学び方における守破離

生徒から「説明はわかりやすい」「とても面倒見が良い」「訊けば何でも答えてくれる」と言われて悪い気はしませんが、「自ら学び続けられる生徒を育てる」という目的に照らすと、如上の評価を受けたときの心地よさに胡坐をかいてばかりはいられない気がします。もしかしたら、学習者としての自立にブレーキをかけているかもしれません。
頼りになる先生が目の前にいるときは良いですが、やがては手放し巣立たせる生徒です。一人になったときにも立ち止まらず、自分で学び、道の拓き方を考えられるように育てるには、「学びにおける守破離」を意識して教室に立つ必要があるのではないでしょうか。
教えること、学ぶことについて、数多の金言が方々で語られています。その中には、互いに真逆のことを訴えているように思えるものも散見されます。そのうちの一組が第二次世界大戦期のアメリカ陸軍軍人であったジョージ・パットンと、同時期の日本海軍軍人であった山本五十六が残した言葉。双方の比較から「教える」ことについて考えてみました。

2015/04/28 公開の記事を再アップデートしました。

❏ やり方は教えず、何をすべきかを伝えよ

Never tell people how to do things. Tell them what to do and they will surprise you with their ingenuity.
人にやり方を教えるな。何をすべきかを教えれば、人はその創意工夫で驚かせてくれる。

ジョージ・パットンによるとされる言葉ですが、今日では、管理職向けの書籍に、部下を育てるときの指針としてよく登場しています。
やり方をこと細かに教えるだけ、それに従わせるだけでは、自ら考え解決策を工夫する力は養われません。予想外の障害に出会ったときに取るべき行動を学ばせていないということです。
解内在型の課題(=既に誰かが正解とそれに至る過程を明らかにしている課題)ならば、過去に成功を収めた方法を示すだけで事足りますが、誰も解決したことがない課題であれば、そもそも解決の方法を教えること自体が不可能です。
また、仮に上首尾に成果を収めた方法であっても、それが最適解である保証はなく、もっと効率的で、派生的な効果さえ期待できる別の方法も存在するかもしれません。

❏ やってみせ、言って聞かせて、させてみて…

やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ。

こちらは云わずと知れた山本五十六の(ものとされている)言葉です。
前半の3節では、教える側がまず手本を示し、きちんと言葉で説明することの大切さを、次の2節では、生徒自らに実際にやらせてみた上で、出来たことを評価して見せることの大切さを説いています。
何の下地もなく、使うべき道具(知識や理解、繰り返し用いる手順等)を携えていない学習者に「さあ、考えろ」と言ったところで、的外れな行動を取るか、最初の一歩すら踏み出せないかのいずれかでしょう。
これでは返り討ちは必至です。生徒は自己有能感も獲得できず、対象に接近しようとする意欲すら次第に失っていくかもしれません。課題解決の場を整えたら、挑ませる前に理解の確認を取るようにしましょう。

❏ 両者を行き来しつつ、段階的に手を放す方向に

さて、「やり方を教えるな」と「やってみせ、言って聞かせて」は真逆の立場を取っているように見えますが、互いに矛盾するものではなく、単に、適用すべき対象(=学習者。元の文脈では部下ですが)が立っているステージが違っているだけではないでしょうか。
学習者が未熟なうち/初期のステージにいるときは、「やってみせ、言って聞かせる」ことに重きを置き、成功体験に導くことが肝要です。
最初から手掛かりなしに試行錯誤を繰り返すだけでは、「巨人の肩の上に立つ」(先人の成果の上に立ってより遠くを見通す)こともできず、前の世代と同じところをうろうろするだけです。
逆に、ある程度の道具立てを揃えてきた学習者に対し、細かに指示を出しては、伸びる芽を抑える/成長に蓋をすることになりかねません。
伝統的な芸事における師弟関係を表現していると言われる「守破離」という考え方が、一見矛盾する2つの金言をうまく繋いでくれます。
教室では「やってみせ、言って聞かせて」と「やり方を教えるな」の間を行き来しつつ、徐々に後者の比率を高めていくことが重要です。
人に物事を教える仕事に就いた以上、教え子に自分を追い抜いていってもらうことこそが使命です。学習者の成長から目を離すことなく、上手に、段階的に手を放していくようにしたいものです。

❏ カリキュラムや指導計画を起こす段階から

最初は丁寧なガイドを優先しつつ、徐々に手を放していくことの重要性は、カリキュラムを編んだり、指導計画を起こしたりする段階から明確に意識しておく必要があります。
学年が上がれば当然ながら学習内容は高度化し、単位時間あたりで学ばせなければならないことも増えます。一から十まで丁寧に教えて理解させるやり方を続けていては、教えることに時間を取られ、生徒が取り組む学習活動に割ける時間もどんどん減ってしまいます。
学習内容がまだそれほど難しくならず、じっくり授業を進められるうちに、「教科書を読む」「参照型教材を使いこなす」といった生徒が個々に取り組むべきことを、きちんとできるようにさせておきましょう。
こうした計画的指導を実現するには、「学年教科」の枠を超えた、教科全体での先生方の目線合わせは欠かせませんし、他教科と足並みを揃えることも、相乗効果を狙うには必要不可欠。カリキュラムや指導計画の立案に際してすり合わせを十分に行いたいところです。
限られた授業時間を有効に使うには、事前の指導を通して、生徒が個々に取り組める範囲を押し広げて行くことが何よりも肝要です。
日頃から次に進んだときの学習をイメージし、そこで必要になることの獲得を図る機会を作っているか、立ち止まって振り返ってみましょう。
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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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