進路指導で育む“選択の力”(その2)

進路選択は生徒にとって重大事です。生徒一人ひとりの資質や志向に合致した進路を決定するという目的を達することに加え、その過程を「選択の力」を獲得する機会と捉えた指導を実践しようというのが前稿の主旨です。進路指導を通じてどんな資質や姿勢、スキルが身につくいていくか、それらが探究活動や教科学習指導を通して獲得するスキルとどのように関わっているかを視点に、もう少し考えてみたいと思います。

2014/12/30 公開の記事をアップデートしました。

❏ 進路指導を通じて養う「汎用スキル」

職業調べや学部・学科研究は、たいていの学校で進路指導に組み込んで行っていますが、ここで得られるのは、職業や学問に関する知識だけではありません。実に様々なスキルや姿勢を獲得しています。
情報を収集する方法も学びますし、集めた情報を分類し、関心を軸にまとめる試行錯誤の中で、「情報整理」のやり方にも習熟していきます。
集めて整理した情報を前に、それらがどこまで信用できるものか吟味・評価する力やその姿勢(ファクトフルネス)も身につけます。
情報の一つひとつが自分にとってどんな価値や意味を持つかを考える中で積み上げられる気づきは、やがて「自分は社会に何を接点にどう関わっていくか」というイメージに形を結んでくるはずです。
調べたことやその結果に基づいて考えたことをレポートにまとめたり、進路希望形成の過程を文字に起こさせたりすることで、表現力の向上も期待できそうですよね。

❏ 何を身につける場面なのかを生徒に正しく認識させる

しかしながら、生徒の意識は、職業や学問に関する知識を得るという表面的な目的に偏りがちです。副次的に身につくものをきちんと意識して様々な活動に取り組むか、意識を高めずにこなすだけで終わるのかで、その効果は大きく異なります。
腕立て伏せをするときに、その回数をカウントしているだけのときと、どの筋肉に効いているかに意識を向けるときとでは、効果が違うと聞きますが、それと同じようなところがあるのではないでしょうか。
進路指導上に配列された一つひとつの活動に取り組ませるときには「この取り組みが君たちにとってどんな意味を持つか」をきちんと伝えておいたり、振り返らせたりする事前・事後の指導が、そこで得られるものをより大きく、広くしてくれるのだと思います。
拙稿「教科固有の知識・技能を学ぶ中で」で書いたことと通底する部分は小さくなさそうです。

教科学習指導において、教科固有の知識や技能を学ぶことは、それ自体が「目的」ではなく、学び方・考え方を身につけるための「手段」と捉えた方が、これからの時代には馴染むような気がします。

 

❏ 進路意識の形成プロセスは、探究活動そのもの

フィールドワークや研究論文といった「探究活動」 を教育活動の軸に据えて、汎用スキルの形成を図っている学校も増えてきましたが、それらの学校では、所期の成果の着実な蓄積に加え、進路意識形成にも大きな効果をあげているように見受けられます。
しかし、わが身に降りかかる一大事である進路選択は、生徒にとって重要な「探究」にほかなりません。
特別な探究プログラムが未整備の学校でも、進路指導を通じて同様の教育効果を狙うことも出来そうです。
カリキュラムマネジメントという視点からは、似たような活動を統合することも教育リソースの最適配分に欠かせない発想です。
進路指導を選択の場とだけ捉える場合と、進路探究を通じて汎用スキルを形成する教育機会と捉える場合とでは、効果も違えば、運用法も異なるはず。生徒の取り組みを観察するときの視点も違ってきますよね。

❏ 探究スキルの土台は教科学習指導で作る

調べが中途半端、調べる方法が身についていない、コピペばかりで自分の意見がほとんどない、…。たとえ選択の結果が妥当であっても、こうした様子を見かけたら「指導の機会」として見逃さないようにしたいものです。
問いかけを通じて、不足や矛盾に気づかせ、書き直し/再提出を通じて生徒自らに直させていきましょう。
学年や学校全体の傾向として、資料や外部の情報を活用した「調べる能力」などの探究スキルに不足が見られる場合は、各教科の授業を指導の機会として、その不足を補っていくことが大切です。
学校生活の大半を占めるのは日々の授業であり、その中で少しずつ着実に積み上げるものは、長期に亘るとはいえ不定期になりがちな進路指導での成果と比べて、より大きなものになるはずです。
日々の授業が「話して聞かせてわからせる」の繰り返しでは、その中で探究的な汎用スキルは身につかないはずです。解決すべき課題を与え、生徒自身にやり方を考えさせることに注力する必要がありそうです。

