生徒に課題を与えて取り組ませ、上手くいかなかった場合に、的確な助言・アドバイスを行って、次のチャレンジで上手くいくように導くのは指導者の役割でしょうが、生徒が自ら「何をどうすべきか」を考え尽くす前に指導者が「先回り」してしまうと小さからぬ弊害が生じます。
新課程の土台にある「21世紀型能力」では、その中核である「思考力」の構成要素のひとつに「メタ認知・適応型学習力」があります。
メタ認知・適応的学習力は、自身の取り組みや成果を振り返り、より良いパフォーマンスを得るために何をどう学んでいくかを考える力を指しますが、指導者が先回りして「生徒が考えるべきところ」を肩代わりしては、思考力の大切な要素を獲得する機を奪ってしまいかねません。
❏ 先生方の指導が届かなくなるときを見越して
先生方は各教科の専門家ですので、どうすればより良いパフォーマンス/望ましい結果が得られるか、見立てを立てることができるでしょう。
しかしながら、その見立てをもとに生徒に具体的な指示を与えているだけでは、生徒は先生の助けなしに自分のパフォーマンスを高める方法を考え出せるようになるとは限りません。
この先、新たな課題を前に修正を重ねて達成に近づいていく必要が生じたときに、どう行動すべきか考え出せないのでは、困るのは生徒です。
取り組むべき課題や挑戦すべきタスクは、教室で経験させた範囲に止まらず、未知のものがどんどん目の前に現れます。そのたびに信頼できる指導者がそばにいてくれるとは限らないはず。
課題を目の前にして、途方にくれないよう、どうすれば良いかを自ら考え出すトレーニングを、安全が確保されたどこか(=言うまでもなく教室です)でしっかり積んでおく必要があります。
遠い将来のことだけでなく、最上級生となり、進路希望を実現するフェイズに入れば、生徒の学びは個別化していきますし、そこで自分の学びをデザインできるようになっているかどうかは結果を大きく分けます。
❏ 具体的な指示を与えるより、振り返りの結果に問い掛け
指導者に求められるのは、場面ごとに生徒一人ひとりに合った方法を丁寧に示すことではなく、生徒自身に振り返りをしっかり行わせ、次に向けた課題を正しく形成させることだと思います。
当然ながら、生徒は学習者としても成長の途上(メタ認知・適応的学習力も獲得の途中)であり、放ったらかしにしては、あらぬ方向に歩を進めてしまう(課題形成を間違える)ことも十分に予想されます。
生徒が行った振り返りの結果をよく見て、もしそこに見落としや思考の浅さが見て取れたら、それに気づかせることが指導者のお仕事です。
見落としているところは「このあたりはどう?」と尋ねたり、考えの浅いところは生徒が重ねた思考の過程に立ち戻りつつ、「ここではほかにどんな選択肢を考えた?」「この作戦だと、他にどんな結果も予想される?」と訊いたりすれば、生徒はそこまでの思考に欠けていたことに気づいていきます。
ことさら掘り下げなくても、「なるほど、こういうことなのかな?」と確認の問いを発するだけでも、生徒は改めて考える機会を持てます。
こうした気づきを、様々な課題にチャレンジするたびに重ねていくことが、メタ認知・適応的学習力の養成に繋がっていくのだと考えます。
生徒が適切に振り返りをできていない(課題を正しく形成できていない)ときにも、「そうじゃないだろ、こうしなきゃ」と安易に指示を出してしまっては、生徒は自ら考える力を蓄えられません。
❏ どんな問い掛けをするか、先生方のアイデアを集めて
生徒が誤った振り返り/課題形成をした場合に、どんな問い掛けが有効かは、なかなかの難題。単純なパターンがあるわけではなさそうです。
お一人で抱えて考えているだけでは、発想も膨らみにくいかもしれません。他の先生たちと協力し合って、それぞれに効果的と感じたケースをシェアしていく必要があるのではないでしょうか。
他の先生の発想に触れてヒントを得る場合もありますし、思った結果にならなかったときにどうアレンジすれば良いか知恵も出し合えます。
メタ認知・適応的学習力という新しい学力要素をどう獲得させるか、その指導法の開発はまさに先生方の協働で取り組むべき課題の一つです。
まずは、学年教科の中で、個々の単元ごとの具体的な課題に結び付けた形で研究を進め、次年度にその成果を引き継いでいくことで、教科としての指導知見が作り上げられていくのではないでしょうか。
❏ 他の生徒がどんな振り返りをしているかも貴重な教材
課題に挑ませるたびに行わせる振り返り(+課題形成)の結果は、ポートフォリオのようなものにリフレクション・ログの形で残っていくと思いますが、そこに残されたものは、他の生徒にとっては自分のことを考えるときのヒントの宝庫かもしれません。
機械的にすべてのリフレクション・ログを収集し、公開するのでは膨大な量となり、目を通す気さえ失せそうです。先生の目を通して「これは他の生徒の参考にもなる」「こういう振り返りをしてもらいたい」というものをピックアップして他の生徒の目に触れさせるのが現実的です。
このピックアップを通じて、先生方ご自身が新たな指導法を開発する上での有用な気づきを得ることもあろうかと思います。
継続的に生徒の行動を観察し、大きなパフォーマンスの向上が見られた生徒がいたら、ときを遡ってどんな振り返りをしていたかを点検してみるのも面白そうです。
振り返りの機会は、各教科の学習指導の中だけではありません。進路指導や体験学習、探究活動の中でも、そこまでの取り組みと成果を振り返って、「次に向けてどう取り組むか」「何をどう学ぶべきか」を考える機会はいたるところにあります。
それぞれの場面で、どんな指導を行うべきか、いろいろと試していくことになろうかと思いますが、振り返りを通して何を目指すのか、常に意識の中において、方向を見失わないようにしたいものです。
常に意識さえしておけば、振り返りの結果に「つっこみ」を入れてあげる必要が生じたときを見逃すことも減るはずです。
考査や模試の結果を前に、教え直したり、間違い直しをさせたりしても学習行動は改まらず、学習者としての自立にも近づきませんが、それと同じことが学校生活/教育活動全般に当てはまるということです。
追記:
生徒が振り返りを行う様子には、「観察は常に怠らず」「声掛け/問い掛けは必要な時に抑制的に行う」ことを心掛けましょう。生徒の行動や思考の変化はそんなに短期間に現れませんので、頻度を上げても効率的とは言えません。
一定期間は「遠くから見守る」くらいにした方が、振り返りを「先生に誘導されるがままに」という状態を避ける利点もあろうかと思います。
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一