起業家教育という言葉を耳にするようになってだいぶ経ちました。試しに、「起業家教育&高校」で検索してみたら55万件もヒットしました。
どんな効果があるのかと調べている中、野村総研が行った「起業家教育の普及等に関する調査(最終報告書)」 を見つけました。
❏ 高校での起業家教育は何をもたらすのか
「情報収集・分析・問題解決力が高まった」は、効果があったが8%、どちらかと言えば効果があったが47%と、やや心もとない反応です。
「創造性・探究心が高まった」 も、ただし書きのつかない「効果があった」というはっきりした肯定評価は14%にとどまります。
その一方、以下の3つについては比較的高い効果があったようです。
- 「進路への関心・意欲が高まった」(効果があった37%+どちらかと言えば…48%)
- 「何のために学ぶのか(学習の必要性・有用性)への理解が高まった」(同上22%+62%)
- 「チャレンジ精神・積極性が高まった」(同19%+60%)
これらの数字だけをみて、起業家教育の可能性(期待される効果)ってこうなんだと固定的に考えるのは、性急に過ぎると思います。
❏ 何を目指して取り組ませるのか、目標を明確に
呼称として「起業家教育」という言葉が当てはめられていても、その実施形態や内容は様々ですし、何を目指しているかも学校ごとに(あるいは先生ごとに)大きな違いがあります。
もし、探究学習の一環として、学びを深めることや情報を集めて考え、意見をまとめ上げることに目標を置いて、それに見合ったプログラムを組んでいたら、違う結果が出たかもしれません。
如上のデータを見ると、調査の対象となった学校の多くでは、「進路意識の高揚」を目的に、プログラムを作っていたことが推察されます。
せっかく手間と予算を投じて行う以上、まずは目指すもの、狙いたい効果をはっきりさせておかないと、生徒募集の材料になる以上の効果は見込めないような気がします。
❏ そもそも、起業家になることは目的ではない
社会人向けの書籍でも「起業家になる」ためにどうしたら良いかを解説したものがたくさん出版されています。
アマゾンで「起業」をキーワードに書籍検索してみたら、5,955アイテムが見つかりました。
でも、起業家になることは、目的ではありませんよね。
やりたいことがあって、それを実現する方法の一つに「起業」という選択肢があるだけです。
実際に起業している人を見ると、それまでやってきたことがあって、それを具体化するためにビジネス化する方法を考えたというパターンが圧倒的に多いように思います。
起業ありきで考えても、うまく行くとは限りません。基盤となる知識や経験、対象への本気の興味や思い入れが必要です。
創業後3年以内の廃業が7割というデータには、そうした基盤なしの起業家も含まれているのではないでしょうか。
❏ 探究の先に見つかる、学んだことを活かせるフィールド
小中学校での体験的・横断的な総合学習を経て、高校では探究的な活動に移行していくとすると、「学んだことを通じて作る社会との接点」の一つとして、ビジネスを考える機会もあろうかと思います。
しかし、「ゴールを決めて最短距離?」「カッコつきの“キャリア教育の充実”に思うところ」で申し上げたように、将来の自分を仮定し、そこに接近する方法を考えるという方略には、小さからぬリスクがあります。
日常の中に見出した興味や疑問を起点として、調べ学習を行い、疑問の正体を突き止めたら問いを起こし、その答えを探すための探究を行う中で、さらに深めて学びたいことを見つけることが大切だと思います。
小学校入学から10年やそこらで見えている世界は、きわめて限定的であり、その狭い視野に飛び込んでくるものを選択しても、一人ひとりの生徒にとっての「正解」 は、選択肢に含まる保証はありません。
❏ 使える時間枠は限られる~重ね合わせを上手に利用
指導に充てられる時間が無限にあるのなら、様々な教育活動をどんどん充実させていけば良いでしょうが、そうはいきませんよね。
「主体性をもって多様な人々と協働して学ぶ態度」を身につけさせながら、進路意識を形成し、同時に汎用スキルを獲得させていければ、重ね合わせが大きくくなる分だけ、投じる時間と労力の総体は小さくすることができるはずです。
キャリア教育・進路指導と探究活動の一体化や、小中学校で体験してきたことを土台とした教育設計などは、こうした必要に答える上で不可欠です。
起業家教育も、こうした発想の中で、その位置付けを考える必要があるのではないでしょうか。
■ご参考記事:
こちらも野村総研の調査報告ですが、高校・大学での起業家教育の実態調査(アンケート結果) には、高校での起業家教育について以下のサマリーが読めます。
- 起業家教育の実施状況
回答校の約43.1%が起業家教育講座を実施
起業家教育の浸透の余地がある「現在_未実施 今後_検討中・未定」が約31.0%- 起業家教育を採用しない理由
採用しない理由は、「起業家教育に割り当てる時間が無い」「生徒のニーズが無い」「保護者のニーズが無い」の順に多い。- 起業家教育の実施内容
実施内容は、「講演会」「企業見学」「ビジネスプラン作成」の順に多い。
半数以上が「総合的な学習の時間」に起業家教育を実施。- 起業家教育における課題
課題は、「割り当てる時間がない」「起業家教育を担う教員がいない」「カリキュラムを組み立てられない」「外部講師 に対する資金の確保」の順に多い。- 外部講師の招聘状況
約88.0%が外部講師を招聘。外部講師の属性は、「大学教員」「起業家」「中小企業経営者」の順に多い。- 外部講師に求める講義内容
求める講義内容は、「講演会」「企業経営の講義」「ビジネスプラン作成」の順に多い。
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一