多国籍化する社会での共生と協働

センター試験に代わる新共通テストで、民間の検定試験を利用して4技能を測る方針が打ち出され、小学校では外国語活動が3年生から、5年生からは正式な教科になるなど、英語教育についての議論が盛んです。
❏ 地域コミュニティの国際化
かつて、国際化社会といえば、海外に出て活躍するというイメージでしたが、今や、国内で暮らしていても外国人との交流や関係は珍しくありません。
2016年の在留外国人は約290万人、そのうち観光やビジネス目的の短期滞在者を除くと約240万人となるそうです。
その数は現在も増え続けており、少子高齢化による労働人口の不足を補うために、今後も増えていくものと思われます。
人口減少に向き合う地方では、存亡をかけて外国人との共生を選択することもありますし、多国籍化が進む地域では教室の中にも言葉の壁が生まれます。
❏ 外国語運用力の不足はAIが補う?
このような情勢を考えると、様々な言語を母国語とする人々の共通言語として、英語を話し、聞く力を身につけておくことが必要との議論には反対の余地はなさそうです。
しかしながら、機械による音声認識が今以上に発達し、AIの進歩で、会話に参加する人々の関係性を含む「文脈」 に応じた自動翻訳が可能になるのも、それほど遠い未来ではないかもしれません。
腕時計やピアスみたいな機械を身につけるだけで、多言語間の同時通訳サービスが廉価に利用できるようになるような気がします。
個人がもつ外国語(特に英語)の運用能力が不足することが、多国籍化するコミュニティでの共生を決定的に難しくする時代は、遠からず終わりを迎えるかもしれません。
 ■ 機械翻訳がここまで進歩すると…
❏ 共生や協働を阻むのは言葉の壁だけではない
その一方で、同じ日本語を母国語とするメンバー同士でも、互いの理解や意見を伝えあい課題解決に向けた協働ができないことがあり、言葉の壁だけが共生を妨げるものではないのも事実です。
学問や研究に取り組み、イノベーションを起こすことを期待されている人材なら、論文を読み/書く力はその活動に欠かすことのできない土台でしょう。
専門用語を他言語の訳語に置き換えることは、機械翻訳で十分にできるでしょうが、課題解決に向けた方略を説明し、相手を納得させる論理性は、言語運用とは違う力を求めます。
実現にはまだ少し時間がかかるでしょうが、聞く/話す能力の部分は、AIに任せて、それ以外の知的活動により大きなエネルギーを投じた方が効率的、という時代が来るような気がします。
❏ 多様性・協働性の土台は、想像力と論理性
多国籍化する地域社会でも、英語を共通語とすればコミュニケーションの実際的な必要は満たせるでしょうが、母語でしか伝えきれない背景文化に根差した部分もあるはずです。
日頃の生活を送る中、感覚的・直感的にしか認識していないそうした部分に、他者に伝え得る論理性を与えて言葉にする力は、外国語の運用力とはちょっと違うところにあるのではないでしょうか。
また、相手の言葉やふるまいを観察する中で、相手自身が言語化できないでいるところに、想像と推測を伸ばして理解しようとする姿勢も必要です。
こうした力や姿勢は、同じコミュニティの他のメンバーとの母国語を用いた活動の中で獲得していくこともできるはずです。
❏ エビデンスを大切にする姿勢は探究を通じて
前提となる考え方の違いから、目の前の課題に落としどころとなる解を導けない場合もありますよね。
こうした場面では、エビデンスに基づく意思決定の姿勢や方法を学ぶことも必要だと思います。
大きなところでは、政策決定(英語教育の在り方などもその一つですが…)にエビデンスを用いることが不足しているという批判もあります。
自分の意見を持つには、きちんと物事を調べ、問いを立てて考えられるようになることや、仮説を検証するための方法を立案し、統計学を用いて検証する方法と姿勢を学んでいることがとても大事です。
これらを学ぶ機会として、総合的な学習の時間での活動や、探究型学習の機会をないがしろにするわけにはいかないはずです。
言葉の壁は取り払っただけでは、課題解決に向けた協働の場面に参画して、自分の役割をきちんと引き受けることはできません。
海外留学を経験した生徒・学生が感じた壁は、言語だけではないようです。
❏ 効果を検証し、優先順位を見極めるべき
言語学を専攻し、元英語教員だっただけに、英語教育を軽んじるつもりは全くありません。でも、昨日、こんな記事を目にして、「英語ばかりに力を入れていいのかな?」「優先すべきは別にあるのでは?」 という感想を抱きました。
色々な意見があるのは承知していますが、小学校での英語教育を導入した効果、きちんとプログラムされた総合学習の効果を、エビデンスに基づいて検証したうえで、未来に向けた意思決定/政策判断を行うべきだと思います。

2020年度に実施される次期学習指導要領で小学校の英語が教科になることに伴い、文部科学省は18年度から2年間を移行期間と定め、授業時間確保のため、「総合的な学習の時間(総合学習)」の一部を「英語」に振り替える措置を容認することに決めた。

今夏にも関係省令を改正する。教員の多忙化もあり、授業時間を増やせないと判断した。英語の教科化後についても、総合学習の見直しを検討する。

次期指導要領では、歌やゲームで英語に親しむ「外国語活動」を現行の5、6年から3、4年に引き下げ、5、6年は教科書を使い、成績評価も行う正式な教科にする。これに伴い、3、4年の授業時間は年35コマ(平均週1コマ、1コマは45分)、5、6年は現行の2倍の年70コマに増える。

小学英語、「総合学習」枠で…時間割に余裕なく: Yomiuri Online 5/25

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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