前稿で検証してみた通り、獲得した知識を用いた課題解決(=知識の活用)を体験する場を授業内外にきちんと整えておかないと、「わかりやすい説明」と「丁寧な確認」を通じて知識の獲得を確かなものにしても学力の向上をしっかり実感できる授業は実現しにくいようです。
限りある授業時間を上手く配分して、知識の確実な獲得・体系化とそれらを生きて働くものとして活用する力(=思考力)を養うトレーニングとのバランスを取るために、取り得るアプローチは大きく分けて、
- 知識の獲得を目的とするフェイズの効率化を図る
- 与える知識の範囲を精選する(不用意に膨らませすぎない)
- 生徒が個人で取り組めることを教室(授業)に持ち込まない
という3つの観点からのものになると思います。
2016/07/13 公開の記事をアップデートしました。
❏ 知識の獲得を図るフェイズの効率化
単元の学習内容を「従来通り」に先生が説明して理解させる方法では、一定量の知識を伝達して生徒が受け取るのに要する時間を大幅に短縮するのは難しそうです。別のアプローチを試してみるべきだと思います。
・教科書は生徒にきちんと読ませる/副教材を使い込ませる
教科書や参考書に書かれていることなら、生徒自身に読んで理解させるようにしてみましょう。学習方策の獲得も進み、一挙両得です。
話を聞かせる方法では「音声化のスピード」が情報を取得する速度の上限を決めますが、生徒が読んで理解するのであれば、そのリミットが外れますし、必要に応じて読み返しやマークアップも自在です。
解説動画も、生徒は「倍速再生」で視聴していたり、「早戻し」で見直したりしていますよね。話し手のペースに合わせて理解を重ねていくのは必ずしも自然な形ではないのかもしれません。
・予め問いを与えて、情報を受け止める態勢を取らせる
また、話を聞かせたり、教科書・資料を読ませたりするにも、生徒の関心を十分に刺激しておかないと、情報を集める/知識を得ることに集中してくれません。自ずと、聞き漏らしなども生まれ、説明の繰り返しで無駄な時間を費やすことになります。
前もって「問い」を与えておき、生徒に「なんだろう」「どうなっているんだろう」と疑問を抱かせておくことで、自らの内の不明を解消する欲求を刺激しておきましょう。
先生が一生懸命に与えて生徒に受け止めさせるインプットより、自ら求めて知識・情報を得ようとするインテイクの方が、単位時間の中で学習者が取り込んでいくものははるかに大きくなります。
別の言い方をするなら、学習者側から手を伸ばす「インテイク」が働かなければ、無駄な伝達(拾われない情報)が増えるばかり、同じ量の知識や情報を獲得させるにも余計な時間がかかるということです。
❏ 与える知識の範囲を不必要に拡大しない
学ぶべきことが多すぎて、所定の授業時間の中で扱いきれないというのは、決して珍しくないと思いますが、クラス全員を対象に行う授業では学ばせることをもう少し限定できるかもしれません。
別稿「「学びの拡張」まで考慮したカリキュラムの設計」でも書いた通り、単元内容を理解する上で「コアとなる部分」(知識・概念・考え方など)は、クラス全員を対象とする授業の中でしっかり押さえる必要がありますが、それを超えたところは、必要な生徒が自らの学力に応じて手を伸ばしてもらえれば良いはずです。
授業を終えるときに、そこまでに学んだことを教科書に落とし込むようにしてみると、教科書の記載に結び付けられない事項を結構扱っていることがあると思います。もしかしたら、それはクラス全員に獲得させるべき知識の範囲を超えていたのかもしれません。
関連することがらを大学に進学して学ぼうとしている生徒や、難関大を受験する上でどうしてもその知識を携えて置く必要がある生徒にだけ、追加の任意課題としてプリントなどを用意してあげて、選択的に学ばせることでも良いのではないでしょうか。
そこまで生徒に任せるのは無理とお考えになる向きもあろうかと思いますが、やらせなければできるようになりませんし、出来るようにならなければ先に進んでからの学びで支障を抱えます。
知識を拡充する必要がある範囲は、生徒の進路希望などによっても異なるはず。全員のニーズを満たす「最大の網」を掛けようとすると、伝えなければならないこと(知識や情報)は増えるばかりですが、その割に拾われる情報は期待したほど増えないという残念な結果になります。
専門知識まで踏み込んだ発展的な話を聞くのは、興味のある生徒には魅力的な体験ですが、コアの理解と基礎的な知識を蓄えることに四苦八苦している生徒には余計な重荷を背負わせているだけかもしれません。
❏ 生徒が個人で取り組むべきことをきちんと切り分ける
限りある授業時間に、必要な知識を確保させるための活動と、知識を生きて働かせる方法を学ぶ(=思考力を養う)ための課題解決体験を適切に配分しようとすると、授業以外のところに持っていくべきものを切り出す必要が生じます。
持っていく先は、予習・復習といった「授業外学習」にほかなりませんが、新課程で学ばせ方が変わる以上、家庭学習の在り方も改めて考えてみる時期を迎えているのではないでしょうか。
家庭学習時間の延伸は、手を変え品を変えて働きかけても思ったほどの成果が得られず、ご苦労されている先生方も多いと思いますが、生徒がやらない(正確には、「やろうと思ってもきちんとできない」)理由にまで立ち戻って、改善策を考えていくべきだと思います。
授業内に設ける学習活動に必要な準備(=予習)で必要な知識を得させるのに、コロナ禍での臨時休校中に得た知見(cf. 休校が続いて、何をやればいいのかわからない?)を活用し、適切な問いを与えておき、それに答えをつくるために教科書や副教材を勉強するというスタイルに変更して成果を上げている教室もあります。
こうした工夫や指導を重ねて、生徒が自力でできることを増やしていかないと、学年が進んでも、知識を獲得させるのに、一から十まで丁寧に教えて理解させるという手札しか持てないことになってしまいます。
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知識獲得とその活用機会を揃えた授業を実践する上では、先生方のご多忙(教材研究の時間の不足)がボトルネックになり得ます。課題作りにおける省力化・効率化の方法も考えていかないと、先生方の持ち時間がボトルネックとなり、好ましい授業デザインの実現に支障が生じます。
活用機会として適切な問題を用意するには、教材研究に相応の時間を投じる必要が生じますが、ここで過大な時間を掛けてパンクしてしまっては、「問いを軸にした授業デザイン」の入り口に立ったところで躓くことになりかねません。
知識活用の場としての問いや課題は「○○について、以下の用語すべてを用い、200字前後でまとめよ」といった具合に、シンプルな作りにするのも大切です。凝ったプリントを作り込むより時短が図れるだけでなく、生徒も単元を広く俯瞰し、深く考えることができるはずです。
他の先生が教室で使ってみて手応えのあった教材は、必要に応じてアレンジしながら自分の教室でも積極的に使ってみましょう。一から作るより省力化が図れますし、生徒の側でも、手応えを確かめられた好適な問い/課題を起点に学べるという恩恵にあずかれます。(cf. 課題(教材)のシェアから始める組織的授業改善)
また、導入フェイズでターゲットとして示して学習目標を伝えるための問いと、仕上げのフェイズで「より深く確かな学び」を目指して答えの仕上げに取り組ませる問いを「共通の一問」(仕上げに際しては要求を幾つか加えてみるのも良いかもしれません)にするのも好適です。
導入と仕上げで同じ問題を使えば、題意を理解させたり、採点したり、答えをシェアしたりといった様々な場面で「重なり」を使えますので、トータルでの所要時間を短くすることもできます。
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一