答案を正しく評価するとは、答案を通じて生徒が示した学力(知識・技能、思考力、表現力など)を、過不足なく点数に変換すること。良い答案には高い点数を与え、直すべきところに応じてきちんと減点されることが第一義。生徒が採点結果に納得できるかも、重要な要素です。
これが実現することによって、生徒は「学習を通じてどれだけ進歩し、どんな課題が残っているか」を知り、学びに正しい方向を得ます。同時に先生方も採点結果を通し、指導の効果を正しく把握できるはずです。
別稿の通り、考査問題や日々の課題に工夫を重ねることは、授業を改善するのに不可欠ですが、答案を正しく採点する/生徒のアウトプットを的確に評価する仕組みの開発も着実に進めたいところです。
2019/05/23 公開の記事を再アップデートしました。
❏ 答案の評価=学習の進捗と改善課題を把握すること
答案の評価には、答の正誤に照らして所定の点数を与えるという、昔からの単純なやり方に加え、ルーブリック(観点別の段階的評価規準)を介した得点化も、少しずつですが行われる場面が増えてきています。
前者でも、部分点の当て方、許容解の範囲などの設定次第では、正しい点数換算ができませんし、採点結果に納得しない生徒もでます。
新しい学力観の下で見かけることが増えた「答えが一つに決まらない問題」などでは、得点への換算の仕方を決める評価基準(いわゆる「採点ルーブリック」)しだいで、設問は良問にも悪問にもなり得ます。
冒頭にも書いた通り、答案の正しい評価(点数への変換)ができるかどうかは、生徒が「進捗と改善課題を捉えた学び」(=どこが出来て、どこが出来ていないかを知ること)の実現を大きく左右します。不合理に甘い基準では、生徒の成長にもブレーキをかけかねません。
先生方にとっても、ここまでの指導の効果測定とその結果を踏まえた指導改善を的確に進められるかを分ける重大事です。「指導と評価の一体化」を持ち出すまでもなく、評価の精度向上は待ったなしでしょう。
❏ 与点への「説明責任」が果たせること=評価基準の要件
多様な答えがあり得る問題でも、「答えが一つに決まらない」からといって、採点者の主観や印象で適当に点数をつけて良い、ということにはなりません。恣意的な採点では、学びの方向を歪めます。
公平性が絶対要件となる大学入試などのテストならなおさらです。
入試に限ったことではありませんが、あらゆるテストでは「与えた点数に対する説明責任」が問われますので、採点する側に加点・減点の裁量が認められるのは、自ずと以下のようなものに限られます。
- 設問に示された解答条件をきちんと守っているか
- 問題文(リード文や本文)を正しく理解しているか
- 問いが求めていることに過不足なく答えているか
- 理解したことをもとに考える中で論理の飛躍や破たんはないか
大きく括り直すなら、「問いに記述されていること」と「そこから論理的に導ける帰結」のいずれかでないと、加点・減点の裁量を逸脱するということ。これは定期考査や日常の課題の採点でも変わりません。
問題文中に明示される/論理的に導ける範囲を逸脱している採点基準では、与点の合理的・客観的な説明ができません。ましてや、いまでも時々耳にする「印象点」では、採点結果に納得を得るのは困難です。
仮に評定に算入しない場合でも、恣意的な採点基準では、生徒の学びに好ましくない影響を及ぼすことを常に意識しておきたいところです。
❏ 評価/採点の基準には「指導期間を通した整合性」を
問題や課題を作るたびに、その場限りで採点基準を考えていると、指導期間を通して俯瞰した場合に、基準間で整合性を欠くことがあります。
場面ごとに、恣意的とも見えてしまう基準を示されては、生徒は、どのように答案を仕上げることが求められるのか予測がつきません。その結果、学びに方向を見いだせず、迷いや混乱を抱えることになります。
どのような学力を求めるのかを上位概念としてしっかり保持し、そこから合理的に導き出した採点基準ならば、場面を跨いでも、整合性のある採点基準を用意することができます。その下で、生徒は方向性や見通しを持って、答案作りに取り組みやすくなります。
こうした学びを積み重ねれば、生徒は徐々に「採点基準の想定」ができるようになります。答案提出前で、採点基準がまだ示されていないときでも、自力で答案を推敲できるのは大きなアドバンテージ。「自ら学びを深められる生徒に成長していく」ということです。
設問に与えられた条件からどのように採点基準が導き出されているか、その過程を説明したり、生徒自身に/協働で、採点基準を起こさせてみたりすることは、答案評価の力を養う効果が期待できます。
自分の答案をみて、どこが拙いか気づけないことには、答案をブラッシュアップする中で学びを深めることも、他者の理解と共感を得るための表現力を身につけるトレーニングを積むことも難しくなります。
合理的で、整合性を備えた評価/採点基準は、「学習者の自己調整を支える道具」であると捉えれば、その実現に力が入るというものです。
❏ 採点結果と自己採点が一致しないことの背景には…
だいぶ前のことになりますが、大学入学共通テストの試行問題では、記述式問題における自己採点の不正確さが問題視されました。
採点基準のあり方だけに改めるべき点があったのではないと考えます。生徒が記述・論述問題に挑んだ経験の不足も、根っこの問題です。
定期考査などで課されるのが選択式や空所補充完成式に偏っていては、採点基準を正しく適用できる力は試されませんから、練習の必要性が見落とされていたとしても無理からぬところでしょう。
共通テストで記述問題を課そうとの試みの中で、これまでそうした力を養えていなかったことが白日に曝されたということでしょう。
❏ 合理的な採点基準を用意し、生徒に適用させる練習を
現行課程では、「読んで理解したことをもとに考え、表現する力」がこれまで以上に重視されますので、授業や考査で記述・論述問題の出番も増えます。先生が丁寧に添削して返却するだけでなく、生徒自身が採点基準を正しく適用し、自己添削を進められるように導きましょう。
採点は先生の仕事であり、生徒にやらせるものではないとの今も一部に聞かれる主張は、「自己採点・自己添削ができない限り、答案のブラッシュアップとそれを通した学びの深まりが実現しにくい」という現実の前には、説得力を持ち得ません。
今後も出題が増えて然るべき、採点ルーブリックを使うことになる「正解が一つに決まらない問題」では、自己採点のトレーニングが不可欠。指導計画に、そうした活動を十分に組み込んでおく必要があります。
■関連記事:
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一
