導入フェイズで仮の答えを作らせることの効果

別稿「導入フェイズの目的と方法」で書いた通りですが、学びを始めるタイミングで生徒に「本時の学習で目指すところ」を明確に認識させておくことには、様々なメリットがあります。
頑張りに方向性が得られ、振り返りに基準を持てることに加え、ゴールと結びつけた情報(説明など)の理解と整理が、「知への構成」を容易にする(=理解力の底上げを図る)ことなどはその主なところです。
目指すことの提示には、「(学び終えて)解くべき課題/答えを導くべき問い」や「(学びの過程での)行動を評価する基準」などを用いるのが効果的ですが、前者の場合、単に提示するだけでなく、その場で作れる「仮の答え」をきちんと文字にさせるとさらに効果がアップします。

❏ 答えを作る中で、解消すべき不明の所在に気付く

問いが与えられ、その答えを作ろうと思考を巡らせていれば、多かれ少なかれ、「判らないこと/知らないこと(不明)」が出てくるもの。
不明の所在に気づけば、それを解き明かしたい思うのは本能でしょう。
狩猟や採集の生活を送っていたご先祖様たちにとって、正体の知れないものを耳目にしたときに何のリアクションも取らず放置するのは自らの生存を危険に曝すこと。如上の本能はその頃から受け継いだ形質かと。
本時の学びを俯瞰し得るような「問い」を示し、答えを考えさせれば、これから学ぶことへの「知りたい欲求」が刺激され、それが「学ぶことへの自分の理由」の大きなところになるということです。

❏ 目標を認識させるのは「学びが本題を迎える前」

しかしながら、この「問いの提示」はタイミングを逸すると効果が薄れてしまいます。昔ながらの授業の流れの中で、「導入→展開→演習」と進んだ段階で問いが登場しても、既に学びは大半が終わっています。
目的意識も曖昧なまま、理解力の底上げも図られないままに取り組んだ学びが、大きな成果を結ぶとは思えません。「問いの提示」は、学びが本題に入る前、導入のフェイズできちんと行うのが好適です。
ましてや、授業を終えて「さあ、今日の勉強を振り返って、この問題を解いてみよう!次回までの宿題ね」では、タイミングが遅すぎます。
何の心づもりもなく50分の授業を過ごしてしまい、「さあ解いてごらん」と言われても、道具立て(理解と知識)もと問わない中、問い/課題に果敢に挑んだところで、待っているのは返り討ちかもしれません。

❏ 問いを中心に、思考は巡り、知識や発想は動員される

解決すべき課題/答えを導くべき問いを認識させておくと、それを中心に生徒の思考は巡り続け、手持ちの知識や発想、周囲とのやり取りの中での得た気づきなどが動員され、統合されていきます。
別稿の通り、答えを示した瞬間に生徒の意識は「考えること」から「覚えること」に切り替わってしまいますが、それと同様に、課題や問いを提示する前も、思考は発動しておらず、鍛える状態になっていません。
思考力は発動させてこそ、鍛えられ、評価できるもの。その涵養には、課題や問いへの「学びの過程を通した認識」が不可欠ということです。
思考(課題解決)の中で、知識や情報の不足に気づけば、それを手に入れようと自ら調べたり、周囲に尋ねてみたりするはず。先生がお膳立てしてくれたものを受け取るだけのとは次元の違う学びが実現します。

ちなみに、課題や問いを前に発動した「思考」は、対話による気づきの交換/獲得で拡充が図られますが、対話的な学びの充実には起点となる課題/問いの適切な付与が不可欠。課題と対話は不可分な関係です。

❏ 書き出した答えを周囲とシェアさせ、「相互啓発」に

自分なりの答えを作ってみてから、他の生徒が同様に作った答えと比べてみると、自分が気づかなかった/見落としていたことに気付きます。
とりわけ、答えやアプローチが一つに決まらない問題では、生徒が個々に作った答えをシェアすることが、多様な考えの存在に気付かせ、独善に陥らない判断力などを身につけることへの入り口になります。
他人の意見や考えに触れることは、対話を通じて思考を深める上で不可欠ですが、生徒一人ひとりに「仮の答え」を作らせても、きちんと文字に起こさせないことには、シェアのしようがありません。

生徒間の相互啓発には、先生からの「教え」をはるかに超える、生徒にとって有為な学びになります。その機会をどんどん作りましょう。
ICTの普及で、思考の結果(答案)やその過程をクラス内外の生徒とシェアすることは、以前に比べてはるかに簡便に行えるようになっているはずです。cf. 学びを軸にICT活用を考える#3「対話」の場面

❏ 仮の答えと作り直した答えの「差分」が学びの成果

学力や技能の向上を実感できなければ興味や関心は高まらないことは、以前の記事でご紹介した通りですが、学びの成果のたな卸し(学びを通じた「進捗や成長」を生徒に自覚させる働きかけ)は十分でしょうか。
学力や技能の向上を実感するには、「学び始める前にできなかったことが、学び終えたらできていた」と生徒自身が気づける機会が必要です。
先生方の目(観察)では進歩や学習目標の達成が見て取れたとしても、肝心な「学習の主体たる生徒の側での認識」がなれば、学び続けるためのモチベーションの原資たる「達成感」も供給されません。
この記事のタイトルにある「仮の答えを作らせること」は、学び始める段階で「できていること/できないこと」を明確にして、それを記録に残しておくことも、もう一つ大きな意味があります。
学びを終えたときに、そこまでの積み上げを活かして答えを仕上げ直せば、自ずと最初の答えとは違ったものになるはず。そこに表れた「差分」にこそ、学びの成果が表れています。
導入フェイズで仮の答えを作って書き出しておくこと、学び終えたら再び最初の問いに立ち戻り、きちんと答えを仕上げる習慣を持つことは、日々の学習の中での「進歩/学習の進捗」の可視化に不可欠です。

生徒が「自分なり」に仕上げきった(と思っている)答案も、先生方の目で採点/評価をしたり、他の生徒の成果物と見比べてみたりすると、あちらこちらに埋めるべき差が残っているかもしれません。
採点や評価を終えても、さらに学びを進めさせ、最後まできっちり「自分の答え」の仕上げに取り組ませることが、学びをさらに大きく確かにします。cf. 確認した結果に基づいてきちんと学びを仕上げさせる

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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