模試や外部検定などのテスト、ルーブリックを用いた活動評価、さらには生徒による授業評価アンケートの結果などから、優れた実践(=有為な学びに大きく寄与した指導)の所在を特定し、それを共有することが組織的な授業改善を進めるときの「基本」です。
共有したものは、先生方の協働で更なるブラッシュアップを図ったり、他の手法と組み合わせたりして、より大きな成果が見込めるものに仕立て直していきたいところです。
しかしながら、様々なデータを用いて優良実践を抽出し、そこでの工夫を共有したにも拘わらず、教科/学校全体での改善が想定ほどは進んでこないケースも少なからず。往々にして後退も混在します。
優良実践の抽出と共有が、全体の授業改善にうまく繋がっていないように見受けられる場合、実践の共有が正しく行われているか、採り入れた手法を自分のものにする過程に不足はないか、点検が必要です。
❏ 優良実践に触れても授業の改善が進まないケース
様々なデータ(テスト、活動評価、アンケートなど)で「優れた手法の所在が考えられる実践」を探し出したら、そこでの工夫や取り組みを実践報告や研究授業/相互参観などを通して共有を図ります。
その実践に触れて知った手法や、得た気づきを消化して浮かんだもの、自分の授業に採り入れることになりますが、この一連のプロセスのどこかに問題を抱えると、意図した通りの授業改善成果は得られません。
ここで考えられる「問題」は、以下のように大別できると思います。
- 工夫や取り組みを深く理解せず、表面的な模倣に止まった
- 新たな手法との整合をとるための調整を怠り、ちぐはぐになった
- 手応え(生徒の反応)を確かめずに、新たな手法を推し進めた
- 新しい工夫に気を取られるあまり、他の部分に手薄な箇所が生じた
- 優位性がデータで示唆された実践に倣わず、独自の工夫に走った
これらの問題のうち、どれか一つだけではなく、複数を同時に抱えているケースもありますので、一つひとつ当てはまるものがないか点検を行い、該当する部分が多少なりともあるなら、その解消を図りましょう。
❏ 聞きかじりでは、ノウハウを深く理解できない
実践報告を聞いたり読んだりしただけでは、理解が浅いところに止まりがちです。聞きかじりでは、その手法を正しく学ぶことはできず、中途半端な理解でその手法を真似ても、確実な成果は期待できません。
報告を聞く中で生じた不明や疑問は、質問をして解消すべきなのは言うまでもなく、鵜呑みにして不要なリスクを抱えないよう、実際の自教室での指導場面をイメージしながら、よく反芻しましょう。
頭の中でぼんやりと考えるよりも、気づきを整理し、思考を掘り下げながら、ご自身の理解を言語化してみる工程は欠かせないと思います。
聞いたり読んだりしただけでは、具体的な手順や方法が見えてこないときは、実際に教室に足を運んでみましょう。報告者の言葉にはなかった部分に、紹介された方法を活かすポイントがあることもしばしばです。
❏ 全体を見渡し、新しい手法との整合性を取る
これまでのやり方(授業の流れ)に何ら手を入れず、新たに知った手法を付け足すだけでは、全体がちぐはぐなものになりかねません。
授業全体を見渡して、新しく取り入れるパーツがしっかりと馴染むように、他の部分にもアレンジを加える必要があるということです。
PBL的な要素を組み入れようとするなら、課題解決に不足するものを補う方法(参照型副教材の活用や生徒同士の対話による発想の相互補完など)の確保が必要です。
これらの整備なしに、「さあ、頑張れ!」では、挑んだ課題を前に返り討ちに遭う生徒が続出するのではないでしょうか。
そもそも授業時間は限られていますので、単純な足し算では「枠」をはみ出してしまい、流れもきちんと作れないはずです。
従来は授業に組み入れていたものを、生徒が個々に取り組む課題に切り出すにしても、それをこなせるだけの状態を整えなければなりません。
❏ 手応え(生徒の反応)をきちんと確かめながら
新たな手法を採り入れ、学ばせ方を変えていこうとすると、生徒はこれまでと違った要求に戸惑うことも少なくないはずです。
生徒自身に取り組ませていなかったことについては、方法への習熟もそれに向かう姿勢も十分には整っていない可能性が高いことを念頭に、指示やタスクに対する反応をいつも以上に精緻に観察しましょう。
これを怠ると、学びの主体である生徒は「置き去り」です。
指示やタスクに対し、生徒にどんなレスポンスを期待するか、明確にイメージをしておき、それがどのくらいの割合で観察できるかチェックを密に行い、ズレがあったらそれを詰める手立てを打つ必要があります。
❏ ほかの部分が手薄にならないよう、十分に注意
新しいことに挑戦しているときは、他の部分への意識が薄く/散漫になりがちなのは、誰にでも、どんな場面にも当てはまると思います。
課題解決や対話協働といった学習活動の充実を図ろうとするフェイズでは、ついつい理解の確認が疎かになったり、本時の目標や取り組みのポイントを伝えるところが不十分になったりするもの。
実際の授業評価アンケートのデータを見ていても、Ⅵ対話協働が急上昇した局面で、Ⅲ理解確認が低下しているケースは頻繁に目にします。
そこまでの学びで得たはずの知識や理解がきちんと形成されているかを確かめずに課題に挑ませても、達成可能性は高く見込めませんし、到達目標(=振り返りの基準)が曖昧では、対話協働も自己目的化します。
板書や資料、指示や説明といった「伝達」での後退は、生徒が取り組む学習活動の土台を不確かなものになるのは想像に難くありません。
❏ オリジナルの手法を目指す前に、巨人の肩の上に立つ
周囲の先生が取り組み、確立してきた優れた手法に触れると、「私だって!」と意欲が刺激されます。先生方がそれぞれに編み出した効果的な指導の手法は、それらを組み合わせることでさらに可能性を広げます。
新しい手法の開発にはどんどん取り組んでいきたいところ。先行事例を参考にすることで、その効率と確度を高めていきましょう。
多忙な校務の中で、新たな手法開発に投じられる時間は限られます。手掛かりなしに試行錯誤を重ねるのでは成果は得にくいはずです。
また、新たな工夫を試すときには自ずと生徒を巻き込むため、一定以上の確度が見込めるものに絞る必要があるのは言うまでもありません。学びの停滞という不要なリスクに生徒をさらさないことも大切かと…。
各地の実践には、研究紀要や発表会、ネットの記事などでも触れられます。大規模な「実験」を自分/自校に閉じて行うのは困難ですが、先端研究で得られた知見を活かして授業改善を図るのは十分に可能です。
より遠くを見渡し、高いところに到達するには、まずは「巨人の肩の上に立つ」ことではないでしょうか。知らないところで、面識もない先生方が、様々な工夫を重ね、優れた手法を作り出されてきています。
こうした調査や研究を経て、成功が見込める試行を思い立ったら、周囲の先生にアイデアを示して、考えや意見を訊いてみるのもお奨めです。互いの気づきを交換する中で、プランを練り上げていきましょう。
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ちなみに、各教科で「優良実践の抽出と共有」に取り組む中で、改善が大きく進む先生と、後退する先生が混在するのは珍しくありません。
本稿で触れた問題点の大半は「個々の先生の取り組み」に関わるもの。それぞれの先生の取り組み方でその成果が異なるのは当然でしょう。
また、これといった改善策を講じないと、周囲のレベルアップで「相対的に厳しい評価」を受けるようになります。生徒は、普段受けている授業の中に「標準像」を作り、それとの比較で評価を行うからです。
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一