ホームルームで行う「朝読書」を「総合的な探究の時間」と関連付けて実施している学校は少なくないようです。興味を持ったことを掘り下げるための読書との位置づけが多いかと思いますが、「ねらい」にできるところはそれだけには限らないはずです。
興味や関心の所在が自分で特定できていない生徒なら、図書室を歩き回って「自分の関心が反応」したタイトルを手に取り、本の内容とその周辺にどんな探究の可能性があるか探ってみるのも好適。何冊か読み終えれば、リサーチ・クエスチョンの原型もできるかもしれません。
自分がどんなことに興味を持ち、どんな反応をするかは、実際に情報に触れたり、体験をしてみたりしないとわかりません。直接体験は何かとコストが大きくなりがちですが、本を介しての間接体験なら、その辺りの負担はぐんと抑えることができます。
しかしながら、方向付けもなく本を選ばせ、漠然と読ませているだけでは、「ねらい」とすべき効果は得られません。きちんと指導を設計し、評価や効果の測定も確実に行っていきたいところです。

❏ 朝読書の位置づけ(目的)を明確に、活動を設計
朝読書を「文字に親しむ機会」とするなら、生徒が何を読もうと、所期の目的を達することはできるでしょうが、「探究活動と関連付けて」というなら、そのやり方は十分とは言えないのではないでしょうか。
探究活動のテーマを見つけたり、その前段階としての興味・関心の拡充というのであれば、相応の目的と方法を備えた「朝読書」を設計しなければならないはずです。フェイズを分けて考えていきましょう。
まずは、興味・関心の拡充を図るフェイズで
中学校までの「体験的・横断的な総合的な学習の時間」の中で、探究の対象となる興味・関心を見出している生徒は、それを掘り下げ、視野を押し広げるように、キーワードなどを手掛かりに図書検索を行っていけば、読むべき本との出会いはそれほど難しくはないはずです。
本屋の店頭やネット上には「探究のテーマ」の候補を挙げてくれる書籍が見つかりますが、それを読んで「手を付けやすそう」「何となく面白そう」なのを選ぶのでは、「探究の姿勢」を育むことにはなりません。
探究活動の本質は、身の回りにある問題を見つけ、それを解決することによって、より良い未来を創ることにあります。その姿勢と方法の涵養が、探究活動の指導目的でしょう。問題を見つけるフェイズを「あらかじめ用意された候補」から選ぶことで代替しては目的に近づけません。
まずは、あれこれと知る機会をもち、その中に「探究の起点となる」違和感や、解き明かしたい謎(知りたいこと)を見つけさせましょう。
各教科の学びと結び付けた設計が合理的
先生方から、各単元で学ばせていることの先にある問題を扱った書籍を例示して、「何もテーマが浮かばないなら読んでみよう」という指導/働き掛けも、この趣旨にはある程度マッチすると思います。
該当の書籍は、図書室に揃えておくべきなのは言うまでもありません。推薦図書を起点に「書籍の森」を探索させましょう。言うまでもありませんが、探究活動の充実には図書室との連携が不可欠です。
読んでみる中で見つけた「興味を刺激した事象(用語)」を起点に、書籍や論文を検索をさせてみると、読むべきものがあれこれと出てくるはず。ここでは必ずしも、「書籍」に限る必要もないと思います。
また、各教科の学習の中で先生方が課す「探究から進路へのきっかけを作る問い」を起点に行う、調べ学習の中にも同様の体験が持てます。
なお、そうした「問い」を与えても、答を得ることを目的にさせると、安易にAIに訊いて、わかった気になったところで学びを終えてしまう生徒も出てきます。「関心の拡張のために読むべきものを探すこと」が目的であると、銘記させることが、読むことに向かわせる肝です。
漫然と「読書」を重ねるより、内省と記録の蓄積
興味を見つけるフェイズでも、読書体験を積み上げるだけでは、「自分が何に対して強く反応するか(=関心を示すか)」は中々掴めません。
読んで気づいたこと、考えたこと(調べてみたいと思ったこと)を文字にして、頭の外に取り出してみるようにさせましょう。その場の感覚や思考は、時間の経過とともに揮発することも多いはず。「体験のたびに感じたことをしっかり考え、言語化&記録」することが大切です。
