受験期に限らず、大学入試の過去問を授業内外の課題に採り入れることは、「今やっている勉強がどう問われるか/どんな場面に繋がるのか」を生徒に知らしめる効果的な方法です。学びに方向性を持てるようになるなど、生徒にとっても小さからぬメリットがあろうかと思います。
しかしながら、大切なのは過去問の使い方、取り組ませ方です。単純に過去問演習を増やし、出題の形式に慣れさせ、解法を知っている問題を増やすだけでは、演習に投じた時間(投資)と生徒の学力伸長(効果)が比例しなくなる(費用対効果が低下する)こともしばしばです。
何を目的に、この問題を今ここで生徒に解かせるのか、しっかり考え、指導計画全体を練り上げることで、出来る限り費用対効果の高い学びの機会としていきたいところです。
2015/11/12 公開の記事をアップデートしました。
❏ 過去問演習がもたらす様々な効果
過去問を題材に、各単元の学習内容に「活用の場面」を与えることは、学んだことのより深い理解や、その意味を拡張する(=学習内容が教科書の記載以上に様々な意味と役割を持つことを知る)のに役立ちます。
その効果は、受験学年に対する学習指導に止まりません。高1や高2の生徒にも、本時の授業で扱った項目が、目標大学の入試や共通テストでどう問われているかを知らしめることはとても有為です。
問われ方を知れば、学びに明確な着眼点を持てますし、授業に取り組んだことでその問いに答えが導けるようになることを体験すれば、「授業に集中さえすれば、進路希望は実現できる」との認識も生まれます。
中高一貫校で中だるみが生じがちな中3(中2の半ばから)では、近隣の高校入試から取った問題を解かせる取り組みも見られます。
公立中学から進学校に進み、数年後に自分のライバルとなる生徒がどう学んでいるかを知ることは、生徒に小さからぬ刺激を与えるようです。
❏ 過去問演習はカリキュラムとの関連付けを明確に
しかしながら、カリキュラムの進行に合わせた各単元/各授業の内容と関連付けが十分になされていないものを与えて「過去問演習」に取り組ませても、如上の効果は期待できず、弊害すら懸念されます。
生徒に取り組ませる問題を「ターゲット」にして、その日の/その単元の授業計画をきちんと練っておかないと、問題に挑ませても返り討ちに遭う生徒が続出するばかりです。
その問題に答えるのに必要な知識や理解を、生徒が既に手にしている/入手ができる状態を整えておくことが大前提であるのは言うまでもありません。(cf. 問いを軸に授業をデザインするときの基本的な流れ)
最上級生の受験対策のみならず、高1、高2でも模試対策(好成績を取らせて学びへのモチベーションを高めさせたり、進路への展望を開かせたりするため?)として過去問演習を課すこともあろうかと思います。
この場合でも、適当にピックアップした問題を無策に与えても好ましい結果には繋がりにくいはずです。「与えるものは与えた。あとは君たち頑張ってね」という姿勢にも見えなくありません。
出題研究を通して良問を見つけたら、どの場面で生徒に与えて挑ませるか、きちんと計画を立てて(=指導カレンダーに落とし込んで)、そこまでの授業を通じて「挑めるだけの土台」を作ることが大切です。
❏ 課題の付与には3タイプ~適切に使い分け
課題には3種類があることを、まずはご確認ください。今、与えている課題がどのパターンに属するのか分類してみましょう。
Aパターンなら、学びの振り返りやアウトプットとして機能するはず。授業内の学習活動を通して「答えるのに必要なパーツ」をきちんと揃えさせておけば、理解の深化や意味の拡張といった好ましい結果が得られます。成功体験と達成感で、学びへの自己効力感も高まりそうです。
Bパターンは、習ったことを覚えるだけなので、思考の要素は介在しにくく、知識の定着や処理への習熟以外の効果はあまり期待できません。履行状況の確認や、覚えたかどうかを確かめるだけで、本当に理解できているかどうかは、取り組みの結果から推し量ることも難しそうです。
Cパターンは、授業カリキュラムと関連性がないまま、カバーしきれない部分を生徒の努力で何とかしようというやり方にも見えます。
過去問演習も、(前項末尾のように)ただ問題を与えて解かせるだけでは、このCパターンとなるのは明らか。成果が期待できるより、弊害のリスクが懸念されます。
もちろん、受験直前期を迎え、知識の拡充を図ったり、教科書でカバーしきれない部分を補うことも大切ですが、問題に挑むレディネスを整えさせておくことの重要性は忘れないようにしたいところ。
ちなみにAパターンでも、「授業で扱ったこと」と「課題で扱うこと」を時間的に連続させなければならないという縛りはありません。
意図的にインターバルを設定(例えば、学期中に学ばせたことと関連付けて夏の講習会で問題演習を行うなど)すれば、時間の経過に伴う忘却を逆手に、再記銘を通した記憶への強固な刻み込みも可能です。
❏ 本時の学びと過去問演習をどう結び付けるか
出題研究を通じて、好適な出題をみつけたら、カリキュラムの単元進行の中に、その問題を組み込む適切な「場」を探しましょう。
問題をそのままフルに課す必要がなければ、抜粋でも良いですし、生徒にとってハードルが高すぎるようなら、少し手を加えて問題をアレンジしてあげましょう。
授業で教えていない知識を要求している問いが含まれるなら、教科書や副教材、ノートを見ても良いという条件にするのも好適です。自力で必要な情報を集めて、答えを導くのに必要な知に編む練習の好機です。
良問を指導カレンダーの中に組み込んだら、その場を迎えるまでの「準備」として、生徒に何を獲得させておくかを考え、指導計画を起こしていくことになります。
単元固有の知識や理解なら、その場で教えたり、参照させたりすれば良いでしょうが、資料を読んで理解する力や、グラフやデータをもとに考察する力などは、様々な機会に練習を積ませておく必要があります。
まずは、先生方がこれまで以上に出題研究を充実させ、生徒に挑ませる好適な「教材」としての入試過去問のストックを充実させましょう。
新課程への移行で出題も変わってきました。「今、生徒に教えていることがどう問われるか」も認識のアップデートが必要です。以前の感覚で指導を設計していると、思わぬ落とし穴が待っているかもしれません。
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別稿では、授業外の学習指導機会の位置づけと実施方法について考えましたが、過去問や副教材を「教科書での学び」に加えようとするときには、「教室での学び」(及びその準備と仕上げ)との関連付けを十分に考慮した上で「追加」の要否を検討する必要があろうかと思います。
学ばせることの漏れが生じないように「最大限の網をかける」ことが、生徒の持ち時間という貴重なリソースを簡単に飽和させてしまいます。
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一