PISAが測ろうとしている「創造的思考力」

先日の新聞(朝日2024年2月12日)に「AI時代、PISAが問うのはOECD・武内良樹事務次長に聞く」と題する記事がありました。
ご存知の通り、PISA2022では、参加した81の国や地域の中で数学的リテラシー5位、科学リテラシー2位、読解力3位(OECDの37か国では数学と科学が1位、読解力が2位)という結果でした。
順位が回復したことは好ましいことだろうと思いますが、PISAではこの3分野だけではなく、日本が参加していない「オプション」の調査が毎回、新たに行われていることはご存知でしょうか。
2012年の調査における「問題解決力」を皮切りに、15年の「協同問題解決能力」、18年の「グローバル・コンピテンス」、当初予定から1年延期になった今回、22年に行われた「創造的思考力」がこれにあたります。(これらに加えて「金融リテラシー」も12年調査から)
日本が調査に加わらなかったのには、色々な事情(受験者の負担への考慮など)もあってのことと思いますので、ここでは掘り下げないことにしますが、そこでどんな能力要素が測定されたかは興味があります。
これからの時代を生き抜くために世界中で必要になる力と考えられるからこそ、研究がなされ、調査が行われたと考えると、そこから目を逸らしているわけには行かないように感じます。

❏ 協同問題解決力(2015年調査)

まずは、15年の「協同問題解決力」から。下図は、国立教育政策研究所が翻訳して起こしたものですが、調査問題は、以下の3つの能力に焦点を当てて作成されているとのこと。

  • 共通理解の構築・維持
  • 問題解決に対する適切な行動
  • チーム組織の構築・維持


いずれも、日々の授業などの中でも涵養に努めることができるものと思いますが、求められている個々の能力要素や、それらが働くプロセスを意識してみると、授業デザインや評価にも応用ができそうです。

❏ グローバル・コンピテンス(2018年調査)

続いて、18年調査の「グローバル・コンピテンス」は、下図のイラストで概要が示されていました。地球規模の問題に関心を持ち、社会的、政治的、経済的、環境的課題に取り組む新しい世代に求められる力との位置づけです。引用元:043fc3b0-en.pdf (oecd-ilibrary.org)
デンデン太鼓の模様みたいなところに描かれている「プロセス」を実現するのに必要な能力や資質が外縁に表示されています。国際理解教育を進めるときに、その設計と評価を考える上でのヒントになりそうです。


❏ 創造的思考力(2021年調査→22年に延期)

22年の「創造的思考力」は、以下のイラストでその概要が示されています。中央の3つの扇型で示されたプロセスを、時計回りに進めていくイメージです。創造的思考 – PISA (oecd.org)


ちなみに、延期前の21年の図の方が、直観的にわかりやすいような気がします。下図が掲載されている「解説のPDF」は(英語なので大変かもしれませんが)一読に値すると思います。(日本が不参加のためか国立教育政策研究所のWEBサイトにも翻訳が見当たりません…)

PISA-2021-creative-thinking-framework


創造的思考力のテストで評価されるのは、「多様で独創的なアイデアを生み出し、それらを評価し、改善する能力」です。社会的問題、科学的問題の解決に取り組む中で、生徒は各プロセスを経験し、そこで必要となる能力や資質を獲得します。
また、そうした学び/活動の中で、文章表現や視覚表現(思考の結果に他者の理解と共感を得られるだけの表現を与えること)の力も養われ、評価(=伸ばすための課題形成)の機会を得るはずです。
各教科での学びの中だけでは、こうした活動や評価の場は十分に作りにくいと思われます。期待されるのは「総合的な探究の時間」でしょう。その中で「探究の過程(プロセス)」の一つひとつをしっかり踏ませることが、こうした力の獲得を後押しするのだと思います。

冒頭の記事には以下のようにも書かれています。これを読み、PISAが測定しようとしている能力を、日本が参加していない領域についてもしっかりと育んでいく必要を改めて感じた次第です。

AIは既に、PISAの読解力と科学的リテラシーのテストを8割、数学的リテラシーだと4割くらい解ける。あと4、5年で全部解けるようになるだろう。これからは、AIが出した結論をうのみにしないことや、結論に至る過程の透明性を確保することが必要になる。

AIがどんなプロセスを経てその結論を導き出しているかは「ブラックボックス」ですが、人間が同じような課題の解決に取り組むには、問題解決の過程とそこで活用するもの(知識や能力)をよく知り、使い方に習熟する必要があります。これができなければ、AIが出した結論を鵜呑みにするしかありません。
これからの社会が突き付けてくる、より高次の課題に答えを出すにも、そこで必要なものを身に付けてこそ。探究活動は、そうした能力を育む場です。活動そのものを目的にしたり、成果物(論文やプレゼン)の出来に過度に気を取られたりせず、「各過程を踏む中で育む能力や資質」に焦点をしっかりと置いた、指導と評価を心掛けるべきでしょう。

❏ 遡って12年調査の「問題解決力」~原点はここに

ちなみに、12年調査[pisa2012_result_ps.pdf (nier.go.jp)]で問われた「問題解決力」(協同問題解決能力のベースになったもの)は以下A~Dの4つのプロセスで構成されます。生徒に取り組ませる探究活動/課題解決学習もこの流れに沿ってデザインすることが大切です。
A.「探索・理解」

問題状況を観察し、それと相互作用して情報を求め、制約又は障壁を見つけ出す。与えられた情報及び問題状況との相互作用を通じて、見つけ出した情報を理解していること、問題解決にとって重要な概念を理解していることが示される。
B.「表現・定式化」

問題状況の各側面を表現するために、表やグラフ、記号、言語を用いたり、表現の形式を変換したりする。問題解決にとって重要な要因とその相互関係を特定し、仮説を立てる。情報を組織化し批判的に評価する。
C.「計画・実行」

最終的な目標及び必要であればそれに向けての小さな目標を設定し、問題を解決するためにどのような段階を踏むか等の計画又は方略を決定して、それに従い実行する。
D.「観察・熟考」

問題解決へと至るそれぞれの段階・過程を観察(モニタリング)する。途中経過を確認し、想定していない出来事に遭遇した場合、必要な処理を行う。解決策を様々な観点から振り返り、想定や別の解決策を批判的に評価し、追加情報や明確化の必要性を認識し、進捗状況について適切な方法で伝える。
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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一