授業で得た理解と知識を用いて解を導くべき課題を導入フェイズで提示しておくと、生徒が学習目標を認識しやすくなるのは、拙稿「目標理解と活用機会を整える授業デザイン」でもお伝えした通りです。
しかしながら、授業評価アンケートの集計データでは、上図にも見て取れる通り、ときとして(先生が)活用機会を整えている度合いと、(生徒が)学習目標を理解している度合いとの間の相関が崩れます。
近似線から大きく離れた(あるいは各階級の箱の下端に届いていない)授業では、獲得した知識や理解を活きて働かせるために用意した問いや課題を、生徒の学習目標理解に役立てられていないということです。
両者の相関の崩れを正すには、以下のアプローチが有効と思われます。
- 学び始める前に、その問いへの仮の答えをしっかり作らせる
- 解いて見せてから、思考を辿り直しながら目標を再確認する
2018/01/30 公開の記事をアップデートしました。
❏ 題意のより深い理解のために「仮の答え」を作らせる
導入フェイズで本時のターゲットとなる問いや課題を示しても、生徒がそれを文字として認識するだけです。自ら答えを考えようとしてみて、はじめてその問いや課題が何を求めているかを把握できます。
問いや課題が求めていることは、学習を通じて理解すべきこと、つまりは学習目標そのものです。
手持ちの知識と理解を使って、わかるところまで考えてみてようやく、その問い/課題が求めているものが把握できますし、解を導くのに新たに手に入れなければならない知識や理解の存在を知ります。
ひとりで考えさせて埒が明かないようなら、周囲と話し合わせて、そこまでの理解を互いに交換させてみましょう。
仮の答えを作る中で、不明の所在を知り、それを解消したいという気持ちを持たせてはじめて、生徒はその日の学習に目標をもったことになるのではないでしょうか。(cf. 学ぶことへの自分の理由)
単元を予定通りに消化していくのは、あくまでも「教える側の都合」に過ぎず、生徒側での動機や目的にはなり得ません。
❏ 学んできた工程を振り返りながら、目標を認識させる
単元の内容によっては、如上の方法だけでは学習目標が十分に伝わらない場合もあります。そんなときは、目標を把握させる「導入フェイズ」にいつまでも止まらず、少し進んでから改めて、という手もあります。
目指すゴールを認識した時点から「目標に照らした理解の補完」「目的意識を持った積極的な取り組み」が期待できますので、できるだけ早いタイミングで目標の把握に至らせたいのは言うまでもありません。
例題などを一度解いてから、板書を辿り直しつつ、場面ごとにやろうとしていたことを再確認するのが効果的なことがあります。
どんな思考の獲得が必要か、なぜこんな手順を採るのかといった、プロセスのひとつ一つの意味を捉えながら、「今日はこれを身に付けよう、使いこなせるようになろう」と目標を言葉にして伝えてみましょう。
その中で、本時の目標を端的に表現する文言を、黒板のどこかに書き出せば、目標認識はより明確なものにできるのではないでしょうか。
こうした一手により、生徒が「なるほど、今日の授業をきちんと理解できれば、こんなことができるようになるのか」と理解すれば、その瞬間から「学びに向かう姿勢」にもより強いものが期待できそうです。
学力に不安があるクラスこそ、こうした手間を惜しまず、学び始めからの時間経過が小さいうちに、本時の学習目標を認識させましょう。目標理解の不足は、授業をわかりにくく、取り組みにくいものにします。
生徒を「主体的な学習者」に成長させるカギは、一つひとつ丁寧に教えて理解させるだけでは到達できないところにあるのだと思います。
❏ 目標の認識なしに、主体的に学ぶ姿勢は生まれない
問いの配列で教科書が編まれている数学などでは、先生方がことさら、ターゲットとなる問いや課題を用意しなくても、「学んだことに生きて働く場を与える機会」は整っているはずです。
当然ながら、冒頭の散布図/箱ひげ図における横軸方向では、右寄りに位置し、自ずと(=近似線に沿って)縦方向でも高い位置を占める(=本時の学びで到達を目指すゴールは明らか)ことが期待されます。
しかしながら、数学に限らず、問いが用意されている授業でも、生徒のアンケートで活用機会も目標理解も低評価というケースがあります。
教える側としては「ん?なぜ?」という気持ちかもしれませんが、淡々と一問ずつ解き進めるだけの流れの中で、目標(=目指していること、今やろうとしていること)を生徒が把握できる保証はありません。
先生が問題を解いて見せてくれるのを眺めるだけ、生徒は教えられたものを覚えるだけになっていたら、生徒が目指すのは「真面目に聞いて教えてもらったことをしっかり覚えること」になってしまいそうです。
そこには、本時/単元に固有の「目標」は存在せず、主体的に学ぶ姿勢や、積極的な学びへの取り組みの発現も期待しにくそうです。
生徒の興味や関心を引くのに好適な1問をターゲットに、その答えを考えてみる「導入の活動」を挟むだけでも、認識は大きく変わります。
如上の1問には、生徒が進学を志す大学群や共通テストの出題例が好適で、用意するのも簡単ですが、身近な事象を、その単元の学習内容(教科固有の考え方)を適用して考える問いも採り入れたいところです。
そうした問いを手札に加えていくには、問いのあり方に焦点を置いた授業研究や、先生方が協働で進める教材開発が欠かせないはずです。
❏ 改めて、学習目標を正しく理解させることの重要性
本時/単元の学習を通じて到達を目指すべき状態(=できるようになること)を具体的に理解させた上で、深く確かな学びを実現させるためには、既に述べてきたように大きな2つの柱があります。
- 本時の学習目標を代表する「ターゲット問題」を示した上で、手持ちの知識を使って生徒にしっかり考えさせてから学びの本題に入る。
- ひと通りの説明を終えたら、板書を辿りながら、そこで重ねた思考のプロセスを一つひとつ振り返って学んだことの位置づけを図らせる。
手順1. をきちんと行い、その日の学びの目的を生徒に正しく理解させないことには、授業への積極的な参加も促せず、目的に照らしてこそ働く「理解の補完」も期待できなくなってしまいます。
また、手順2. を踏むことで、学びを振り返り、バラバラだった(かもしれない)理解を統合することが、「わかった」との実感を持たせます。
こうした手順を踏まなかった結果、理解の躓きが起きやすい、積極的な学びへの関わりが生まれない、確かな学力が作れないとあれば、その先に待っているのは、科目の学習への自己効力感や学習意欲の低下です。
単元ごとの学習目標は先生方にとって自明であっても、これからそれを学ぶ生徒にとっては、足を踏み入れたこともなく、地図も携えていない世界だということを、忘れないようにしたいものです。
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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一