板書の技術(その1)

チョーク(板書)とトーク(講義)で知識を付与するだけでは主体的・対話的で深い学びの実現は困難ですし、21世紀型能力を獲得させるにも十分とは言えませんが、それでも黒板/ホワイトボード(電子黒板や電子会議の「ホワイトボード」なども含みます)を効果的に使うことは、学びの成果を大きくする上で欠かせません。
以下のような場面では、黒板/ホワイトボードを効果的に利用しないと意図したことを正しく伝え/理解させるのは容易ではなさそうです。

  • 情報や前段の理解を視野に固定しながら学びを進めて行くとき
  • 二次元平面に情報を展開し、構造化/モデル化して整理するとき

生徒の発言や意見を拾い上げ、対話を重ねて思考を深めていくにも起点となった発言を板書し生徒の視野に固定しておくのは重要ですし、後でノートを見たときも思考のプロセスが再現しやすくなります。
ICTの導入、教育のデジタル化が急速に加速する中ですが、対話的で深い学びを支える道具としての板書の有用性を改めて考えてみます。

2014/04/16 公開の記事を再アップデートしました。

❏ 板書の効果的な利用は、確かな学びの土台

下のグラフは、別稿「学びの土台を作る、整理された板書・プリント」でご紹介した、授業評価アンケートのデータの解析結果です。


横軸には「板書やプリントは見やすく整理され、後で見てもわかりやすい」という質問での得点を、縦軸は「授業を受けて、学力の向上や自分の進歩を実感できる」の得点を配してあります。
見ての通り、箱の位置は階段状にきれいに並び、板書やプリントといった視覚による理解補助が学びの成果を決定的に左右しています。
ちなみに座標面の右寄り(=板書や資料で高得点)で位置しながらも、箱の下端に届かない(=学びの成果を実感できない)授業はチョーク&トークになっていないか、振り返ってみる必要がありそうです。

❏ 音だけで伝えられた情報は「音速」で消えていく

情報は、前段で得たものに結びつくことで「知識」や「理解」に組み直されますが、前段の理解がしっかりと保持されていなければ、新たな知識・理解は形成されなくなってしまいます。
そこで重要な役割を担うのが板書です。黒板上に書き出して生徒の視野に固定しておけば、もし、失念や混乱があっても、生徒は目線を動かすだけで土台となる前段の理解を再び作り直すことができます。
口頭(音声)だけで伝達したことは、まさに音速で消え去っていきますので、受け止めきれなかったり、後から入ってくる情報に上書きされてしまったりすれば、追いかけて捕まえるのは不可能ですよね。
順を追って説明したつもりでも、生徒の認識からこぼれ落ちてしまっては、知識・理解の形成には至らず、それらを用いた思考などに展開させていくことなどできません。
拙稿「ノートにメモを取らせる指導」でも申し上げた通り、生徒が自力でメモを起こしたり、ノートを取れるようにすることは、指導上の大切な目標の一つですが、そうしたスキルや姿勢が不十分なうちから、生徒任せにするのはちょっと乱暴です。

❏ 音声による伝達には、板書で補うべき構造的弱点も

口頭でのやり取りは、基本的には時間の経過という軸から離れることができない「一次元」の情報ですので、場合分けや分岐、階層などを含む情報を伝えるのは苦手とします。学習内容が複雑になればなるほど、黒板/ホワイトボードを利用した視覚による理解補助が重要になります。
板書では箇条書きや表組など二次元ならではの利点を生かして簡単に表現できることなのに、口頭の説明でなんとかしようと無理を重ねるのは合理的ではありません。
「ポイントは3つある。1つめは…」と工夫して伝えたとしても、耳で聞いた内容を、生徒が頭の中で、あるいはノートの上で、正しく箇条書きに変換してくれる保証はありません。
AとBがCに内包されるのに、生徒が残したメモではA、B、Cが並列されているようでは、形成されたのは「理解」ではなく「誤解」です。
情報を固定する機能、二次元平面に展開して情報に構造を与える機能を考えてみただけでも、「きちんとした板書なしには、知識を獲得させることも理解を形成することも難しい」ということになりそうです。

