板書の技術(その4)

様々な学習活動を経てひと通り学び終えた段階での「振り返り」や「まとめ」の重要性は言うまでもありませんが、このフェイズでも板書には効果的な利用法があります。導入と展開を通して描き上げておいた板書を辿り直しつつ、要所を問い掛け確認し、そこまでの理解を言語化するとともに板書に加筆を施すことで、深く確かな学びに近づけます。
併せて、板書を有効に活用する中で、生徒がノートに書き写すだけの実りなき学びにならないようにするための、教える側で押さえておくべきポイントについても整理してみたいと思います。

❏ 黒板上に残ったものを活用した、学びの振り返り

板書したものを生徒がノートに写し、あとはそれぞれの復習に任せるというだけでは、板書の効能が十分に活かせません。
せっかく書上げた板書です。まとめの段階での振り返りにも積極的に使いたいものです。情報整理を行った場面でも、問題を解いた場面でも、板書を辿り直しながら、学んできたことを振り返っていきましょう。
残しておいた板書で辿りながら、「ここではなぜ、こんな操作をしたのか」「何を根拠にこのように分類したのか」といった具合にしっかりと押さえておくべきポイントを問い掛けることを常としたいものです。
改めて気づかせたことを言葉にして書き込んでいくことはとても効果的ですが、枠で囲んで見せたり、印をつけてマークアップさせたりするだけでも強調の効果は十分に期待できます。
その箇所に触れる機会が増えるたびに再記銘が図られますので、記憶への定着も着実に進んでいくはずです。
模式的に示された板書やポイントを抽出した板書であればなおさら、振り返りながらのポイントの言語化で理解の隙間を埋める効果は大です。

❏ 振り返りには、生徒自身による言語化という要素を

繰り返しになりますが、ここでのポイントの一つは、生徒に尋ねながら確認を行うことです。先生が通り一遍しゃべっているだけでは、生徒が理解したことを自分の言葉にする機会が作れません。
先生からの問いには、生徒を指名して発言させるよりも、手元で文字に起こさせたり、隣どうしで答えを確認させ合うのが好適です。
手元の書き込みや話し合っている様子を窺っていると、生徒の理解度を把握できますし、躓いている箇所を見つけることも容易です。
生徒が既に十分に理解しているようなら、板書への先生の補足(加筆)は不要です。必要なことは何でも先生が黒板に書いてくれると思わせては、生徒は「答え」を待つことを学習し、受け身になります。
先生が答えを言わなければ、生徒は「自力でどうにかする方法」を学ぶしかありません。自立的で主体的な学習者に育てられるどうかは、こうした小さなことの積み重ねで決まるのではないでしょうか。
なお、板書を辿った振り返りを行うべきは、50分の授業を終えるときだけではありません。ひと通りの説明を終えて生徒が自分で課題に取り組む前には、如上の方法で理解の確認を取りましょう。ここでのポイントの一つは、別稿で書いた通り、課題にチャレンジさせた「後」ではなく、チャレンジさせる「前」に確認を行うことです。

❏ 空白の枠を残しておき、まとめフェイズで埋める

この板書の辿り直しによる振り返り/まとめを効果的に行うには、導入フェイズでの仕掛けが肝要です。
空所を残した板書“でご紹介した通り、板書の途中で枠や下線だけを描いておき、内容は書かずに空所のままにしておくというやり方があります。空所を残されると「何が入るのだろう?」と疑問に思うのは本能的なもの。隠されているものは覗きたくなるのは大人も子供も同じです。
形式的に、日付と並べて本時の単元名を板書するよりも、よほど気の利いた「目標提示」 になるはず。数分で済む説明であっても、20分間かける活動であっても、導入フェイズで「学びを経て埋めるべき空所」を示しておくことは、生徒の問題意識を効果的に刺激します。
黒板に空所が残されているということは、学びが未だ完結していないことを示唆します。生徒は空所に入るものを考え続けるでしょうし、学びの途中で自分で気づき、答えを見つけた生徒は喜びを感じます。
学び終えたところで、黒板上に残された空所に立ち戻って穴を埋めてみることは、学んできたこと全体を見返すことにほかなりません。ここでも先生が先回りして空所を埋めてしまうのではなく、まずは問い掛けて、何を空所に埋めるのか生徒に考えさせるようにしましょう。

❏ 提示したものを書き写すだけの板書にしない

板書を増やすと生徒は書き写すことに大半の時間とエネルギーを使ってしまい、活動性は下がり学びは受動的なものになることは、以前から指摘されているところです。
確かに、先生が一方的に説明し、教科書や副教材を読めば書いてあることをびっしりと黒板に書き、生徒が必死にそれを写しているようでは、主体的、対話的で深い学びとは程遠いものになります。
しかしながら、しっかり問い掛けを行い考えさせて、その中での気づきを言語化させた結果を、後の再現(復習)に備えてノートに残させることを旨とした板書が生徒の学びを阻害するとは思えません。
グラフや図版にしても、読み取るべき特徴的部分に意識を向けさせる発問を経て、生徒がじっくり観察し、気づきを携えて自分の手で書き写すことには、強い印象と正しい理解に大きな効果があります。
板書したり、それを書き写すこと自体が、生徒の学びを阻害し受動的なものにするとの考え方は、やや短絡的に過ぎるような気がします。
要は、板書の内容(教室での対話の中で得させた気づきを重視)板書の前段階での活動(問い掛けてじっくり考えさせてからが鉄則)での工夫次第ではないでしょうか。
先生が板書したことに、生徒が自力でどれだけ書き加えているかにも意識を向けて観察したいところです。何も/ほとんど書き加えていないようなら、授業内での対話を通じて気づきが足りないか、それを書き留める習慣が形成できていないかのいずれかだと思います。

❏ 板書は、問い掛けと気づきの言語化とセットに

最近はあまり見かけなくなってきましたが、ある程度まとまった量の板書を一気に行い、ノートを取らせてから説明を始めるという方法は深刻な問題を引き起こします。
ノートを取るスピードも生徒ごとにまちまちですから、一度に板書する量が多いほど、生徒ごとに写し終えるタイミングが大きくずれます。
早く映し終えた生徒は、ただ待っているだけ、遅い生徒はしっかり理解しているかは二の次に、まずは書き写すのに必死です。
小さなサイクルで「問い掛け、考えさせて、その結果を言語化して確認したものを黒板に書いて固定」を繰り返せば、書き終えるタイミングのズレは過度に大きくならずに済みます。
万が一、書き写し終えるまでに次の説明や指示が始まっても、小さなサイクルならば、ほどなくキャッチアップできるはずですし、そもそも、書き写すものはその前段階で「考えた上で確認したもの」なので、少々間をおいて書き写すことになっても「わからないまま書き写すだけ」という最悪の事態にはならないのではないでしょうか。
本稿の前半で触れた、板書の辿り直し/振り返りと併用すれば、書き写すことが学びを阻害することを回避できるだけでなく、黒板をノートに書き写したことにも確固たる意味が備わるはずです。
■関連記事:

  1. 黒板を写すと活動が低下?
  2. 学びを軸にICT活用を考える

その5に続く

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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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