大学入学共通テストの導入を控えて「英語の民間試験の導入」で大騒ぎがあったのは記憶に新しいところです。その後は目立った騒ぎもなく、
中高の英語教育を取り巻く環境は少し落ち着きを取り戻したようです。
しかしながら、新課程への移行で学力観が大きく変わったのは、どの教科・科目でも同じこと。英語も例外ではありません。騒動が収まったからといって、従来の指導のままで良しというわけにも行きません。
総合的な探究の時間の導入で、英語はクロスカリキュラムの中で新たな位置づけを持たされましたし、「21世紀型能力」で新たな定義を得た基礎力・思考力・実践力の涵養にも貢献が期待されています。
これまで当ブログで起こしてきた拙稿を、「カリキュラム全体の中での英語の位置づけ」と「新しい学力観を踏まえた英語の授業デザイン」に分けて、リストアップしてみました。
カリキュラム全体の中での「英語」の位置づけ
英語は目的科目から手段科目へと立場を変えていくように思われます。ある程度の基礎(言語材料の理解)を身につけた段階では、他教科を学ぶ中で様々な内容の文章を読んだり、考えたことを表現したりする機会をどんどん作ることが、言語能力の向上を促すはずです。同じ言語系教科である国語も同様かもしれません。他教科での学習や探究活動との重なりの中で言語学習の意義を捉えることはカリキュラム・マネジメントの観点でも欠かせません。
夏休みの宿題では昔からの「定番」になっているものの一つに、英語のサイドリーダーがありますが、「時間の余裕があるときに、まとまった量の英文を読むこと」の意義は、学力観や学習指導を通して目指すところが変わる中で、別物に変わるはず。副読本を与えるより、体験学習や探究活動との「重なり」の中に、英語や国語の学習(言語スキルを発揮し、高める活動)を置き、生徒に与える課題を考えていく必要があるのではないでしょうか。
英語はこれまでのところ、国語や数学、理科、社会と同等のポジションを与えられており、英語という教科(正確には科目)の力を身につけること自体が目的とされてきましたが、これから先は「英語は様々な事柄を扱うときに情報のインプット/アウトプットを担う道具・手段に過ぎない」という捉え方が主流になります。目的科目から手段科目に変わることで、より高い次元での運用力が求められます。鍵になるのは”学びの重ね塗り”です。
大学入試問題では、複数のテクストを取り上げた問題が見られます。大学入学共通テストは、その出題を通じて、生徒に「どんな学力を身につけて欲しいか」を示すと同時に、先生方には「どんな学び方をさせてきて欲しいか」を、具体的な学習場面を設定することで示しています。複数テクストを併用する問題は、PISAの読解力定義にも含まれる「矛盾を見つけて対処する力」を養うことを目的に生徒に取り組ませる学習活動の一つの形です。
教科書や資料に書かれたことを正しく理解することは、いかなる場面でも大切なことであり、ないがしろにすることはできません。しかしながら、新しい学力観の下では、学びのゴールは「教科書や資料の内容を正しく理解すること」ではなく、そのさらに先に設定すべきです。書かれていることを鵜呑みにせず、問いを立てて確かめていく力や、複数のテクストの間の矛盾に対処したりする力を獲得させることが教室での学びに求められています。
英語の授業における「活動の配列/授業デザイン」
4技能の向上と大学入学共通テストや各大学の個別入試に対応する思考力・判断力・表現力の獲得という2つのミッションに挑むとなると従来の指導計画の大幅な見直しが必要になるのは明らかです。指導全体計画が変われば、それに応じて日々の授業の進め方を改めてデザインしなければなりません。指導時間という枠が膨らまない中、学習活動により多くの要素を詰め込むことになる以上、「学びの重なり」を上手に活用しなければなりません。
ある学校を訪ねて参観した英語の授業では、教科書本文の音読を様々なバリエーションで徹底的に行った上で、生徒が3人1組になって本文の内容に関する「問い」をそれぞれ作っていました。音読を重ねる中で、英文の構造なども十分に把握し、内容を捉えていく様子が見て取れましたし、後半のQ&Aを作るパートでは辞書の活用や教え合いなどで不明を解消しながら、本文の理解を深めていました。ここには授業デザインの重要な発想が学べます。
声に出して教科書を読むという一見単純に見える作業も、それ自体に高い効能がある上に、授業デザインの最適化に繋がっていく可能性を考えると、改めてその重要性を考え直してみても良いように思います。これを端折ることで、後々の学習活動でもたついたり、学びに穴と綻びが残ることを考えれば、やってみる価値は十分にあります。音読の習慣が形成されれば、その時間すら、教室で対面で行う学びの場から他に移すこともできるはずです。
タブレットPCが導入されている教室もどんどん増えています。黒板に書かれたものを生徒がノートに書き写す光景が、教室で見られなくなる時代も遠からず、でしょうか。そんな時代に逆行することを申し上げるようで恐縮ですが、手を使って書き写すことの大切さを、もう一度改めて知るべきではないかと考えています。新しい道具は、思考法や行動様式を変えるのも事実。その一方で、道具が変わっても必要であり続けることも存在します。
知識・技能、思考力・判断力などに関わる学習目標であれば、学びを経て生徒が解を導くべき課題を導入フェイズで示すことで効果的な提示ができますが、練習や作業への取り組み方や協働場面での振る舞いなどは、別の形での目標提示と達成検証が必要です。そこで試してみたいのが振り返り用のチェックリスト。完成版のリストを用意して与えるだけでなく、学びながら生徒自身がチェックリストを作れるように導けば学習者として自立に繋がります。
知識を獲得し、それを活用する場の整備は授業設計・指導計画において欠かせないことですが、新たな知を生成する方法を学ばせる場も必要です。学んだことを順番に覚えて行くだけでは単元の全体像をつかみきれなかったり、体系化された知識にならなかったりします。情報を集め、知に編み上げるプロセスを先生が肩代わりするばかりではなく、生徒が自分で整理してまとめ上げる機会を作ることでその方法を獲得させていくことも大切です。
生徒が将来どんな場面で英語を使う必要が生じるかによって、どんな力の獲得を目指してどのように英語を学ぶかも違ってくると思いますが、その「必要」は生徒一人ひとりが選ぶ「進路」によって変わります。
研究開発大学に進学して、学問・研究に取り組みイノベーションを起こそうと考えるなら、先行研究を調べたり、自分の研究成果を発表したりする論文の読み書きは当然として、研究者間のコラボも求められます。
グローバル社会でのビジネスや活動に関わりたいと思うなら、立場や考え方のことなる相手との交渉や連携・協働の場面が思い浮かびます。
地域コミュニティを支え、発展させていくにも、社会の多国籍化が進むことを鑑みれば、相互の理解と共感を得るための言葉が必要です。
人工知能の発展で、異言語間の記号変換は遠からず機械が代行してくれそうですが、多様な価値に触れ、異文化で育った人を理解する手段としての外国語学習の価値はむしろ重要性を増すと考えます。
cf. 多国籍化する社会での共生と協働、機械翻訳がここまで進歩すると…
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一