大学に進んでから燃え尽きさせないために

進路希望の実現に向けて頑張ってきた生徒には、進学先でも新たな夢の実現に充実した日々を過ごしてほしいところですが、様々な統計を見ると、学業不振や学校生活への適応で苦しんでいる学生も少なくないようです。こうした問題に対して、大学に送り出すまでに高校の中で打っておくべき対策もあるように感じます。

2017/03/30 公開の記事を再アップデートしました。

❏ 学業不振や学業への無関心が中途退学の主因

古い資料になりますが、文部科学省の「学生の中途退学や休学等の状況について」や、労働政策研究・研修機構の「大学等中退者の就労と意識に関する研究」などの調査結果が公開されています。
文科省の調査では、”経済的理由” が中途退学及び休学の最大の要因とする一方、学業不振も中途退学の主な要因の一つに挙げ、高校と大学における教育ギャップに学生が適応できていない可能性を示唆しています。
高大接続改革やコロナ禍で状況に変化も想定されますが、教育ギャップが大きく解消に向かったとの確証は今のところ見当たりません。
一方、厚労省の調査に基づく後者では、中退理由(複数回答)で最も多くを占めるのは”学業不振・無関心”の 49.5%で、”家庭・経済的理由” は3割弱です。
私立大学生の 8~9人に1人が大学を中退している中、退学には至らないまでも、入学当初に描いていた未来から外れてきたり、学ぶ意欲を失い学業での低空飛行を続けている学生は少なくないと思われます。
きちんと志望理由をもって大学に進んだはずの大事な生徒が、万が一にもそんな事態に陥っては悔やみきれないものがあります。

❏ 大学側の対策に加え、高校在学中に打つべき予防策

当然ながら、学業不振や学校生活不適応には学生を預かる大学側でしっかり対策を講じるのが本筋ですが、生徒を送り出す高校でも何かできることがあるなら、きちんと実行に移したいものです。
高校生活から大学生活へと円滑に繋いでいくことは、進路意識形成を支える指導進路希望を実現させる指導の2つに続く、第三の指導目標だと考えるべきだと感じています。
学業不振に陥る背景には、「基礎学力の不足・学習方策の未確立」に加えて、「学習意欲(≒目的意識)の低下」という問題があるはずです。
教えられたことをそのまま覚えれば良いという状態に慣れ過ぎていた生徒は、不明や疑問が生じたときにそれを解消するすべ(学習方策)を身につけ損ねているかもしれません。
その大学の実態(学べることやその環境、大学側からの支援体制、周囲の学生の雰囲気)などを良く知らないままに入学して、勝手に抱いていた期待と現実のずれに目的や意欲を見失っていくこともあるでしょう。
また、大学に進んで学ぶことへの自分の理由をあいまいにしたまま、合格すること/進路を確保することに意識が偏っていたら、それを達した後に「目標ロス」が生じるのは半ば当然のことだと思います。
高校卒業を迎えるまでに打てる予防策は、

といったところにありそうです。
いずれも、日々の教科学習指導や進路希望を作る指導、進路希望の実現を支える指導の中で行うべき、当たり前のことばかりだと思います。

❏ 解決すべき問題は、日々の学習&進路指導の中に

基礎学力の不足は、学校推薦型選抜(推薦入試)などを利用して学力検査を受けていない場合や、一般選抜の利用者でも大学での学修に必要な科目を受験で選択していない場合に、小さからぬ問題となって顕在化することが多いはずです。
一般選抜以外の利用者にはこのビハインドを跳ね返すだけの「覚悟」を持たせることが必要だと思います。(cf. 推薦入試を利用させる条件
総合型選抜や学校推薦型選抜で、「受験科目としての学習」をスキップした生徒には、卒業までの間に自学を進めさせましょう。
また、学習方策の未確立は、「教わったことを覚えて点数を取る」ことを常態としてしまったことに問題の根っこがあるように思います。
高大接続改革で、そのような誤った学習方略では通用しない入試問題が増えてきているのは確かですが、すべての大学が正しい方向に舵を切ったわけでもありません。(cf. 出題内容から窺う、大学の教育姿勢
先生方が日々の授業や定期考査を通して正しい学力観を伝えていく必要があります。学校推薦型選抜を利用する生徒に対してはなおさらです。少なくとも建前上は、学校が推薦したわけですから、責任は重大です。
学習方策は課題解決を通して身につきます。日頃の教科学習指導の中で解くべき課題を与え、教えきる前に考えさせることが必要です。
大学では高校までのような手厚い学習支援がなされないケースも想定して、「学習者としての自立」に向かわせる指導を重ねておきましょう。

目標を見失えば当然ながら、その達成に向けて頑張るという意欲は湧きません。意欲がわかずに頑張らないでいたら、学業成績が下がるのは当たり前。成績が下がればまたやる気をなくすという悪循環に陥ります。
燃え尽きるのは、新たな燃料がくべられないから、つまり新しく目標を設定できないからでもあります。高校卒業までに、教室の中で「興味が生まれる瞬間」を体験させることで興味の見つけ方を学ばせましょう。

❏ 新たな目標を設定できれば燃え尽きることはない

志望校への合格、進路の確保という目標を達成した後で、目標自体を見失う/新しい目標を設定できないというケースがあります。次に行く方向を見失うのにはいくつかパターンがありそうです。

  1. 合格が自己目的化しており、入学後に新たな目標を設定できない
  2. 第一志望以外の不本意入学で、夢は遠のいたと思い込んでしまう
  3. 入学してみたら、そこは思い描いていたのと違う世界だった

この他にもいろいろありそうですが、少なくともこれらは、進路意識形成のプロセスにおいて「進路希望を作るまでの活動を確かめる」ことを重ねておけばある程度まで防げた問題ではないでしょうか。
合格通知を手にして、進路が決まった生徒にこそ、もう一度、志望理由や入学を前に抱く決意などを言葉にさせてみたいところです。
大学入学前に「学んでみたいこと」がはっきりしていれば、環境の如何に拘わらず、自力で学ぶことはできるはず。学び続けてさえいれば、達成した中に新しい興味も湧き、「学んだことを通じて、社会にどんな貢献をしたいのか」も再び見えてくるはずです。
高校を卒業する時点で見えている景色はきわめて限定的です。「自分の本当の役割」を見出すのはその先でしょう。今できることに夢中になって取り組んでみることで、新しい扉が開くのではないでしょうか。



拙稿「カッコつきの“キャリア教育の充実!”に思うところ」でも申し上げましたが、高校生活の中で、キャリアは選ぶものではなく重ねるものという進路/キャリア観に触れさせておくことも大切です。
探究型学習を使った進路指導や、学習指導、進路指導、探究活動で作るスパイラルという発想の重要性も、今後ますます大きくなるはずです。


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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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