モチベーション理論を授業にどう活かす?

たまたまですが、去年あたりから、学習意欲の向上を図るのに有効な指導法はないかといったご相談を受けることが続きました。改めて問われると不勉強を自覚せざるを得ず、もう一度勉強を始めたところです。
あくまでも「勉強の途上における、自分向けのメモ程度のもの」として、温かい目でお付き合いをいただければ幸甚に存じます。

❏ まずは、広く知られた「モチベーション理論」を概観

代表的な「モチベーション理論」と言えば、このあたりかと。ただし、どれか一つを選んで指導の拠り所にする(単独で活用する)ではなく、これらを組み合わせて効果の最大化を図るという発想が大切です。

  1. 自己決定理論(Self-Determination Theory, SDT)
  2. 期待価値理論(Expectancy-Value Theory)
  3. アトリビューション理論(Attribution Theory)

1.自己決定理論:

人のモチベーションは自律性、有能感、関係性という3つの要素で作られるという考え方。それぞれの高め方は以下の通り。

・自律性の支援

  学習目標や課題を選択できる場を提供する

  ルールを押し付けず、学習の意義を理解させる対話を行う

・有能感の向上

  形成的評価(学習プロセスの途中で行われる評価)を活用し、

  小さな成功体験を積ませる

  「できた!」と実感できる段階的な課題を設計する

・関係性の強化

  協働学習の機会を増やし、生徒同士の支え合いを促す

  教師が生徒の努力を認め、信頼関係を築く

2.期待価値理論:

達成への見込み(期待)と、その学習にどれだけ価値があるか(価値)の2つがモチベーションを左右するという考え方。

・期待の向上(「やればできる」と思わせる)

  モデル(ロールモデル)を提示し、「自分もできそう」と思わせる

  習熟度に応じた課題を出し、成功体験を重ねさせる

・価値の強調(学習の意義を感じさせる)

  実生活と結びつけた学習

  未来のキャリアと学習内容を関連付ける

3.アトリビューション理論:

成功や失敗の原因を「努力や戦略」に帰属させるとモチベーションが向上し、「能力不足」に帰属させると意欲が低下するという考え方。

・努力や戦略の重要性を強調

  「君は優秀だ」ではなく「よく考えた、工夫した」とフィードバック

  もし失敗しても、「方法を変えればできるよ」と支援する

・「固定的知能観」ではなく「成長的知能観(マインドセット)」を促す

  知能は固定されたものではなく、努力で伸びることを伝える
これらに加え、目標志向理論やフロー理論も広く知られています。
前者は、人が学習するときにどんな目標を持つかで、学習の取り組み方や成果が変わるという理論です。パフォーマンス・ゴール(他者より良い成績を取るなど)とマスタリー・ゴール(理解を深める、スキルを伸ばすなど)のバランスをとることで、学習の質や持続性が高まります。
評価方法(ルーブリックやポートフォリオ)を工夫して、生徒自身が進捗と成長を実感できる状態を作っておくことや、評価の基準を「以前の自分」「自ら設定した目標」にできるかが成否を分けるカギでしょう。
後者は、明確な目標と適度な難易度を設けることで、没頭状態(フロー)に入らせれば、学習が継続しやすくなるとしています。すぐに結果がわかる即時フィードバックも大切な要素。ただし、誰もがフローに入りやすいとは限らず、生徒ごとの個別対応が課題となります。
適度な難易度設定からして、一定以上の人数がいれば、容易でないはず。個別学習の場や、授業の流れの一部など、フローが成立しやすい場面に限定して試していくのが、現実的で効果的な方法になりそうです。

❏ モチベーション理論を授業や指導に活かすために

モチベーション理論を知っていても、それをどのように授業や指導に落とし込めばよいのかは容易に答えの見つかる問題ではありません。
深く考える必要がありますが、そのためにはまずは整理をしないといけません。「具体的な指導場面、活かせる理論、有効な理由、弊害を抑えるポイント」の4観点からの考察を組み合わせて捉え直してみると、思いのほか身近なところに応用の事例が既に存在しているようです。



自己決定理論(SDT)の活用場面:

先ず思いつくのが、探究学習・プロジェクト型学習。テーマを選びから始まる自律性の高い活動なので、学ぶ意欲を刺激しやすいはず。過度な自由は学習の方向性を見失わせるため、適度なガイドは不可欠です。

形成的評価(フィードバック)を行うのは、成功体験を自覚させ、有能感を刺激するためです。達成できなかった部分を必要以上に強調せず、改善の余地がある点をポジティブに伝えましょう。

協働学習(グループワーク)では、仲間と協力しながら学ぶことでの関係性の強化がモチベーションに繋がります。単なる「作業の分担」にならないよう、役割を明確にし、振り返りの機会を設けましょう。



期待価値理論(EVT)の活用場面:

まずは「できそうだ」という展望、達成可能性への見込みを立たせる必要があるため、課題解決の場を整えたら、挑ませる前に理解の確認を徹底したいところです。授業外の学習(授業準備等)でも次回の予習ができる状態を作って授業を終えることが、モチベーションを支えます。
また、今学んでいることがどこの繋がっているかは、生徒にはなかなか見えません。解くべき課題で「何のために学んでいるか」を伝えることは、学びの価値を知らしめる有効な手段。入試問題を授業の教材に使うことで、何がどう問われるかを知らしめれば、学びに焦点が持てます。
進路指導の場でよく活用される「ロールモデル」も、展望と価値の双方を認識させる材料としての位置づけです。「成功した人の話」だけでなく、「試行錯誤の過程」も伝えないとリアリティを失います。



アトリビューション理論(AT)の活用場面:

振り返りを通じて、「より良いパフォーマンスを得るために、何をどう学んでいくべきか」を考えさせ、見つけさせるのは、失敗も成功も、理由は努力や戦略にあると気づかせるためです。失敗を能力不足のせいにさせないことが学習意欲を維持させるカギです。

しかしながら、クラス全体に一律のタスクをかしているだけでは、工夫をすればなんとかなるというレベルを超えることもしばしばです。ひとつの課題から複線的なハードルを作るなど、クラス内で生じた学力・学欲差への対処法も効果的に講じていく必要があります。
また、方法を考え、工夫をさせても、その成果を生徒が実感してないと自分が考えた戦略の有効性を認識できず、学びへの自己効力感が高まりません。振り返りでは「課題」以上に「進捗」を焦点化しましょう。



本稿を起こしてみて感じたのは「先生方は(意識していたかどうかは別として)、既にモチベーション理論をすでに様々な場面で応用していた」ということ。それぞれの理論的背景を深く知り、意識的に活かし方を考えていくと、応用の手法にさらに磨きがかかるはずです。
先生方の経験や気づきを持ち寄ることで、指導の幅はさらに広がり、効果も大きくなります。日々の実践から得た発見は、きちんと言語化し、周囲の先生方とシェアしていきましょう!

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一