授業デザインでは、従来の「教えること」から「学ばせること」に発想を切り替える必要がありますが、生徒を動かす(学習活動に取り組ませる)ことが自己目的化しては、深く確かな学びの実現は遠のきます。
よく言われる「教え過ぎない」というのは、生徒に取り組ませるべきことを不用意に肩代わりしないということ。「教え過ぎない」は「教えない」とは違います。「生徒に活動をさせるだけで、きちんと学ばせていない授業」になっていないか、時には立ち止まって振り返りましょう。
2022/02/22 公開の記事をアップデートしました。
❏ きちんと学ばせて、学習活動に取り組む土台を整える
教えることと学ばせることのバランスを正しく取るのは、言うは易く、実行するとなると迷いも出ます。基本的な考え方/判断基準としては、
- 生徒に出来ることは不用意に肩代わりせずに、生徒にやらせる。
- 出来るようになるべきことはやらせ、出来ることを増やしていく。
というところでしょうか。この切り分けを曖昧にすると、学びに取り組むのに必要な、学習方策を生徒はいつまでたっても身につけられなくなります。(cf. できない? やらない? やらせてない?)
切り分けを明確にした上で、授業に配列している学習活動(課題解決や対話協働)が必要としている知識や理解(=思考の道具)が確実に揃うように、以下の順序でしっかりと学ばせていきましょう。
- まずは教材(教科書、資料)を読ませ、自力で調べ、考えさせる。
- 生徒の気づきが及ばないところは、問い掛けで意識を向けさせる。
- それでも足りないところは、きちんと教え知識・理解を確保する。
本稿冒頭の「生徒に活動をさせるだけ」というのは、上記のステップをきちんと踏まずに、課題解決や対話協働に進ませることを指します。
繰り返しですが、学習活動に挑ませるのは必要な準備を整えさせてからです。道具が揃わず課題に挑んでは、返り討ちのリスクを抱えます。
❏ 学ぶ方法を学ばせるために守るべき「順番」
大切なのは、選択する対処法の「順番」(1.→2.→3.)です。自力で学ぶ力を育むのに重要な対話の順番は崩さないよう、心掛けましょう。
教科書や資料に書かれていることなのに、先生が先回りして説明してしまえば、生徒は「読んで情報を集め、知に編む」ことを自ら体験せず、その能力の獲得も進みません。「できていない」ことを認識させることは、「できるようにさせる」ための第一歩です。
また、問い掛けられれば、生徒は、それまで意識が向いていなかったところにも注意を向け、不明の所在に気づくとともに、その解消に向かいます。生徒の思考や行動を引き出す問いを上手に活用しましょう。
この段階を経てもなお、課題に挑む準備が整わないときに初めて用いるべきが「教える」という手段。必要な道具立てを揃えさせるのに必要な最小限の説明をシンプルに行い、理解を補っていきましょう。
なお、課題解決に向けた協働(対話)でも、手持ちの知識のシェア、気づきの交換で理解の形成は進みますが、最小限の土台を得ないまま対話協働に参加した生徒は、別稿(以下)の通り、周りの議論に乗っかるだけになりがち。有意な学びを積み上げることができなくなります。
❏ 確実な伝達技術に支えられる、効果的な学習活動
学ばせるべきことをきちんと学ばせることができないと、学習活動に取り組ませても、土台(知識や理解)が整わず、活動は所期の成果を得ません。対話も「ただ話し合った」だけで終わる場面が増えてきます。
下図は、授業評価アンケートの集計結果(n=2,397)を用いて探った、以下2項目における換算得点(授業別集計値)の相関の様子です。
「先生の説明はよくわかり、指示にとまどうこともない」
見ての通り、箱の位置は階段状に綺麗に並び、先生方の伝達スキルが高いほど、生徒の学習活動(対話など)での気づきが深まります。
各階級の中でも、集計結果に差(箱+ひげの長さ)があることからは、指示説明のスキル以外にも様々な要因が介在しているのは明白ですが、全体として相関が示す「傾向」にあるのは間違いはなさそうです。
データを見る限り、Ⅱ指示説明が換算得点75(肯定的な回答が9割を占める水準)に達さないと、対話協働では70ポイント未満が大半。カバーするにはその他の部分に「何か特別な工夫」が必要になります。
わかりやすい指示や説明がなされなければ、生徒は戸惑いなく活動に取り組むこともできませんし、前提となる知識・理解に不足を残したままやり取りを重ねたところで、学びは深いものにはならないでしょう。
生徒が取り組む学習活動の土台である「知識・理解」を効率的に(=短時間で)きちんと獲得させられるスキルは、これから先も授業者として欠かすことのできません。(cf. 伝達スキルと授業デザイン)
❏ 学びの成果をまずはきちんと確認
何かを調べさせても、「調べたことを以て完了」としてしまっては、正しい知識・理解が獲得できたかどうかも定かではありませんし、どこまで思考が深まったかもわかりません。
生徒が話し合いなどの活動に積極的に取り組んだからと言って、必要な知識を獲得し、狙った理解がきちんと形成された保証はありません。
授業内に配列した学習活動において、生徒が狙い通りの行動を取り、場が盛り上がったとしても、授業の目的を達したかは別の話です。
生徒に取り組ませる学習活動を「自己目的化」させないためには、学んだ(調べた、話し合った)ことをもとに、生徒が自分の答えを導くべき問い(ターゲット設問)を用意しておくことが鍵になります。
本時のターゲット設問は何かと問われ、即答できないときは、「活動の自己目的化」という罠に嵌っている可能性を疑いましょう。
学び終えて生徒が導き出した答えに何らかの不足があれば、その日の学びには欠けていたところがあるはずです。答案に評価を加えて(採点基準に照らした自己/相互評価でも良いと思います)差し戻し、答えを仕上げさせていきましょう。その中で学びは深く、確かになります。
その仕上げの中で、「なるほど、こうやればよいのか」と、手応えや次への展望を持つことが、学びへの自己効力感にもなります。
先生方にしても、ターゲット設問への生徒の答えを見ないと、その日の授業がどこまでの成果を得たか、判断がつかないはずです。
❏ 答案のシェア、相対化を経て取り組む「学びの仕上げ」
生徒が導き出した答えは、クラスでシェアして、相互啓発の材料にしましょう。(cf. 答案のシェアや発表で相互啓発を正しく働かせる)
自分が作った答えを「まあ、こんなものだろう」と肯定的にみていては学びはその先に進みませんし、「なんか足りない感じがする」と感じている生徒をそのままにしては、学びを通じて得られる達成感(=次の学びへのモチベーションの原資です)も得られません。
他の生徒の答案に触れて、自分に足りなかったところ(知識や理解、発想、調べ方など)を気づき、それを補う行動を取ることで、はじめてその日の授業は、その生徒にとって所期の成果を得たことになります。
不足を放置させては、「できなかった」という記憶だけを刻み込み、不必要な苦手意識を持たせてしまうことにもなりかねません。
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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一
