「学びの拡張」まで考慮したカリキュラムの設計

カリキュラムの設計に当たって予め考えておくべきことの一つに「学びをどこまで拡張するか」という問題があります。
言うまでもありませんが、学びの拡張を図るのは、授業ごと/単元ごとの学びにおいてコアとなる理解をしっかり形成してからです。根っこと幹がしっかりしていない木が枝を伸ばしても、ぐらぐらするばかりで大きくがっしりしたものにはならないのと同じです。
コアを形成した後、どこまで学習を掘り下げるか(=到達目標をどこに置くか)という「深さ」と、周辺のことがらをどこまで学ばせるかという「広さ」の両方で拡張の範囲を想定しておきましょう。すべての科目/単元で到達目標と学習範囲を明確にしておかないと、せっかく作った教育課程も中身があいまいになり、カリキュラムとして機能しません。

❏ 学びの拡張を図るのはコアとなる理解を固めてから

日々の授業や単元の内容を理解するときのコア(核)となるべき箇所をしっかりと理解することは、履修者全員を対象とする必達目標です。
理解のコアの形成に最も有効な方法の一つは、その日/その単元の学びを俯瞰し得る問いをターゲットとして設定することだと思います。

導入フェイズでターゲットを示せば、学びに目的意識を持って取り組ませられますし、ターゲット設問の答えを仕上げる工程をしっかり踏ませることで、学びを深く確かなものにすることができます。
理解のコアをしっかり作ることさえできれば、周辺知識に視野を広げていく準備が整います。生徒に教科書や参考書、資料などを読ませて必要な情報を集めて知識に編むのにチャレンジさせることも可能です。

❏ 到達目標は「必達」と「上位・挑戦」の多層構えで

クラス内には学力差があり、教える側の期待を目一杯膨らませて高い頂に全員を登らせようとすれば、途中で脱落する生徒も出てきます。
かといって、多くの生徒が登れるような低い山をゴールにしては、学力と意欲に余裕のある生徒には退屈な時間になるだけでなく、能力・資質を伸ばすチャンスを奪うことにもなりかねません。
こうした相反する要求を満たす解決策は、難易度の高いもの(=広く知り、深く考える、解に至る工程が複雑なもの)から易しいものまで幾つかのハードルを用意して、到達目標に段階性を設けることです。
同じターゲット設問であっても、答えをフルに論述するのと、ポイントになる箇所だけを記述させるのとでは難易度は大きく変わります。
ヒントとなる資料を用意しておき、答えを作るときに利用するか、答えを作り終えてから参照させるかを生徒に選ばせるだけでも、答えを完成させる工程が要求するもの(難易度)に柔軟性を持たせられます。
こうした、別稿「ひとつの課題から複線的なハードルを作る」でご提案した方法に加えて、必達課題をクリアできた生徒に任意で取り組ませる「上位課題」「挑戦課題」を用意しておくこともご検討ください。
カリキュラムを考えるときは、原則全員に到達を目指させる必達目標とその先の学びへの意欲に応える挑戦目標の複層構えで臨むことで「より多くの生徒に達成感と挑戦意欲を与える」ようにしましょう。

❏ 生徒のニーズに合わせた知識拡張の範囲設定

その科目を大学受験で使うことのない生徒にとって各科目の学習内容を学ぶ目的は「認知の網を張ること」と「言語、数量、情報の各スキルを獲得すること」「学び方を学ぶこと」ですから、単元のコアとなる理解を作る学習活動にしっかりと参加させれば十分と言えます。
しかしながら、大学入学共通テストで受験する生徒や、私大入試で使う生徒、国公立大の二次試験にその科目で挑まなければならない生徒にはそれだけでは不十分。知識をどこまで拡張するかは進路希望によってかなり大きな違いがあります。
それぞれのニーズに応じて、学ばせる範囲を設定する必要があるのは言うまでもありません。「知識をどこまで拡張するかは個々のニーズに合わせて」という発想を常に意識の中に置きましょう。
ここまでは全員、受験で使うならここまでといった具合に線引きしてあげれば、生徒は必要な学びに明確な目的意識をもって取り組めます。
学ばせることと教えることはイコールではありません。授業内で「教える場」を作れずとも、「生徒に学ばせる」ことができればOKです。
サブノート式のプリントを用意したり、副教材の中で範囲を指定したりすることで拡張の範囲を示し、個々の学びで取り組ませましょう。知識の獲得は個人の活動を通じて行わせれば、学習方策の獲得も進みます。
取り組む課題によって、学習する内容そのものだけではなく、そこで獲得できる能力・資質も異なります。進路希望を実現したときに必要になる力を想定して、どのような課題が望ましいか熟慮しましょう。

❏ 潜在的な興味を刺激するための任意課題

各科目の学習内容に潜在的/顕在的に強い興味と関心を抱く生徒がいます。それらが表出して形を伴ったのが進路希望や志望理由です。
教科書に記載されたことだけでは、そうした生徒の興味を十分に刺激し、関心に応えるのは難しいこともあるのではないでしょうか。
拡張型調べ学習探究から進路へのきっかけを作るプラス α の一問は、そうした意欲・興味に応える有効な方法の一つです。


興味を持って調べて/考えてみたり、その結果を周囲とシェアして気づきを膨らませたりすることで、興味・関心はさらに強固なものとなり、やがては「進路希望」という具体的な形を持ち始めます。
21世紀型能力における「実践力」の形成には、こうした自分事としての学びが欠かせません。入学後から継続的に様々な科目で幅広く経験させておけば、総合的な探究の時間でのテーマ選びもスムーズです。

❏ 講習会なども含めた全体設計で学ぶ意欲に応える

こうした生徒の興味・関心、学ぶ意欲に応える指導に「対話的な学び」の要素を加えようとするなら、放課後や長期休業期間中の講習会で機会を作ってあげるのが好適でしょう。正規の授業の中で機会を作ろうとしては、そこまで対応できない生徒に余計な負担が掛かります。
最上級生を対象とする夏休みなどの講習は入試対策という実利的な目的に沿って講座を設定するのは当然ですが、1年生、2年生には探究的な学びの場、授業で見つけた興味を掘り下げる場とするのも好適です。
カリキュラムは3ヵ年/6ヵ年を通した教育活動全体に関わるものですので、課外の補習・講習なども含めて設計図を描かないと、どこかにちぐはぐなものが生じてしまいます。

❏ 教科書の記述の先にある最新の知に触れる機会

世の中の出来事の中には、教科書に載っている「確立された/古典的な考え方」では説明しきれないところが多々あるのではないでしょうか。
教科書が説明しきれない現代社会の課題や事象の存在に気づいてしまった生徒は、教科書だけの学びでは満たされないものを感じるはずです。
学びに向かう潜在的な意欲を持つ生徒には「知の地平を広げる」機会を適切に用意してあげましょう。
最新の学問/研究者がどのようにその課題にアプローチしているか、教科書の記述の先にある「知」に触れる機会が、探究活動、進路指導を含めたカリキュラム全体の中で用意されているかも点検項目の一つです。

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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一