工業化社会では、正しい手順を正確に身につけ迅速に再現できることが生産性を高めることに直結しました。個々の教科の内容を学ぶ過程で発揮した「与えられた情報を素早く理解し、記憶する力」は、それ自体が武器になり、実際、テストの点数で「覚える力」の高さを証明すれば、次のステージへのパスポートが手に入りました。
しかしながら、人工知能(AI)の進化などで社会構造が急激に変化していく、これからの見通しにくい時代を、逞しく、しなやかに生き抜くには、豊富な知識・高い技能やそれを獲得する「理解と記憶」の力だけでは不足するものが大きくなりそうです。
教える側に立場を変えれば、教科固有の知識・技能を獲得させただけでは、指導の目的を達したことにはならないということだと思います。
2016/10/12 公開の記事をアップデートしました。
❏ 各科目の学習目標達成を「手段」と捉える発想
社会の変化が加速し、新たな知見が生み出されるスピードも格段に上がれば、勉強してせっかく覚えた知識がごく短い期間で通用しなくなることも増えてくるでしょうが、学習内容を学ぶ中で生徒が身につけていく能力や資質、学び方・考え方などは場面を変えても役立ちます。
このように考えてみると、教科固有の知識や技能を学ぶことは、それ自体が「目的」ではなく、能力や資質などを身につけるための「手段」と捉えた方が、これからの時代には馴染むような気がします。
様々な科目を学ぶ中で、筋道を立てて物事を考える方法(=論理的な思考)を身につけたり、調査や実験の方策を考えるための発想や手順に習熟していくこともあるでしょう。
不明や疑問が生じたときに、自力で調べてその解消や深化を図るときの行動だって、実際に経験してみないことには身につきません。
他者の理解と共感を得る表現の方法や、協働で課題解決に挑む場面でのふるまい方だって、経験を通して学ぶはず。こうした多彩な学びの舞台は、各教科・科目を学習する教室をおいてほかにないはずです。
❏ それでも、知識を軽んじることはできない
もちろん、教室で学ぶ各教科の知識は、物事を考えるときの土台であるとともに、出会った情報を認識・解釈するための「認知の網」を編み上げるパーツとして欠かせないものです。
人の脳は、情報を解釈したり評価したりするのに、それまでの経験・知識を用いるので、持ち合わせる知識が少ない領域では何らかの情報との接触があっても、その意味や重要性を認識しないまま、受け止めることなく素通りさせてしまいます。
これを網に喩えて「認知の網」と言います。脳は知っていることしか認識できない/知らないことは認識しないということです。
それが自分の将来を左右しかねない重要なこと、イノベーションに繋がるヒントになることでも、認知の網に引っ掛かることなく届いた端からはるか彼方に消えてしまっては何のアクションも取れません。
❏ 情報整理の方法など、知を扱う方法そのものを学ぶ
教科学習指導の場では、その教科の内容を伝えるだけではなく、(意識してか無意識のうちにかの違いはありますが)様々な知的活動を生徒の目の前で展開し、経験させています。
例えば、情報を整理・統合し、表現する[知に編む]方法として、
- 題意を図に描き起こす、数的に処理できる形に変換する
- 表組やフローチャートなどを用いて分類・整理する
- 段落記号や入れ子構造を用いて、項目間の関係性を捉える
- 軸(時間×項目など)を設けて現象を全体像の中に捉える
- KJ法、マインドマップなどのファシリテーショングラフィック
などは、日常的に板書の中でやって見せていることですよね。
やって見せたなら、生徒自身にもどんどんやらせていきましょう。やがては生徒自身の工夫も加わり、それぞれのやり方が確立していきます。
❏ 探究の姿勢や汎用型スキルも
また、課題を解決するのに必要な情報や条件を抽出し、不足する情報が何かを特定し、補完・入手する方法を考えさせたり、ポイントとなる箇所を見つけて自ら問いを立てさせたりもしているはずです。
メモを取らせ、それを元に発想を拡充したり、整理して発表させることだって珍しくないでしょうし、部活と勉強の両立を図る中で学ぶタイムマネジメント/タスク管理だって、学習者が身につけるべきもの。これらは、進級/卒業後も、生徒が生きていくのに必要なスキルです。
協働的・対話的な学習の中では、理解を相手に伝えて他者と共有する言語能力(ディスカッションの方法、プレゼンテーションの方法、論述・記述)や、集団の一員としてのコミュニティ内での振る舞い方、役割を引き受ける方法・覚悟、互恵意識・貢献姿勢も学んでいるはずです。
協働性、多様性、主体性を学ばせるのは、お説教でも、特別な指導機会でもなく、生徒が一番長い時間を過ごす授業の中ではないでしょうか。教科固有の知識を獲得させる中で、どれだけ多くのものを身につけさせられるかで、生徒の成長/未来はずいぶん違ったものになるはずです。
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一