考えを書き起こしたメモがある程度集まってきたら、KJ法などで整理してみることで、そこまでの思考を構造化することができるため、欠けているピースが何か、即ち、さらに調べてみるや掘り下げてみるべきことが何か、輪郭が見えてくることがあります。
メモに頻出する共通のワードなども、頭の中の問題意識を反映しているはずです。それらを頼りに、さらに情報を集めてみたり、社会や学問がそれにどう向き合っているかを調べてみたりする段階でしょう。
興味を掘り下げ、リサーチクエスチョンを作るフェイズ
ここまで来たら、探究テーマを具体化し、リサーチ・クエスチョンに整えていく段階です。すでに「興味を広げるための読書、自分の反応を知るための体験」のフェイズは通過していますから、読書の在り方(読むもの、読み方)も変わってきます。
論文検索エンジンで、関連する研究のこれまでの成果を調べたり、どのようなアプローチで研究がなされているかを学んでいくことで、どんな調査、実験を行い、どう仮説を検証するかを考えるのがこの先の主眼。
せっかく習慣化した朝読書の時間を使い、ネットで見つけた論文や考察を読み、探究の計画を考える時間にしても良いはず。このフェイズでは、タスクを「書籍を読むこと」に限定する必要はなさそうです。
先輩学年が探究活動で残した「論文集」を読み、気づいたことを書き出し、整理する時間とするのも、大いに意味がありそうです。
❏ フェイズごとの到達目標に照らした評価と効果測定
ここまでに書いてきた通り、探究活動と関連付けた朝学習にも「段階性」があり、各フェイズで到達を目指すべき事柄があります。
観点別の段階的評価規準(ルーブリック)に整えるところまで目指すのでは、先生方の負荷が過剰でしょうが、生徒を主語に「目指すべき到達状態」をセンテンスに書き出し、それを満たす生徒の割合をざっくりとでも捉えるようにしたいところ。
興味・関心の拡充:自分が何に関心を示すかに気づいている
内省・記録の蓄積:自分の反応や思考を言語化し記録できている
興味の焦点化:自分の関心の共通性や方向性を捉えている
探究実行へ接続:自らの問いに基づき探究計画を策定している
評価結果の分布(十分に満たした生徒が〇割、概ね満たすがやや不足が〇割、まだまだ遠いが〇割、等)を指導主体(多くはクラス担任)ごとに算出し、比べてみると倣うべき優れた実践の所在もつかめます。
❏ 探究活動と関連付けない場合も、きちんと指導を設計
もし、朝読書を「探究活動との関連づけ」を考慮せず、「豊かな読書体験を積ませる」「落ち着いた気持ちで一日を始めさせる」ための活動と位置付けるなら、文芸作品などを書籍で読ませるのも十分に合理的。
但し、「読ませっぱなし」では、活動の意味が薄れますので、読んで考えたことの言語化と記録には、同じように取り組ませたいところ。読むことを自己目的化させない、ということです。
表現力も培おうというなら、一冊読み終えるたびにミニ書評なども課すべきでしょう。当然ながら、これも適切な指導と評価なしには、コスパの悪い活動になるリスクが膨らみます。書評とは何かを教え、優れたものをシェアすることで相互啓発が働く場は整えるべきです。
なぜ、その本を選んだのか、理由を言語化させることも、「自分が何を求めているか」を知る機会となり、「自分を知る」一助となります。
追記: 朝読書を探究活動と結び付けることは、学びの重なりを意図的に設計し、教育活動をコンパクトにまとめるうえでも有効です。興味の拡張や問いの形成といった探究の前段階を、既に確保されている朝の時間に組み込めば、別枠の指導を積み上げる必要がなくなります。
限られたリソースを有効に使いながら、生徒の学びを連続的に育てるためにも、朝読書の再設計は学校経営上の必然と言えるでしょう。
ちなみに、「探究のテーマを探そう」という最終的なゴールだけを意識させると、「まずは知るところを拡げ、その上で興味を掘り下げ、絞り込み、その先で解くべき問いを作る」という段階性への認識が見失われがちです。目的に飛びつかせず、きちんとプロセスを踏ませましょう。
■関連記事:
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一