❏ 探究のきっかけを作るのも教科学習指導

何より、情報を集めようとする起点である「興味・関心」との初めての出会いは、その大半が教科学習指導の中で生まれるものだと思います。
授業を通じて学力や技能の向上、自分の進歩を実感した生徒は、非常に高い確率でその科目への興味・関心を高めるというデータがあります。
面白いと思ったものを掘り下げ、追究していった先には、さらに深く学んでみたいもの、学んだことを通して実現したいものが見つかり、それがやがて進路希望という形を取るようになります。

逆の言い方をすれば、興味を持てないものが増えるにしたがって選択の幅は小さくなり、生徒が自らの資質や志向に合致する将来に出会う可能性が失われていきます。
生徒が学力向上感を十分に抱けないような授業では、興味・関心との出会いがどんどん小さく狭いものになるということです。その結果、せっかく育んだ「選択の力」も発揮の場を失ってしまいかねません。
生徒が不用意に科目を絞ったりせず、広く学び続け、偏りや穴のない認知の網を張るように導くのは、すべての教科の授業担当者に期待されるところの一つだと思います。

❏ 「就活エリート」を他山の石に

だいぶ前のことですが、「就活エリート」という言葉をよく耳にした時期があります。エントリーシートの書き方や、面接での受け答えに、まるで受験勉強のような努力を重ねて有名企業に入社していく学生を指しますが、その原因には偏狭なキャリア意識が存在するとの分析(『就活エリートの迷走』ちくま新書:豊田義博著)もなされていました。
選択の力、選択に至るプロセスを正しく踏む姿勢は、高校在学期間だけで身につけ切れるものではありません。
しかしながら、生徒が初めて経験する「大きな選択」である大学や専門学校への進学、あるいは就職に際し、正しい選択のプロセスを経験させず、間違った行動を取らせてしまったとしたら、その後に悪しき影響を及ぼす懸念は消えません。
進路指導の過程のどこかで「とりあえずの選択」を許したことが、その後の行動に「悪しき原型」 を作ってしまうリスクを、指導に際して常に意識しておきたいものです。
■関連記事:

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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進路指導で育む「選択の力」Excerpt: 進路指導は、生徒一人ひとりに資質や志向に合致した進路を決定させる営みです。しかしながら、目的とするところはこれだけではないはずです。「進路選択に進ませるプロセスの中で“選択の力”を養うこと」 もまた、常に念頭におくべき大切な課題であると考えます。
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racked: 2014-12-30 07:37:44
大きな分岐(選択の機会)を前に整えるべき指導機会Excerpt: 進路を決定するまでのプロセスの中で、生徒は大小様々な選択を経ていきます。最も大きなものは文系か理系の選択、あるいは3年生でどの科目を履修するかの選択。文化祭などの学校行事が一段落したら、こうした選択は目の前です。意識をスパッと切り替えないと、準備を整えられないまま選択に臨むことになりそうです。
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racked: 2016-09-12 08:08:15
選択機会に臨ませるときの指導(関連記事更新状況)9/13現在Excerpt: 昨日の記事で予告した、大きな分岐(選択の機会)を前に整えるべき指導機会 の関連記事の更新状況です。
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進路意識形成を支える指導Excerpt: 1 興味を追いかけ、しなやかに選択を重ねる1.1 キャリアは選ぶものではなく重ねるもの 1.2 カッコつきの“キャリア教育の充実!”に思うところ 2 進路指導で育む“選択の力”2.1 進路指導で育む“選択の力”(その1) 2.2 進路指導で育む“選択の力” (その2)
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