学習目標が伝わらない?(前編)

日々の授業に際して「本時の目標」を欠かすことなくきちんと伝えているつもりなのに、あるいはシラバスを通じて示したはずなのに、生徒や学生にアンケートをとってみると、「目標提示」の項目で想定外の低評価…。こんな経験をなさっている先生方も少なくないようです。
低評価となったのは、学習目標を先生が伝えていないのではなく、生徒/学生の側に伝わっていなかったということ。「伝えられたものを受け止めるだけの前提」が学習者側で整っていなかったため、との可能性も疑ってみる必要がありそうです。
本稿は、「学習目標の示し方」の続編として起しました。お時間が許すときに本編の方もご高覧いただければ光栄です。

2015/02/23 公開の記事をアップデートしました。

❏ 学習目標提示における鉄則

生徒/学生に対して、学習機会ごとに明確な目標提示を行うことの重要性は当ブログでも繰り返しお伝えしてきました。
効果は、目標に照らした理解の補完が働きやすくなること、達成感がより明確になること、苦手意識を抑制できることなど多岐に亘ります。
振り返りを行うときの「基準」になるのも先生方が提示した「到達目標」です。(cf. 生徒は「振り返り」を効果的に行えているか
まさに「より良い学びの実現」に向けた万能薬のようなものですが、単元名を書き出したりするだけでは、如上の効果は望めません。目標提示には、書き出し方を含めて、次のような満たすべき要件があります。

生徒は解くべき課題を通じてしか学習目標を正確に認識できませんし、学び終えてから目標を知っても「目標に照らした理解の補完」は学びの過程で働きません。また、学び終えて目標を達成したことを検証できないことには、達成感も得られず、次に向けた課題も形成できません。
これらが確実に行われていることが、授業評価アンケートで「先生は学習目標をしっかり示してくれる」という質問にYESで答えてもらうための前提条件であるとお考え下さい。

❏ 言葉で伝えた目標は、これから学ぶ者には理解困難

目標提示は、学びの冒頭(導入フェイズ)で行うのが鉄則です。目標を把握させておかなければ、それに照らした「学びながらのの情報補完、理解力の底上げ」は機能しません。
しかしながら、その「目標」にこれから近づこうとしている生徒/学生にとっては、言葉などで伝えられた目標も、(内容にも触れていない以上)その実態を明確にイメージできないことの方が多いと思います。
教える側は、科目全体をすでに十分に学んでいて関連分野を含めた全体を見渡しているのに対し、学ぶ側はその世界を入口から覗こうとしている段階。見えている世界/風景がまったく違います。

見えている風景の違いを踏まえることが、「これだけ到達を目指すべきことを伝えたのに何で?」という迷路から抜け出す最初の一歩です。
教える側と、これから学ぼうとする側では「認知の網」の張り方が違っていることを前提にして、目標提示法を考えていきましょう。その一つが、前述の「生徒が答えを導くべき課題をもって」です。

※認知の網: 人の脳は、理解できること(=これまでの学習や経験を通して知っていること)にしか反応しません。目の前にあること、耳に入ってくることは、過去の記憶や知識などのデータベースと照合することではじめて理解できますが、意味や重要性を認識できない情報は、そのまま「網」をすり抜けるため、いくら伝えても意図したとおりに受け止めてもらえません。

❏ 教える側とこれから学ぶ側との間にある認識ギャップ

学びを通して目指すことを生徒に伝えようとするとき、単元名(あるいは学習する内容を端的に表現する用語)を示したり、「〇〇について理解を深める/メカニズムを知る」などと表現したりするかと思います。
これだけで、生徒/学生の側で、教える側が意図するものと同じイメージを持てるようなら、ややこしい策を講じる必要はありません。シンプル且つ短時間に済ませ、さっさと学習内容(本題)に入りましょう。
しかしながら、そう簡単にはことが進まないことが多々あります。
これから教えようとしていることは、そのいずれもが社会が抱える様々な課題を解決したいとの先人たちの「動機」から生じた研究の成果が、知見として現代に残されてきたものでしょう。
その動機の元となった「先人たちが解決に取り組んだ課題」を、教える側は知っていたとしても、学習者が同じようにそれらを認識している保証はなく、両者の間には大きな「認識のギャップ」があり得ます。

❏ 認識のギャップを埋めるための「準備学習」

このギャップを埋めないままに、結果として残っている「知見」の部分だけ教えようとしても、空回りするのは当たり前かもしれません。
これから学ぶことを、学習者は「自分事」として捉えられないでしょうし、「これを学んだところで何になるの?」との疑念も残ります。
本題(本時の学習内容)を学ばせる前に、それらを知見として確立した先人たちが取り組み、解決を図った課題をイメージさせるための「準備学習」を用意してあげる必要があろうかと思います。

資料を読ませたり、問いを投げ掛けたりして、一人ひとりに考えさせた上で、ペアや小グループでその結果をシェアさせるのも有効です。
読むべき資料や考えるべき問いは、前時の授業を終えるときに提示しておき、読む/考えるといった「学習者が個々の学習活動で取り組める部分」を教室での学びから切り離せば、授業時間も有効に使えます。

ちなみに、次の授業までに、しっかりと調べて考えて来ないと、グループの足を引っ張るとなれば、サボったり、他人の成果にただ乗りすることもできず、予習/授業準備にも十分な時間を投じるようになるかも。メンバーごとに、違う資料を与えて、担当するパートを別々にすれば、サボり抑止の効果はさらに大きくなりそうです。
そこまでの準備学習を課すのは負担が大きいというなら、問題意識を刺激するためのクイズなどを導入フェイズで与えてみるのも好適かと思います。(cf. クイズで導入、教科書への落とし込みで仕上げ
後編に続く

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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アンケートで探る“学ぶ側の認識”Excerpt: 学習評価は、個々の生徒の現状を正しく捉えゴールに導く方策を考えるにも、これまでの指導の成果を検証し、改善に向けた課題を形成するにも欠かせないものです。学習評価は多面的に行う必要があります。
Weblog: 現場で頑張る先生方を応援します!
racked: 2015-02-25 06:30:17
達成すべき目標やポイントをはっきり示すExcerpt: 学習を通じて到達すべき状態を生徒に理解させておくことは、授業のわかりやすさを大きく高めます。目指していることに照らし、生徒が一つひとつの説明や指示の意味をより良く理解できるようになるからです。目標に到達できたときの達成感もより明確になるため、次の学びに向けたモチベーションを向上させる働きも強まりますし、生徒の苦手意識を抑制する効果も確認されています。
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racked: 2015-05-14 06:13:41
学習目標の示し方Excerpt: 学習活動において、生徒が学習目標を正しく認識していることは、生徒の側での情報補完を容易にすることで生徒の理解力を助け、授業のわかりやすさを大きく引き上げます。目標とするところをきちんと把握できていないことには、目標を達成できたときの実感も曖昧になります。達成感はモチベーションの原資ですが、それが希薄になることのデメリットは計り知れません。
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目標の示し方、導入の工夫Excerpt: 1 学習目標の示し方1.0 学習目標の示し方(序) 1.1 学習目標の示し方(その1) 1.2 学習目標の示し方(その2) 1.3 学習目標の示し方(その3) 2 解くべき課題を通した目標理解2.1 教室の学びをサンドウィッチに喩えてみると 2.2 目標理解と活用機会を整える授業デザイン 2.3 活動性と学びの成果を繋ぐ鍵~課題を通じた目標理解 2.4 目標提示と成果確認はセットにして 2.5 問題意識を刺激する(学びのウォーミングアップ) 2.5 導入フェイズで行うディ...
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