。自分のできる範囲で調べ尽くしてみて、それでも残った疑問こそが、探究を通じて明らかにしていくべきことがらであると考えます。
ここで使える道具は、インターネットや図書館などであるのは言うまでもありません。総合的な探究の時間を先行実施していた学校であれば、先輩学年が残した論文/レポートも好適な材料になりそうです。
この工程では、「信頼できる情報ソースを選び出す姿勢と方法」も学習させていきたいところ。ネットの情報を利用するにしても、ウィキペディアで調べて終わりでは、そうした「学習」にはなり得ません。
ウィキペディアに限らず、ネット上のコンテンツはその大半が、誰かが明らかにしてきた/考えた「結論」の一つを提示するだけです。
どのようにしてその結論に至ったのか、どう確かめたのかといった「探究の過程」を読むことはできません。生徒がこれから取り組む探究活動の進め方、取り組み方の参考にはなりにくいはずです。
ひとつの結論だけが示されているのでは、「矛盾を見つけて適切に対処する」ところまで踏み込んだ読解力を養う機会にもなりません。論文なら、異なる仮説やアプローチにも出会えます。
生徒には少々ハードルが高いかもしれませんが、インターネット上の論文を探して読んでみることを求めれば、インターネットを使った調べ学習が抱える如上の問題の多くがクリアできるのではないでしょうか。
CiNii Articles や Google Scholar を使えば、前段の活動で見つけた「自分の興味や関心を刺激したキーワード」での論文検索が可能です。
❏ テーマ選びの過程で経験したことは後でも活きる
少し背伸びをして、論文を探して読んでみることで、どんな研究や取り組みがなされているのかのみならず、論文がどのように構成されているかや、実験のアイデア、データの集め方と活用、加えて、研究の動機などにも触れられます。
本格的に探究に取り組む前のウォーミングアップとして、まさに好適な体験ではないでしょうか。
漠然とではあっても、論文がどういうものか知ることもできるでしょうし、探究をどう進めていくかもある程度までイメージできるはずです。
探究活動の導入フェイズや進める中での要所で行う「ガイダンス」にしても、幾度かでも実際の論文に目を通した経験があれば、その内容がよりリアリティを持って理解できるようになると思います。
実際に探究活動に取り組ませるとき、文献検索を通じた「先行研究の調査」は必ず行うものですが、同じような活動をテーマ設定の段階から経験しておけば、いざテーマが決って本格的に取り組み始めたときにも、ある程度の「下地」ができているとの期待も持てます。
❏ 論文を通じて、大学の学び、学部・学科の中身も覗く
研究論文を曲がりなりにも読んでみることは、取りも直さず大学(院)で行われてる研究の一端を垣間見ることにほかなりません。
自分の興味・関心を刺激する事柄がどこで(学部・学科)で勉強できるかを知れば、学部・学科の名称だけからぼんやりと専攻内容を窺い知る場合より、知るところはぐんと広く、深くなるはずです。
ある学部・学科に興味を持ったら、それらがどの大学に設置されているかを調べることで、「志望校」の候補も上がってくるかと思います。
特定の大学・学部に興味を抱いたら、夏休みなどのオープンキャンパスや研究室訪問を利用して、実際に足を運び、そこで活動している方々の生の声を訊いてみるのも良いのではないでしょうか。
そこで出会える研究者(やその卵)は、もしかしたら恩師や上司になるかもしれない人たちです。「この研究に私も参加してみたい」と思えたら、志望理由としてこれ以上に強く確かなものはなさそうです。もしかしたら、そこで知り合った人たちとの間に、探究活動を進めていく上でヒントや助言を求められる関係も築けるかもしれません。
目的意識も持たず、「夏休み中に最低〇回」といったノルマを果たすためだけに、オープンキャンパスを回るより、よほど建設的です。足を運んだことでの学びの質と量には、雲泥の差が生じるはずです。
❏ 企業の活動や地域社会が取り組む課題にも
論文を通して垣間見ることができる研究や課題解決に向けた活動は、大学や大学院といった学問世界だけのものではありません。
論文を検索してみると、企業や自治体、地域コミュニティなど、様々な組織が取り組んでいる研究や活動についても知ることができます。
こうした論文(信頼できる情報ソースの一つ)は、いくらググってみても、検索結果の上位に表示されることはまずありません。論文検索エンジンを上手に活用させたいところです。
修学旅行や校外学習では、事前学習に取り組ませておられると思いますが、そうした場面でも、論文にまで情報検索の範囲を広げてみるのは好適かと思います。少なくとも、観光案内サイトなどにある情報にしか触れないときより、はるかに実のある勉強ができるはずです。
❏ 論文に登場した用語や概念が、探究の発想を広げる
論文に触れさせてみると言っても、研究者や専門家と同じことをさせようということではありません。
どんな研究や活動がなされているかを知り、研究(探究活動)とはどう進めるものなのかイメージするところまで行ければ成果は十分。
論文などに現れたキーワードや考え方は、思考(とりわけ問題の発見、解決)を拡充するときのカギ。新しい言葉に触れることは、発想が及ぶ範囲を広げることです。
論文の内容まで理解するのは難しくても、サマリーやアブストラクトに登場する用語(しばしば検索タグにもなっています)に触れるだけでもかなりの学びになると思われます。
そうした用語や概念に触れたことは、その後の生徒の調査・研究活動を進める際の発想を豊かにすると同時に、課題解決策を考えるときに使える「手札」も増やしてくれます。
論文を探し曲がりなりにも読んでみることが、興味や関心を押し広げ、学んだことの先にある社会との接点を思い浮かべることまで繋がれば、まさに「探究型学習を使った進路指導」も大きく実現に近づいたと言えるのではないでしょうか。
その5に続く
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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一