ボールを投げるのはミットを構えさせてから

相手にボールを投げようとするときには、相手がミットを構えているかを確認しますよね。少なくともこちらを見ているかどうか確かめているはずですが、普段の指導の中で同じことが徹底できているでしょうか。
大事なことを伝える前に、前振りもせず、問題意識や関心を刺激しておかなかったら、投げられたことにすら気づいてもらえなかったボールがグランドの隅を転がるのと同じように、伝えたことは生徒の意識をすり抜けてしまい、受け取ってもらえません。
日々の授業や進路指導など様々な場面を思い起こしながら、生徒にしっかりミットを構えさせているか振り返ってみるのも大事だと思います。

❏ なんだろう、どうしてだろうと考えさせること

教科学習指導の中で生徒に伝えていることは、どれも「大事なこと」でしょうが、その中でもとりわけ重要度が高いところ(例えば、単元内容を理解するときの核となる概念など)に触れようとするときには抜かりなく準備を整えたいものです。
授業の中で「ここは大事」を連発するのは、あまり芸がないような気がしますし、同じ刺激を繰り返しては、反応が鈍くなるばかりです。大事である理由も「試験に出るから」の一辺倒では「じゃあ、試験に出ないことは覚えない」というあらぬ結論を導きかねません。
生徒に重要な情報を受け取る態勢を取らせるには、問い掛けを行い、生徒の思考を発動させることが先決です。「なんだろう、どうしてなんだろう」と思えば、知りたい、理解したいとの欲求も刺激できます。

解くべき課題を与え、考えたり、調べたり、話し合ったりさせれば、解き明かしたい疑問や不明はその所在がはっきりしてきます。その結果、必要なパーツを得ようとするインテイクの姿勢も強化されるはずです。
このほかにも、賛否が分かれるイシューを与えて話し合わせてみたり、空所を残して板書を書き進めたりすることにも「新たな知への欲求」を刺激する効果があり、大切な情報を受け止めるためにミットを構えさせる有効な手段になり得るのではないでしょうか。

❏ 進路選択に向けたガイダンスや体験学習でも

進路指導においても、正しい選択に向かわせるための知識や情報を付与する機会がありますが、ここでも無策に何かを伝えていては、生徒ががっちりとそれらを捕まえてくれるとは限りません。
外部から講師を呼んで行う進路講演などが予定されているのであれば、講演テーマについて「認知の網」を張らせておくことも必要です。
生まれて初めて聞いた話では、内容を正しく/深く理解するのに必要な周辺の知識や、根っこにある考え方などが欠けていることも多々あり、先生方が聞けば当然のことも、生徒の頭の中ではしっかりとした理解を形成しないことも予想されます。
ある学校では、講演レジュメを事前に配布して生徒に読ませ、その内容に基づいた「講師への質問」を作らせていました。質問作りという作業を通して、レジュメに書かれていることと対話し、知りたいことを言語化しておいた効果は小さくなかったようです。

大学や企業の研究室を訪ねたりするのにだって、事前学習は必要でしょう。外で調べただけでは知り得ないことが「現場」にはあり、その差分にこそ生徒が受ける刺激の大切な部分があるのだと思います。
ちょっと調べればわかるようなことすら知らないままでは、せっかく対応してくださる先方にも、基礎的なところから話をしてもらわねばならず、本当に面白いところまで話が到達しないかもしれません。

❏ 解決/防止すべき問題を自分事として認識させる

生活指導や防災教育、人権教育などでも、教科学習指導、進路指導と同様に、学ぶためのレディネス作りは欠かせません。
こうした教育の機会を通して、解決/予防しようとしている問題を、生徒が「自分ごと」と捉えていなければ、どれだけ強い説得力を持つ言葉を用意しても、伝わるものは一部に過ぎないのではないでしょうか。
学びのウォーミングアップとして、ロールプレイやプレディスカッションを組み入れたり、そうした問題に巻き込まれた人の手記や新聞の記事などを読ませ、考えるところを言語化させたりする「準備」の有無で、学びの成果はまったく違ったものになるはずです。
新型コロナの感染拡大防止策にしたって、禁止事項をずらずら並べて徹底をお願いするだけでは、聞き手の行動を変えさせる効果はないのは、肌身で感じるところですが、学校での生活指導も同じだと思います。
最近はあまり見かけなくなったように思いますが、学年集会などで担当先生からの「お説教」が延々と続くだけでは、生徒は反発こそ覚えても先生方が狙った方向に刺激を受け止めてくれるとは限りません。

❏ 連絡事項や指示を伝えるときも

毎日のホームルームなどでの連絡事項でも、確実な伝達が必要なことは少なくありません。別稿でも申し上げましたが、連絡は「来るべき指導機会に向け準備を整えさせる」ための活動ですから、伝達が不完全であれば、のちの指導機会は所期の成果を得にくくなります。
とは言え、連絡事項の一つひとつに十分な前振りやウォーミングアップを行うような時間はないでしょうから、確実な伝達の方法を講じることがここでのポイントということになろうかと思います。
すぐに思いつくのは、ミットを構える代わりに、手帳のページを開き、筆記用具を手に持たせることでしょうか。
また、ホームルームの連絡事項は先生ではなく、日直の生徒が輪番で伝えるようにするのも効果的だったりします。自分も伝える側に回る中できちんと聞かないと、話している人が切ない思いをすることを知りますので、連絡事項にもちゃんと耳を傾ける姿勢を身につけるそうです。
ただし、連絡事項を手帳に書きとっても、後になって見直さなければ書いてないのと大差なし。忘れてしまえば、聞かなかったのと同じです。
帰りのホームルームを終えて離席するときや、帰宅した直後の5分間など、手帳を広げてやるべきことをチェックし、To Do リストに整理するといった習慣を身につけさせていくことも大事ではないでしょうか。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一