探究活動の成果発表会などを参観する際に、各生徒の「探究テーマ」が学年全体でどのように分布しているかに注目してみると、各校の指導の様子も垣間見えるように感じます。
探究活動の指導における目標の一つは、探究のスキルと姿勢を学ばせることですが、生徒が「適切なテーマを、適切な手順を踏んで選び出す/打ち立てる(=問題を見つけ出す)ことができる」ようになってこそ、「社会参画力」や「持続可能な未来への責任」の涵養に繋がります。
自分の身の回りや社会の未来に対して、どこに解決すべき問題を見出すかは、生徒一人ひとりで異なって然るべきかと思います。もし、似たようなテーマ、同じような切り口の生徒があまりにも多く、分布が不自然に偏っているようなら、「生徒一人ひとりが自分事としての問題を発見する」フェイズの指導にどこか改めるべき点があったかもしれません。
❏ 探究活動を通して目指すべきもの(再)
別稿でも書いた通り、探究活動が大きな部分を担うのは、21世紀型能力における「思考力」や「実践力」の各構成要素の獲得です。
各教科で基礎を築いた「問題発見・解決力」を実践の中で鍛えてより高め、「創造力(=課題解決の方法を新たに作り出す力)」を鍛える場であると同時に、進路指導と相補的に「社会参画力」や「持続可能な未来への責任」を生徒のうちに芽生えさせるのが総合的な探究の時間です。
ならば、探究活動のテーマ選びには、「社会参画力」や「持続可能な未来への責任」を意識させて臨ませる必要があるのではないでしょうか。
この必要を満たすのに、如上のフェイズでの指導を改めず、別の指導機会を追加して代替させるとの選択は、カリキュラムマネジメントの上でも先生方の働き方改革を推進する上でも、合理性を欠くと思います。
❏ 探究テーマの分布に偏りをもたらしているのは…
生徒の関心は、それまでの学び(授業に加えて、体験学習や課題研究なども含みます)の中で受けた刺激によって、その所在を変えます。
強烈な印象が残る学びがあれば、そこに多くの生徒の関心が集中することになりますが、同等以上の刺激を他の場面でも受けていたら、そちらに関心を向ける生徒が現れて然るべきでしょう。
探究テーマは生徒がそれぞれの関心の中から見つけ出し、具体化していくものですから、その分布の偏りの少なくとも一部は、学びの中で(先生方が)与えてきた刺激の偏りによるものだと思います。
ある先生だけが、日々の授業の中で「探究から進路へのきっかけを作るプラスαの一問」を積極的に提示していれば、刺激はそこに集中します。
ほかに刺激を受ける機会がなければ、「新たに探すのも面倒、これでもいいか」と安易に考える生徒が居ても不思議ではありません。
他の先生も同様に、問いを投げ掛けたり、「拡張型調べ学習」に取り組ませる機会を設けたりしていれば、関心もより広く分布するはずです。
また、テーマ探しのフェイズで、新聞に目を通し、気になる記事に所見を起こすというタスクに一定期間をかけて取り組ませるのも、より広い範囲に関心が及ぶようにさせるのに効果的です。
- 探究型学習を使った進路指導(全7編)
何の指導もしないと、生徒はテーマ選びでもスマホに頼りがち。検索ワードも自分の関心に沿ったものしか入力できず、関心/視野をきちんと押し広げていくには不向きなところが多々あるのではないでしょうか。
❏ 体験学習、調べ学習を自己完結化させない
生徒の視野を押し広げ、より広く社会について考えさせる指導機会(体験学習や校外行事など)も様々なものが用意されていますし、進路指導でも学部学科調べなどに取り組ませたりしているはずです。
しかしながら、そうした活動が自己目的化してしまい、きちんとした準備を欠いたり、振り返りが不十分であったりすれば、その中に「自分事としての問題」を見つけるのは難しくなるばかりです。
別稿「体験学習をただの体験で終わらせない」でも書きましたが、どんな体験をさせても、そこから学べることは、生徒それぞれが事前に備えていた「認知の網」によって変わります。
進路指導で行う学部学科調べでも、そこに集う人々がどんな問題を解決しようと取り組んでいるかにも目を向けさせ(調べさせ)てみれば、教室での学びだけでは所在に気づけなかった問題に出会うかも。
こうした学年や進路が立案する各指導が、生徒に獲得させるべき能力・資質(「思考力」や「実践力」の各構成要素)の獲得を意図して設計されていれば、生徒の関心はより広く分布し、探究テーマはより多様に、自分事としての関わりがより強いものになるのではないでしょうか。
❏ 過年度生がどんなテーマで探究に取り組んだか
総合的な探究の時間のオリエンテーションも近く計画されていると思います。そこで用いる「教材」には、既卒生が残した論文やプレゼンテーションといった成果品も活用できます。
それらに目を通す際に、生徒がどんなテーマ/切り口で探究に取り組んでいたか、冒頭に書いたような過度な偏りがないか、ざっとでも点検をしてから、本年度の指導をスタートさせたいところです。
また、学年の指導に関わるすべての先生の間で、探究テーマを選ぶフェイズを迎えるまでに、生徒の視野/関心の所在を十分に押し広げておくことの必要性を共有しておくことも大切です。
それぞれの立場からできることをしっかりと考え、実行してもらうと同時に、それぞれの取り組みも情報として共有していけば、そうした機会の作り方の発想も広がり、好適な指導の手札も増えていきそうです。
総合的な探究の時間/探究活動は、生徒が「自分を知り」、進むべき道を探し出していくための貴重な学びの機会です。
関心の所在を押し広げることがなければ、自分の資質や志向に合った進路との出会いは難しくなるかもしれませんし、様々な問題に関わってみなければ、それらに自分がどう反応するかもわからないままではないでしょうか。
そうした学びの機会として、新たに設けた「探究」が十分に機能しているかどうかを推し量る一つの指標が、本稿で取り上げた「探究テーマの分布に偏りはないか」であるとお考え下さい。
前年度の「成果発表会」で目にした先輩学年の活動に、過剰な影響を受けていることもあります。発表者を選び出すときも、きちんとした基準を設けておくことが大切です。
探究テーマが程よく分散していることは、学校全体でPBL的な学びが広く実践されていること、システマティックな指導ができていることを示唆します。逆に、分散しすぎて、道楽的なものまで含まれてしまっているとしたら、方向づけを間違えてしまった可能性も高そうです。
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一