ノートの取り方は、生徒が身につけるべき様々な学習方策の中でもかなり重要度の高いものだと思います。先生が板書したものを整然とノートに写し取っているだけで「よし」としてはいけません。
自分で工夫してノートを取れるようになるというのは、生徒の内に「考えながら、人(=先生や周囲の生徒)の話を聞く力」「気づきを言語化できる力」「情報を自力で構造化できる力」が養われてきたことを意味しますので、学習者としての自立にも一歩近づいたということです。
そうしたスキルと姿勢を身につけた生徒を育てることにも、日々の教科学習指導における指導目標の一つをおくべきではないでしょうか。

2014/12/02 公開の記事を再アップデートしました。
❏ メモ用のスペースを作らせて
ノートの全面を板書に写すのに使うのではなく、右側4分の1ほどにスペースを設けさせている先生がおられました。気づいたことや先生の説明で大事だと思ったことを、そこに自分の言葉で書き込ませます。
最初のうちは、生徒も何を書いて良いかわからずに、スペースが空白のまま残るケースが少なくないとのことですが、声をかけ続けるとともにノートチェックで「良い例」を見つけては教室でシェアすることを繰り返すうちに、次第にしっかりとメモが取れるようになるとのことです。
そのお話を最初に聞いてからしばらく経ち、実際の教室を覗かせてもらう機会を得ましたが、生徒のノートを覗き込んでみると「メモ用スペース」への書き込みはかなりのもの。指導の成果が見て取れました。
板書を写した以上に、多くの文字を書き起こしている生徒も散見されました。まとめ方も最初の頃と比べて格段に上手くなっており、「情報を編み、構造化する力」が確実に身についてきている様子です。
サブノート式のプリントで、空所を文字や図で埋めていくだけの場合とでは、学びの質にずいぶん大きな違いが出るように思います。
❏ メモをとることの効果
かつて、東大生のノートに関する本が大売れしていた頃、「所さんの目がテン」という情報バラエティ番組で、こんな実験を行っていました。
ノートにたくさん書くだけで成績が上がるのか?
同じ高校に通う、成績もほぼ同じ8人を2チームに分けます。
Aチームには、「先生の言葉もたくさんメモしてください」と伝えて、東大生流でノートを取ってもらいます。
一方のBチームには、「板書だけをノートに取って下さい」と伝えました。両チームには、同じ授業を受けてもらいます。
授業の内容は8人ともほとんど知識がない「グルジア」の歴史。
そして1時間の授業が終了。Aチームは全員5ページもノートを取ったのに対し、板書だけを書き写したBチームは2ページでした。
1時間の休憩後、全員にグルジア史に関する20問の抜き打ちテストを実施しました。問題は全て板書の中からの出題です。
採点結果は、板書だけを書き写したBチームは0点の生徒を含み、4人の総得点は21点。一方、細かくノートに書いたAチームは全員が5点以上、総得点は32点とBチームのおよそ1.5倍!
念のため、両チームのノートの取り方を逆にして、「アルメニア」の歴史で、同じテスト実験を行った結果、東大生流のBチームの方が高得点を記録していました。
出題と関係のない先生の話まで書いた方がなぜ好成績だったのか、 という疑問に専門家は、「無駄と思える事でもたくさん書いた方が思い出す情報が増え、それがきっかけとなり、重要なキーワードを関連付けて思い出しやすくなると考えられる」と答えていました。
専門家の分析も頷けるものではありますが、口頭で伝えられたことをメモに起こそうとすれば、項目間の関連を考え、紙の上にどう配置するかを考えます。それもまた、理解の質を高めたのではないでしょうか。
さらに考えてみると、講義を聞きながら、以下の処理を行っていたか/できていたかが、学びの成果量を左右したとの仮説も立ちそうです。
- 何が重要かを選ぶ
- 板書と口頭説明を結びつける
- 事項同士の関係を考える
- 自分の紙面上に再構成する
- 後で思い出せる形に言語化する
また、別の番組では、10分の講義で先生が60文字ほど板書した場合に、生徒のノートにどのくらいの文字が記されるか実験していました。
成績の良いグループの平均は60字を大きく超え、中には倍以上の文字を残した生徒もいましたが、普通の成績のグループでは、板書されたのとほぼ同じという結果でした。
2つの実験の結果を見ると、成績の良い生徒は沢山ノートを取るという仮説よりも、「考えながらメモを取る習慣を身につけると成績が向上する」という仮説を立てた方が、事実をうまく説明できそうです。
❏ 何を書き込めば良いかを、実例の中で学ばせる
しかしながら、何でもいいから文字数を起こせば良いということではないはず。メモを取らせる指導が効果を上げるポイントは、「何を書き込めば良いか」を生徒に気づかせ、学ばせることでしょう。
上手にメモを取れている生徒のノートを、他の生徒に見せる/紹介するのも良いでしょうし、ノート点検をして返すときに、良いメモが取れていたらコメントを書き込み、「そのメモがなぜ良いと評価されるのか」を伝えていくのも好適かと思います。
学習方策にたけた生徒/学生は、授業中にメモを取る中で、以下のようなこともしているのではないでしょうか。
- 個々の情報の軽重(重要性)を瞬時に判断し、選択的に書き留める
- 不足する情報を、参照型副教材などを用いて補いながらメモに起こす
- 話を聴いて考えたこと、気づいたことを言語化してメモに残していく
このほかにも色々とあるでしょうが、好例の紹介やコメントを行うに当たり、どんな類型に括れるのか意識しながら、観察したいところです。
各々の生徒、あるいはクラスの全体が、どんな方法と姿勢を身につけているか把握できれば、不足するところを補う指導も効率よく行えます。
該当する実践を教室で知らしめたり、フィードバックで「習慣に固定」させたりしながら、一定期間を経れば、そうした指導の成果も、教室での生徒の行動(メモの取り方)に確認できるのではないでしょうか。
また、生徒にも、自分のノートテイクが上記3つのそれぞれをどのくらい満たしているか点検させてみれば、これまでの自分のノート作りに欠けている点にも気づくはず。学びの改善に繋がっていきそうです。
❏ 深く確かな学びに、メモを起こす力は不可欠
メモを正しく起こすスキルを獲得する(=重要なところを確実に拾う、板書に不足する情報を自ら補う、自分の気づきを言語化し記録に残すことができるようになる)と、学びの成果は大きく膨らむはずです。
こうした「力」を備えた状態で卒業した生徒と、ろくに身につけないまま卒業していった生徒とでは、学校を巣立った後の「成長の度合い」にも、期待できるところがだいぶ違ってくるような気がします。
学び続けられる生徒を育てることは、教科学習指導に限らず、すべての教育の場で目指すべきことの一つだと思いますが、その成立要件のひとつが、ここで取り上げた「ノートにメモを取る力」だと思います。
蛇足ながら、大学の授業アンケートでも、「教員の板書」と「授業目標の達成」の間には、高校生と変わらないくらいの強い相関が観察できます。高等教育機関で学ぶものが「板書してもらわないと理解できない/覚えられない」のでは困りものです。
社会に出たら尚更でしょう。上司からの指示やクライアントからの要望など、「書いてくれなかったからわからなかった」では通じません。
高校在学中なら、先生方が丁寧にガイドしてあげられるため、当座の問題は生じないでしょうが、ノートにメモを取れるようにならないまま、高校を巣立っていけば、困るのは生徒自身にほかならないはずです。
その2に続く(未更新)
このシリーズのインデックスに戻る(未更新)
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一