❏ 加筆や修正ができる「ダイナミズム」は板書の強み

プリントやスライドを用いれば、整理した結果を正しく伝えることはできますが、出来上がったものを見せているだけでは、情報を組み直し、知識へと体系化する場面を生徒は経験しないことになります。
教室は、誰かが作った答えを伝える場から、答えを導き出す方法を学ぶ場へと変わってきています。問い掛けながら、情報整理・課題解決のプロセスを生徒自身にも経験させていくには、完成したものを示すタイプの教具だけでは目的を達するのは難しそうです。
生徒の反応を観て、また発言を拾い上げながら、加筆したり書き直したりしながら、動的に表現を変えていくことは、予め作り込んだスライドやプリントにはない板書だけが持つ強みです。
ファシリテーション・グラフィック(英語では“graphic facilitation”)という視点で、板書を広義に捉えて好適な利用を考えていきましょう。cf. 生徒にも学ばせたいファシリテーション・グラフィック
固定した情報を提示するなら動画を含めていくらでも優れた道具がありますが、生徒との対話を進める中で、学びの展開に合わせて形と内容を変えていけるのは黒板/ホワイトボードなどを用いた板書だけです。

❏ 板書案作りを通して伝達技術の向上を図る

必要な知識や理解を限られた時間の中で形成するには、確固たる「伝える技術」が欠かせません。不足する授業時間の中で、思考や表現、協働の機会を組み込もうとすれば、伝達の効率化は不可欠です。
伝達技術を高めるためには、情報がどのような構造を持つのかをしっかり把握した上で、正しく伝える手順を確立しなければなりません。そのトレーニングの最も効果的な方法の一つは「板書案づくり」です。
時間をかけて作り込み、見直しを経て修正を繰り返すことで、伝えるべき事柄の構造をより深く知ることができます。
以下のような自問を重ね、提示の順序と、板書する前にどのような発問を行い、生徒にミットを構えさせるか(=情報を受け取る準備を取らせるか)を考えていきましょう。
「ここは枠線で囲った方がよさそうだ」

「表組のタイトルはこの方がわかりやすいかな」

「吹き出しをつけて注意を喚起しておこう」

「こんな発問を先行させれば、イメージが膨らむかな」

「ここはポイントだから、少し考えさせてから答えを示そう」

❏ 板書案を描き出してみるからこそイメージが膨らむ

板書案作りに限りませんが、紙の上に固定しながら考えていくと、アイデアもどんどん出てきます。目に見える場所に、それまで考えたことを配置していくことが次の発想を引き出してくれます。
場合によっては、書き上げる途中の板書案を、同僚の先生に見てもらってアイデアを提供してもらうのも良いと思います。
授業の構想を長々と口で説明して聞いてもらうより、紙に書いたものを見せて「どう思います?」とやった方が、相手の先生も学習者視点での助言が思いつきやすいようです。
また、敢えて別の教科の先生に協力を仰ぐのもお奨めです。
同じ教科の先生だと、紙面に表現されたものの「行間」を補って考えてしまい、不足があっても気づかないこともあります。教科が違うと板書に対する根本的な考え方が違うこともあり、思いもよらなかった妙案を得られることも珍しくありません。
その2に続く

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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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板書の技術、教具の使い方Excerpt: 1 板書の技術1.0 板書の技術(序) 1.1 板書の技術(その1) 1.2 板書の技術(その2) 1.3 板書の技術(その3) 1.4 板書の技術(その4) 1.5 板書の技術(その5) 1.6 板書の技術(その6) 1.7 板書の技術(その7) 2 学びを軸にICT活用を考える2.0 学びを軸にICT活用を考える(序) 2.1 学びを軸にICT活用を考える(その1) 2.2 学びを軸にICT活用を考える(その2) 2.3 学びを軸にICT活用を考える(その3) ...
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