何を目指して、授業/指導をデザインするのか?

知識の拡充 vs 情報整理手法の獲得への追記

漠然とした言い方になりますが、「先生方のお仕事が、何に対して責任を負うべきものなのか」という問いが、ときどき頭に浮かびます。上の記事を更新するときも、要所で立ち止まっては自問していました。
生徒一人ひとりの「確かな学力の形成」はコミットすべきことの一つに間違いないでしょうが、「学力」の捉え方にも、幾つもの階層(=何を対象とするか、どこまで掘り下げ、拡張するか)があります。

❏ 成績を伸ばすことの先に、学び続ける姿勢と方法

学力を、「学習を経て獲得した知識や能力」(あるいは、それを測定した「成績」)と捉えたときと、情報を集めて知に編む姿勢と方法、観察の中に問題を見つける力などを含む「学ぶための力」まで広げて捉えたときでは、授業のデザイン(学習活動の配列)は違ってきます。

勿論、成績を伸ばしてあげることは、生徒の将来を押し広げ、可能性をより大きくするのに欠かせません。何かをきっかけに、やりたいことを見つけても、「力及ばず、手も届かず」では、夢は実現できず、諦めたことで、挫折のようなものを味わわせることにもなりかねません。
知識は思考の道具でもありますので、その獲得は軽視できません。片隅の記憶が、理解や予測に大事な役割を担うことも多々あり、学びの過程で様々な情報に触れさせることにも大きな意義があります。
しかしながら、視野をそこに限ってしまうと、効率的な知識の付与が優先され、学ぶための力への注力が相対的に弱くなってしまいがちです。授業デザインにも以下のような問題を抱えることになりかねません。

  • 解き方を覚えて当てはめる問題ばかり扱うようになる
  • 短期的に点を取らせる訓練(考えることより覚えること)に偏る
  • 調べ方や整理の方法を扱い(学ばせ)、評価する時間が削られる

生徒の「成績」へのコミットと同時に、その先に視野を広げて「卒業後に生徒が自律的に人生を歩いていくときに必要なもの(学び続ける姿勢と方法)」を携えさせることまで含めたところにこそ、授業者/指導者としての「責任」があるのではないかと考えます。

❏ より良く生きるための力、それを獲得する学習活動

先生方は、「結果」としての生徒の将来に責任を負うわけではありません(「負うべきもの」でもないはず)が、一人ひとりの選択肢/可能性を押し広げ、成長を支える立場にあるのは間違いありません。
上級学校への進学、就職や資格取得に向けて「合格」に不可欠な知識を授けるのは、そうした生徒の選択肢/可能性を広げるための活動です。
そうした眼前のニーズを満たすのと並行して、生徒が未来をより良く生きる(=信頼できる情報と十分な知識に基づき、正しい選択を重ねる)ことができるよう導くことに注力すべきだというのが、先日、更新したシリーズ「知識の拡充 vs 情報整理手法の獲得」の根っこの考えです。
そこでは、効率的に知識を付与することに加え、「知の地平」を生徒が自ら広げることができるようになるためのトレーニングの場(+評価の場)としての学習活動を、戦略的に配列する必要を申し上げました。
これからの「今日までの正解が、明日も正解とは限らない世界」を生き抜くには、「今の正解」を教わっただけでは不十分。生徒が身につけるべきものは、先述の情報整理の手法に加えて、問題発見力、創造的思考力などの能力群、それらの土台となる「基礎力」など多岐に亘ります。
詳しくは以下の別稿に譲ります。お時間の許すときにご高覧ください。

こうした力を獲得するために必要な学習活動を、不足なく且つ計画的に配列した授業をデザインし、それらを経るたびに行わせる振り返り(+評価)で、「体験を学びに再構成」させていくことを、日々の指導で意識・実践できていれば、「責任」の多くは果たせているはずです。
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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一