社会が取り組む課題を軸にした学部・学科研究

この記事を最初に起こしたのは2014年の秋です。その直前、お誘いをいただいて、「都立高校生のための多摩地区国公立大学合同説明会」というイベントを参観する機会を得ました。
土曜日の午後ということもあって、会場は300人を超える国公立大学を目指す都立高校生で熱気に溢れていたのを覚えています。
各大学とも「志願者を増やす絶好のチャンス」とばかりに様々な趣向を凝らす中、東京農工大学のプレゼンは際立って興味深いものでした。

2014/10/14 公開の記事をアップデートしました。

❏ 大学の商品ラインアップ?を延々と紹介されても

大学が行う受験生向け説明会というと、学部・学科のラインナップが紹介され、そこで何が勉強でき、卒業後の進路・就職先は…、という具合に話が進むことが多いように思います。
言うならば、学部・学科ありきで、それを軸にしたプレゼン構成です。
その学部・学科に漠然とした興味を持っていた生徒には有益な情報かもしれませんが、強い興味を持って既にあれこれと調べていた生徒には、概説的なところから始まる話には得るものは大きくなさそうです。
逆に、他の学部・学科のことを知りたい生徒には、どんな話もなかなか自分事として受け止められないのではないかと思います。
進路講演会に様々な大学から入試課職員や教員を招いて、自校の生徒に話をしてもらうときにも、同じことが起きているかもしれません。

❏ 社会が抱える課題に各学科がどうチャレンジしているか

これに対し、東京農工大の入試課担当者が採った手法は、まったく別の方向からのアプローチです。
まずは社会全体が取り組んでいる課題(その日は「世界的に予想されている食糧不足問題」)を取り上げて見せるところからのスタートです。
会場にいた生徒の大半が、問題意識を刺激されたのか、「自分ごと」としてその話に耳を傾け始めている様子でした。
その上で、そうした問題の一つひとつに、農工大の各学部・各学科での学びがどのような関わりを持つのか、どんな研究を行っているのかを例を示して説明していきます。
社会課題を軸に学部・学科を捉え直す手法、と表現できそうです。
(せっかくの「複数の大学による合同説明会」でしたので、他の大学も同じアプローチをとれば、かなり大きく視野を広げた「社会課題を軸にした学部・学科研究」ができたのではないかと思いますが…。)

日々の教科学習指導でも、解くべき課題で「何のために学んでいるか」を伝えるというステップを踏まないと、生徒は学びを自分事にできませんが、進路選択に向かわせる場での学びの設計も同じです。
身の回りに(ときに気づかないまま)存在している課題を知ってこそ、それを解決するための知への欲求が生まれるのではないでしょうか。

❏ 学びの先の広がりと、社会との接点を知る機会

そこで取り上げられた学部・学科を志す高校生にとっては、自分が大学で学ぼうとしていることの意味を、新たな視点でとらえ直し、より深く理解する/志望動機を大きくする絶好の機会になったはずです。
他の学部・学科を志している高校生にとっても、自分が学ぼうとしていることが、他の学問や取り組みとどう連携して社会の役に立っているのかを知ることで、学ぶことの意義をより深く知るとともに、専門以外にも視野を広げた学びの必要性を認識する機会になったと思います。
大学からスタッフや教員を招いて進学講演会や大学説明会を行おうとするときには、如上の構成を大学側にリクエストしないと、学部・学科という自校の商品ラインナップを説明されて終わってしまいます。
生徒が自分事と感じることができる課題を認識させた上で、それに対する自分なりの関わり方(生き方、あり方)を考えさせていくことにこそ進路指導関連のイベントの目的があると考えます。

❏ 進路指導・キャリア教育にも同じ手法を応用してみる

如上のアプローチには、校内で計画的に推し進めていく生徒の進路意識を形成する指導にも利用できるものがありそうです。
報道などで触れた身近な事柄を起点に、様々な課題を想起し、それらに取り組む研究や企業活動などを調べていくという方法です。
一昔前に流行った(?)、コンビニ弁当を題材にして、ひとつの商品を作り上げるのにどんな仕事が目に見えないところで関わっているか調べさせるという実践も、根っこにある発想は同じでしょう。
ノーベル物理学賞で(当時)話題になった青色LEDも、どんな製品に使われているか調べてみるのを皮切りに、

  • その製品が使われることでどんな利益を人々にもたらしたか
  • それ以前には、どんな問題(=研究の動機)があったのか

といった具合に考えを広げて調べていけば、様々な仕事やそこに携わる人、その仕事に救われる人の姿が見えてくるのではないでしょうか。
そうした気づきを重ねる中に、今まで考えてみることもなかったところまで想像の範囲が広がり、その中にはやがて「自分の生き方・あり方」が見えてくることもあろうかと思います。
生徒が個人やグループでそれぞれ調べたことを教室に持ち寄れば、クラスの一人ひとりが社会をより深く、広く理解する機会になりそうです。

❏ 行動してみることで偶然との出会いが増える

如上の体験を通じて見つけた「とりあえず面白そうな学問や職業」を、そのままゴールにさせるということではありません。

社会の変化が急速に変化する中、小学校入学から大学卒業までの短い間に3分の2の職業が別のものに置き換わるという予測もありました。
しかし、将来が予測できないからといって立ち止まっていたところで、何も新しいものは見えてきません。動いてこそ見える景色があります。
ちょっとでも面白いと思ったものを、少し本腰を入れて調べてみることで、追い求めてみるに値するものを見つけ出すこともあります。
計画的偶発性理論(スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が提案したキャリア形成に関する考え方:『その幸運は偶然ではないんです!』[ダイヤモンド社])では、個人のキャリアの8割が偶然によって形成されるとのこと。
面白いと思えるもの、追究したいと思える対象を多く見つけ出した生徒ほど、自分に合った将来に出会う可能性が大きくなるのだと思います。
社会課題の解決を軸に、その前段に広がっている学問(学部・学科)を考えてみることは、その好機となるのではないでしょうか。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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