板書の技術(その2)

知識や理解を形成することは考えるための道具を揃えることであり、それらを用いる「思考や判断」「課題の形成と解決」の土台を作ることに外ならず、決してないがしろにはできません。
しかしながら、学習内容を学びながら様々な能力や資質を獲得するための学習活動にもしっかり取り組ませようとすれば、教えること(知識の伝達)に当てられる時間は自ずと減少しますので、より効率的な伝達を図り、知識・理解を短時間で作り上げるべく、板書などの「視覚による学びの補助」の技術をこれまで以上に向上を図る必要があります。

❏ 現在位置を把握させるのも板書の役割

順を追って書き上げる板書は「学びの現在位置」を表示する役割も担います。板書に残った学びの足跡を辿ることで生徒は、今何をやっているところか、これから何をしようとしているのか認識しやすくなります。
導入フェイズで提示した「ターゲット設問」が常に視野にあれば、今の学びがどんな問いに答えを導くためのものか見失うことはありません。
問い掛けに対する生徒の発言を拾い上げ、そこから次の問いに繋ぐインタラクションを重ねた場合でも、要所でシェアした「問い」をきちんと黒板上に書き出しておけば、何を解明しようと今の説明や議論がなされているかは明らかです。
ターゲット設問と中途で発生した新たな問いの関係も、より明確に認識できるはずです。(cf. ターゲット設問を分割した小さな問い
実験や作業を進めるときも、手順の大枠を黒板の一部に書き出しておいて、注意点などを順次書き込んでいけば、工程全体の中での位置を把握しながら、目の前の作業に意味づけができます。
学びの途中で生徒が自ら得た気づきをノートに書き込むにしても、後から見て全体の流れが思い出せるような板書がベースになければ、せっかくの書き込みもどこでの気づきかわからなくなってしまいます。
体系的に板書を行わず、時々思い出したようにチョークを手にするようでは、こうした機能は働きません。後から見直しても、教室での学びをしっかりと想起できるような板書を目指しましょう。

❏ 口頭での説明や指示に集中させるためにも

板書には、口頭での説明に生徒の意識を向けさせ、しっかり伝えられる状態を作るという効能もあります。
生徒と目線を合わせて話をすることは、理解の様子を探りしっかりと話を聞かせる上で欠かせませんが、生徒が手元の教材やプリントに視線を落としたままでは先生が生徒の方に顔を向けても目線は交わりません。
先生が何かを黒板に書けば、生徒はそれをノートに写し取ろうと顔を黒板の方に向けますが、そのすぐ横にいるのは先生です。このタイミングならば、生徒から自分の目と口が見える状態で話ができます。
声も明瞭に届く上、生徒の表情から理解や集中の度合いも探れます。
黒板の前に立ってチョークを持ちながら、発問→確認→板書して固定というサイクルを短く繰り返すことで、如上の状態はキープできます。
さらに板書に先駆けて問い掛けをしっかり行えば、生徒の問題意識は刺激され、情報を受け取る準備も整うため聞き漏らすことも減ります。
常に問い掛けを絶やさず、生徒に問われる態勢を解かせないようにしましょう。事前に用意した板書案を再現することにばかり気を取られると生徒の方に自分の顔が向きませんし、問い掛けも疎かになります。

❏ 辿り直し/振り返りを前提に消すタイミングを熟慮

短時間で効率的に形成した理解も、そのままにしては時間の経過とともに記憶から蒸発していきます。
学び終えた後で、そこまでに学んだことを辿り直し、意味をしっかりとらえ直す工程を挟むことが、記憶への定着には欠かせません。別稿で書いた通り、「書き上げた板書を辿り直すのも反復の機会」です。
聞き落としていたり、ポイントが意識からこぼれ落ちていた生徒にも、この辿り直しは効果的な助け舟になります。
こうした学んだことの辿り直し/振り返りを効率的に行うには、板書を消さずにとっておくことであるのは言うまでもありません。いざ振り返ろうとして誤って消してしまっていたのに気づいても後の祭りです。
学びを進める中、前段の理解が不十分で生徒の頭の周囲に飛び交うクエスチョンマークが増えてきたときも、板書を辿り直しながら言い方を変えて説明をし直すなどの一手を打てれば、口頭で同じ説明を繰り返すよりはるかにに効果的です。
板書案を考える段階で、黒板の広さをきちんと想定し、どのタイミングで消すかまで考えておくことが重要、ということです。。
なお、生徒の発言を拾い上げて実現したインタラクションは対話的な学びそのものです。要所での発言を忘れずに板書して痕跡を残しておかないと、こうした振り返りも効果的には行えません。

❏ 思考のプロセスを認識と記憶に刻める板書か

授業は科目固有の知識・理解を獲得するだけでなく、学習内容を学びながら様々な能力やスキルを身につける場であり、知識・理解を生きて働かせる方法を学ぶ場でもあります。
集めた情報を整理して知識に編むプロセスや、知識・理解を使って課題を解決するプロセスそのものを生徒に体験させたにしても、中途の工程をまったく/ほとんど板書しなければ、生徒のノートに残るのは、整理を終えた結果や解き終えて得た答えだけです。
当然ながら、意識が向くのもプロセスではなく、結果の方になりがちであり、それらを覚えれば良しとする誤った学力観を抱かせかねません。
学ばせて身につけさせたい能力・資質やスキルには、生徒の意識を十分に向けさせるにも、忘れかけたときには復習して覚え直せるようにするにも、プロセスに当たる部分をしっかり板書することが重要です。
問いを重ねて生徒に考えさせ、情報整理/知の編纂や課題解決のプロセスを実地に体験させた上で、それを後の再現に備えて記録に残す(=ノートに書き取らせる)ことを念頭に、板書内容を考えましょう。
板書案を作成して授業のデザインを考えるときにも、結果として得る科目/単元固有の知識だけでなく、そこで身につけるべき思考の様式などもきちんと板書の中に表現されているかを点検することが大切です。
その3に続く

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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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板書の技術、教具の使い方Excerpt: 1 板書の技術1.0 板書の技術(序) 1.1 板書の技術(その1) 1.2 板書の技術(その2) 1.3 板書の技術(その3) 1.4 板書の技術(その4) 1.5 板書の技術(その5) 1.6 板書の技術(その6) 1.7 板書の技術(その7) 2 学びを軸にICT活用を考える2.0 学びを軸にICT活用を考える(序) 2.1 学びを軸にICT活用を考える(その1) 2.2 学びを軸にICT活用を考える(その2) 2.3 学びを軸にICT活用を考える(その3) ...
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