ルールでの保護と危険回避の思考力養成

学校評価アンケートでは、生徒がトラブルなく安全に学校生活を送るための配慮や指導について尋ねることが多いと思います。こうした質問に対する肯定的な回答の割合はどの学校でもそれなりに高いものの、1~2割は否定的な評価や意見が混ざっていたりします。
生徒指導を通したトラブル回避や安全の確保には、それらに接近しないようルールを敷いた「隔離」をメインとする場合と、生徒自身が危険を察知し、それを回避したり、被害を防いだりする「思考・判断」の力を養うことに主眼を置く場合とがあります。
ルールで危険から隔離するばかりでは、生徒の思考力や判断力を養う機を逃し、予め想定しきれない新たな危険への対応に不安が残りますが、判断力が十分に備わらないうちに「考えて行動せよ」だけでは、判断を間違えて不要な危険を招き寄せてしまうリスクが高まります。
落としどころとしては、危険の度合い(予想される被害の深刻さ)によって両者を使い分けたり、生徒の成長につれて前者から後者にバランスを移していったりといった「併用策」になろうかと思います。
当然ながら、こうした使い分けや段階的な指導主眼のシフトには、先生方がその基準や指導計画を共有し、目線を合わせた指導が必要ですが、学校評価アンケートのデータを見ていると、共有や目線合わせが不十分だったり、生徒・保護者への周知が足りない場合があるようです。

❏ 教員間での指導目標や指導方針の共有は十分か

生徒指導や防災・安全教育は、学校全体で共通した指導方針や指導目標の下で行われるものであり、本来ならクラス別集計値にそれほど大きな差は生じないはずです。
しかしながら、実際は、同じタイミング、同じ質問で行ったアンケートでも、肯定的な回答の占める割合が5割を切るクラスから9割を超えるクラスまでが混在し、隣のクラスとも全く違う評価になったりします。
おそらくは、校内/学年内でゴールの共有や目線合わせを怠ってしまった結果であろうと思いますし、実際にお話を聞いてみると、指導方針や手順の擦り合わせなどは行っていないというケースが大半です。
3ヵ年/6ヵ年を通した指導の中で、初期の段階での指導主眼から、自律的・効果的に危険を回避し、被害を抑えるすべを身につけさせていく工程を、しっかり描き、生徒の指導に当たる全ての先生が目線を同じくして指導に当たる必要があると、データを見ながら改めて感じます。

❏ ルールを守らせるところから、主体的・自律的行動へ

学校生活を送る上での決まり事は、生徒一人ひとりの安全を確保するという目的が根底にあるはずです。まずは、ルールをしっかり伝えて守らせることで、最小限の安全と安心を確保する必要がありますが、こうした指導を卒業まで続ければ良いというものではないはずです。
環境の変化などで、社会には新たなリスクが次々と生まれます。対応の最適解が確定していない状況に「既存のルールに従う」だけでは守りが緩すぎます。危険を回避し、コントロールするすべを身につけさせることも「生活指導」の重要な目標です。
段階を踏みながら、例えば以下のような大まかな設計の下で、「生きる力/変化を生き抜く力」を生徒一人ひとりに獲得させる計画的な指導を実現したいところです。

・まずは、ルールの周知と徹底

ルールを守らせるにも主体性を持たせたいもの。当然ながら、ルールが存在する理由をしっかり理解させなければなりません。
初期段階では「話して聞かせて理解させる」ことで効率を優先する必要があろうかと思いますが、生徒が「なぜそのルールがあるのか」を考える機会も持たせないと、ただルールに従うだけになってしまいます。

・危険を調べ、回避や予防の方法を生徒に考えさせる

その次は、身の回りにある(次々と生まれてくる)リスクを知り、それらを遠ざけたり、被害を最小限にコントロールしたりするためにどのような行動を取るべきかを生徒に考えさせる段階です。
いうまでもありませんが、回避・予防の方策を考える前にリスクの一つひとつを正しく理解する必要がありますので、生徒に調べ学習を課すこともあるはずです。ジグソー法なども使えそうです。

・コミュニティを巻き込み、他人を動かす方法も

自分ひとりが正しい行動を取っても、周囲が不用意に危険を冒しているのを放置しては、自分も巻き込まれる可能性があります。
そうした周囲からのリスクをどうコントロールするかまで考えさせていくと、そこには探究活動や社会との関わりといった先に繋がる学びへの接点も生まれるのではないでしょうか。

❏ 生活指導、防災・安全教育でも見通しをもった指導

入学して間もない生徒に対しては、身近な、いつでも遭遇する危険についてきちんと教え、それらを遠ざけるためにルールを課すことで、当座の安全を確保する必要があるのは言うまでもありません。
その上で、様々な場面に潜むリスクについて学ばせ、どのようにふるまうことでそれらを遠ざけたり、コントロールしたりできるかを考えさせていくフェイズに入ることになろうかと思います。
各教科の学習指導やキャリア教育・進路指導では「3ヵ年/6ヵ年の見通し」を持ち、展望のもとで指導を行うことが大事ですが、生徒指導や防災・安全教育でも同じだと思います。
学習や進路で観点と段階的な到達目標があるのと同様に、生活指導や防災・安全教育でも「自分を守ること」「周囲を傷つけないこと」「支援が必要な人に手を差し伸べること」「そうした活動でリーダーシップ・メンバーシップを発揮すること」など、観点を広げながら、一つひとつ段階的な成長を遂げさせていきたいものです。
クラスをコミュニティとして機能させるための互恵意識や相互啓発の在り方にも、学年に応じたものがあるはずです。

❏ 指導の展望と計画は生徒・保護者にもしっかり伝える

当然ながら、指導に当たる先生方だけが展望や見通しを持っていても、学びの主体である生徒がそれを知らないままでは、「指導についていくだけ」の、主体性に欠けた学びになってしまいます。
今学んでいること、取り組んでいることが、自分が成長していく先でどんな意味を持つのか/何の準備に当たるのか展望を持たなければ、個々の場面での学びは深く確かなものにならないはずです。
前述のクラス間に生じた小さからぬ差には、こうした「指導の見通しの提示や展望の共有」の段階から生まれているものもありそうです。
保護者にしても、我が子の生活や振る舞いをみて不安やもどかしさを感じるだけの場合と、学校が明確な展望と方針を示し、その進捗を期待を持って見守っているときとでは、指導に対する評価も違ったものになるのではないでしょうか。



学校評価アンケートの集計結果を分析しながら、考えるところをまとめてみましたが、生活指導でも、その設計で土台とする発想や実際の指導場面で用いる手法などには、教科学習指導や進路指導・キャリア教育と共通するところが思いのほか多いことを改めて実感しています。
コロナ禍でも想定外のことが多々ありました。刻一刻と変化する状況を生徒が自ら正しく把握し、予想されるリスクを効果的に回避できる「思考」を身につけさせることと、ルールでの保護とのバランスをいかに取るかが問われていると思います。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一