ひとつの課題から複線的なハードルを作る

クラス内の学力差は、大きくなることはあっても縮まることはそうそうありません。「どのレベルに合わせて授業をすれば良いのか」との悩みは、多くの先生に共通するものでしょう。どこを起点に、どんなペースで授業を進めるかに加え、課題の難易度をどう設定するかも問題です。
上位層を伸ばすことに意識を傾けるだけでは、中位以下は手が届かず、真ん中に合せては、上位にも下位にもぴったり来ない――先ずは一つの課題で全ての生徒のニーズを満たすという考え方から離れましょう。
その日の授業での学びを俯瞰し得る問い(ターゲット設問)が単一であっても、解答形式を分けたり、活用させる足場を選択させたりすることによって、生徒一人ひとりが挑むハードルを何段階か用意できることになり、学力や意欲、興味関心の差を吸収できる可能性が高まります。

2015/06/26 に公開した記事を再アップデートしました。

❏ 例えば、本時の内容理解を試すアウトプットで

本時の学習内容を正しく理解したかを試すには、先にも触れた「本時の学びを俯瞰し得る問い」を与え、答えを書き上げさせるのが有効です。
問いで発動させた思考の言語化は、理解確認の鉄則であり、答えを仕上げさせる中で「学びの仕上げ」も大きく進みます。

例えば、「荘園制度の起こりを、以下の用語7つを用いて、200字程度で説明しなさい」という問いを与えておき、授業を終えるときにしっかり答えを書けていれば、本時の目標は達成したと言えそうです。
しかしながら、フルの論述は、成績上位者にはチャレンジングで、課題として好適だったとしても、中下位の生徒には厳しいかもしれません。
そこで、取り入れたいのは、同じ問題に対してガイドの強さを段階的に設けることです。「○○について論じなさい」という問いに対して、

  • 全くのガイドなしで生徒が自力で文章を構成するAタイプ
  • キーになる部分だけを、文に近い形で書き上げるBタイプ
  • 重要語句をサブノート式に埋め込むだけのCタイプ

という3タイプの問いを、1枚の回答用紙に並べて収めてしまいましょう。イメージとしては以下のようなものになります。並びは、Aタイプが一番上、次がBタイプ、一番下にCタイプです。


このプリントの設計上のポイントは、「難度の高いものから順にタスクを並べる」ことです。課題の配列というと、何となく「簡単なものから難しいものへ」という固定観念がありますが、最もガイドの弱いAタイプを最上段に置くことで、生徒の「挑戦意欲」を刺激しましょう。

❏ 生徒は自分の実力や関心に合わせてタスクを選択

このプリントを配って生徒の様子を見ていると、得意な生徒は、中段と下段を下敷きなどで隠し、ヒントをみないようにしています。
少しでも自信がある生徒は、よりチャレンジングな課題に挑みたいと考えるようです。難度が高い方が達成感も大きいと生徒も知っています。
一方、それ以外の生徒たちは、最上段を一応見て「ちょっと無理かな」と判断し、中段に目を移します。そこで少し考えてみて、答えのイメージが付かない生徒は、一番下の穴埋めCタイプに手をつけます。
自分に手が出る範囲で、最もチャレンジングなものに挑みたいというのは、生徒に限らず、広くみられる反応でしょう。何とかなりそうなら、より手応えのあるタスクを選びたいと思うのは、本能かもしれません。
仮に、中段や下段を参考にしつつ、最上段を解いたような顔をしている生徒がいても、咎めるまでもないはずです。少なくとも、Cタイプの空所補充はやったことになり、それなりの復習効果は期待できます。
日々の授業が進む中で、いつもは難しい/面倒だと思っていた、一つ上のタイプに何かの拍子に答えられたら、学びに対する自己効力感も高まるはず。見落とさすに「進歩」を認め、声をかけてあげましょう。

❏ 編集の手間は小さく、応用できる場面は広いはず

この課題プリントは、内容説明や要約といった記述・論述タイプの設問をベースに作るのが普通ですが、Aタイプの問いをきちっと設定できれば、Bタイプ、Cタイプへの変換に手間はかかりません。
最初に先生の側で模範解答を作っておけば、重要語句を空所に変換するだけでCタイプが完成、もう少し広い範囲を消去(スペースに置換)して下線を補えば、Bタイプが出来上がります。
Aタイプの回答欄も、語数に合わせたマス目を作るだけ。ワードで[挿入]→[表]→[表の挿入]で、列数・行数を指定すればOKです。
同じ作業フローは、英語のリスニング/ディクテーションで書き取らせる部分の長さを変えるなど、様々な場面に応用できます。理科の実験ノートでも、ワークシートを選ばせて、上位層には自由度の高い記述を求めつつ、他の生徒には十分なガイドを行うやり方も可能です。
学力差に合せて複数の課題を用意するのはたいへんです。好適な問いとその最適化された解答を、少しの工夫で広く、効果的に活用できれば、授業デザイン/課題設計の幅もさらに広がると思います。

❏ 解答形式の変更以外に、足掛かり(ヒント)の選択活用

一つのターゲット設問に対して、複数の解答形式という選択肢を与えることは、学力差が小さくない教室では有効な対処ですが、Bタイプ、Cタイプだけになりがちな生徒は、「思考した結果に他者の理解と共感を得る」ための表現力を高める機会を持てなくなります。

全ての生徒にフルの論述をさせ、そこで発揮する能力・資質を伸ばすには、別の形での「複線的なハードル」を設ける必要もあります。
その一つは、解答を調えるのに必要な情報にアクセスできる環境を作っておき、必要に応じて活用させるという方法。用語集などの、知識・理解を補完するものだけでなく、論述のフレームの基本形を示した手引きなども必要になろうかと思います。
固定的な「フレーム」を示し、枠にはめ込むだけでなく、「最も伝えたい結論的一文は」「その根拠となるのは」「前提として押さえなければならない事実は」といった思考誘導型の問いで、論述工程をスモールステップ化してあげることも、段階性を備えたサポートになるはずです。

まとめページ「終了時の工夫で成果を高める



追記: 本稿では、「ひとつの課題から複線的なハードルを作る方法」を提案しましたが、観点をさらに広げ、進路希望によって「知識を拡張する範囲」を段階的に設けることも、指導計画作りには必要な発想です。cf. 知識をどこまで拡張するかは個々のニーズに合わせて
また、授業時間内に理解の早い生徒が暇を持て余しては、伸びこぼしも膨らませます。傍用問題集などでトライする範囲を指定しておき、手空きの時間が生じたら、どんどん進めさせましょう。 cf. 個々の生徒の学力に合わせて与えるタスク不用意な“待て”をかけない#2)
■ご参考記事

  1. 学習方策や目的意識に応じた負荷をしっかり掛ける
  2. やりきらせる責任~仕上げ切らないことを習慣化させない
  3. 難易度をどう考え、どのように調整するか
  4. クラス内で生じた学力・学欲差への対処法
  5. 小さな問いで学びを点検~フェイズごとの理解確認

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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