授業で与えるタスクの難易度(課題や活動の要求)を調整しようとするのに、タスクの出し入れだけでは十分とは言えません。意外に聞こえるかもしれませんが、学習者/生徒に十分な「準備」と「仕上げ」を求めて実行させることが、適正負荷を実現する前提条件になります。
ちなみに、適正な負荷とは、生徒に授業や課題の難易度を「易しい~ちょうど良い~難しい」の5段階で尋ねたときに、真ん中の「ちょうど良い」と隣の「やや難しい」が拮抗する水準が一般的。別稿の通り、学習方策の獲得や目的意識の涵養が進むとさらに上方にシフトします。

❏ 準備を十分に行って臨んだ生徒は「難しいけど面白い」
同じ内容を理解させるにしても、先生の説明を聞かせることだけを頼りにしたアプローチ(いわゆるチョーク&トーク)では、生徒の感じる難易度が両極(易しい/難しい)に触れがちになります。
難易度を抑え、わかりやすさが少しでも過ぎれば、前提理解などが十分な生徒は「易しい」と答え、そうでない生徒も「やや易しい~ちょうどよい」を選び、如上の適正範囲の下側に止まることになります。
一方、同じアプローチ(話して聞かせ、理解させる)のまま、少し高度な内容を扱ったり、進行を速めたりすると、その途端に「難しい」が急増し、今度は適正範囲の上に飛び出します。聞いているだけでは、不明が生じたときに解消をはかる手段(教え合いなど)に欠けるためです。
活動性を高めることで苦手意識の発生を抑えることができますが、それだけで負荷を自動的に適正化してくれるわけではありません。
話し合いなどを充実させた、活動性の高い授業でも、準備が不十分なままに臨んだ生徒は、前提理解や伝えることの整理が出来ていないため、少し高度なタスクを与えると、途端に「難しい」と感じ始めます。
準備不足の背景には、目的意識(学習意欲)の弱さが隠れているケースも多いため、「難しい」と感じた途端に、諦めが出てきて、達成に向けて粘り強く頑張る姿勢を急速に失っていくことも少なくありません。
これに対して、事前の指示に従って十分に準備(調べる、考える)をしてきた生徒は、「難しいけど面白い」と捉えます。準備を経て生徒が互いが教室に持ち寄った成果に刺激を受けて、学びの成果を実感します。
重ねてきた準備の成果を、対話の中で実感できることもプラスに作用します。(cf. 考え尽くした結果を伝えることはコミュニティへの貢献)
❏ 仕上げへの取り組みも、学びへの自己効力感を左右
授業内タスクへの準備が不足すると、実際の難易度以上に難しく感じてしまうのは、前段で書いた通り。一方で、学び終えて(タスクに取り組んだ後)の仕上げと振り返りも、難易度の感じ方を大きく変えます。
説明を聞く/話し合う中で得た気づきを整理したり、残った不明を一つひとつ解消したりすることは、学びの成果を実感する上で不可欠。きちんと頭の整理ができた生徒は、所与の課題を「達成可能」なものであったと認識し、「ちょうど良い~やや難しい」に認識が落ち着きます。
また、不明を残したり、身につけるべき能力・資質が不十分なまま、次の学習内容(単元など)に進めば、先の学びの土台が固まらなくなります。その結果、適正な難易度のタスクであっても、次第に「難しい」と感じることが増えていくのも、半ば当然の帰結ではないでしょうか。
加えて、タスクへの取り組みとその成果を振り返ることで、進捗(=自分の成長、学びの成果)を捉えると同時に、より良いパフォーマンスを得るのに何にどう取り組むべきかを考えることも重要。「やや難しい」タスクにも、前向きに取り組む姿勢が期待できるようになります。
学びの仕上げに取り組む姿勢と方法を獲得していることは、学習効果を最大化し得る「やや高度なタスク」を、チャレンジングな(簡単ではないが頑張って取り組む価値のある)ものと捉えるための前提です。
本稿冒頭で書いた「生徒側の十分な準備と仕上げ」があってこそ、適切な難度のタスクが生徒にとっての適正な負荷になるというのは、こういうことです。繰り返しで恐縮ですが、先生方の工夫(タスクの創出と選択)だけでは、「適正な負荷」の実現は難しいと捉えるべきでしょう。
❏ 準備も仕上げも、必要な時間は生徒ごとにまちまち
授業内に設けた学習活動(タスク)への準備と仕上げを、その場(教室内)で行わせるのは、いささか疑問です。速い生徒もいれば、遅い生徒もいる中、そのギャップが埋められません。
同じタスクでも、完遂に要する時間には個人差があって当然。既得知識の差があれば、それを埋める時間も必要です。一律の準備時間では、速い生徒は手持無沙汰、遅い生徒は時間切れでついて来られません。
対話を実りあるものにするには、対話の前後に取り組ませる個人ワークが不可欠なのは、別稿で申し上げた通り。準備の時間を確保しないと、交換できる気づきも少なくなり、フリーライダーも出てきます。
授業を進める中で、次に行う「対話」にその場で指示を行い、全員一斉に準備させるのは、どうみても合理的とは言えません。前時の終わりに指示と説明を行い、家で準備(予習)に取り組ませるのが好適です。
如上の指示を出したら、その場で少し調べさせたり、考えるところを隣同士で話し合う時間を1~2分でも持たせてみましょう。教室を離れる前に、準備の進め方を捉えさせることが重要です。
やり方に目星がつき、出来上がり(最終的なアウトプット)がイメージできれば、「仕上げたい」とのモチベーションも膨らむため、十分な準備をして次回の授業に参加する生徒も、結果的に増えてきます。
学びの仕上げにしても、授業内で「確認」(=アウトプットの評価)をきちんと行い、不足がどこにあるのかを把握させましょう。答案の共有を通じて、自分が作った答えを「相対化」させるのも、効果的です。
不足の所在に気づいても、どう埋めれば良いかわからないのでは、動きが取れません。何を参照し、どう考えるべきか、短時間でも話し合わせたりすると、仕上げに向かう「レディネス」の向上が期待できます。
難易度の調整には、獲得した知識を活用するための「課題や問い」がしっかり付与されていることが大前提。以下の別稿で書いた通りです。
話の内容や構成だけで、難易度(抽象度や例の身近さ、到達目標の高さなど)を調整するのは困難です。問いを設け、生徒の反応を見ながら、問いの分割(スモールステップ化)をしたり、生徒から導き出した思考の先に「新たな問い」を立てたりするなどの手法を駆使しましょう。
難易度の調整や負荷の適正化に向けて、教室で使える手札には(上記の記事群で紹介したことを含む)様々なものがあります。しかし、いずれも、本稿で触れた「生徒一人ひとりの準備(と仕上げ)への取り組み」における不足を、すべてカバーするほど万能ではありません。
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一
