学習の記録(成果のみならず、どのような体験をしたか、そこでどんな考え/内省をもったか)を残していくポートフォリオは、生徒が自分の学習をコントロールする「メタ認知」を養うことを意図して作成するものですが、残されたログは様々な場面で活用されることになります。
生徒の指導に様々な立場から関わる先生方が、「ポートフォリオに残されたログをどう活用するのか、そのためにどんなログをどんな形で残すべきか」をしっかりと共通認識として持っているかどうかは、想像以上に広い範囲に影響を及ぼすとお考えいただく必要がありそうです。
❏ ログを残させる場面と、ログを指導に活用する場面
ポートフォリオに残すログは、大きく分けて「ラーニング・ログ」(学習成果記録)、「プラクティス・ログ」(実践体験記録)、「リフレクション・ログ」(省察記録)の3つです。
ログを残す機会は、日々の教科学習指導に限りません。総合的な探究の時間や進路指導でも、指導機会を持つごとに何らかのログを残していくことになります。当然ながら、ポートフォリオにログを残させるのは、それぞれの指導を担当する先生方です。
しかしながら、後になってログを利用するのは、そこでの指導に当たった先生方だけではありません。総合型選抜の出願書類を作成する指導には学級担任の先生が当たるのが普通でしょうが、書類を起こす上の主な材料は、探究活動を担当した先生が残させたログだったりします。
進路指導の機会(講演や大学訪問、学部学科調べ、面談など)を経るごとに、学級担任の先生が生徒に残させたログは、進路指導部や学年進路がこれまでの進路指導の効果測定を行う際のデータにもなります。
ログという形で残ったデータを活用する側の意図が、ログを残させる先生方に十分に伝わっていなければ、欲しいデータ/ログがいざとなったときに揃っておらず、指導の支障にもなりかねないということです。
❏ 総合的な探究の時間のポートフォリオ
探究活動を担当される先生方が、進路意識形成や出願書類作成までを見通したポートフォリオ作成指導を行えなかったら、後で困るのは担任の先生やそれを支援する学年進路の先生。生徒本人も難儀が必至です。
募集定員が増える総合型選抜を利用する場合、明確な志望理由の有無は合否判定の重要な材料になり、総合的な探究の時間などでの「活動の成果や記録」は志望理由を裏付ける上で欠かせない資料のひとつです。
一般選抜や学校推薦型選抜なら、そうした書類を調える必要性は低いでしょうが、それでも明確な志望理由を持たないまま進学させては、大学に入ってからの燃え尽きや目標の喪失などのリスクを抱えます。
ポートフォリオは、別稿でも書いた通り、生徒に「自分を見つめ、将来と向き合うための貴重な材料と機会」を与えます。
受験期を頑張り切れるかどうかだって、生徒が自らの志望に合理的で明確な理由を持っているかで大きく左右されるのではないでしょうか。
学級担任の先生が進路面談を重ねて生徒一人ひとりが志望理由/進路意識を作り上げる支援をする中、生徒が何を考えながらどんな研究テーマに取り組んできたかを知っているのと知らないのでは大違いです。
しかしながら、いざ、探究活動のログを参考に進路面談を進めようとしたら、研究テーマと生徒自身の進路の接点が見て取れなかったり、持続可能な未来への責任を感じ取れる部分がなかったりしたら、「とりあえず、これは脇に置いておくか」と大幅な作戦変更が余儀なくされます。
探究活動を担当する先生が、学年団や進路指導部との間で「探究活動は生徒が自分の未来に向き合う場」との認識を共有していないと、こうした事態も起こり得ます。(cf. 探究活動の目的から考えるテーマ選び)
❏ 進路指導を進める中で残させるポートフォリオ
進路指導の中でも、様々な学びの機会(講演会など)や体験の場(大学訪問や研究室訪問など)が設定されているはず。その一つひとつを経験するたび、生徒にはしっかりとしたログ(記録)を残させたいもの。
具体的な進路希望を作り、最終的に出願校の選択に至るまでには、要所ごとに、面談などを通じて、そこまできちんと選択のプロセスを踏んできたかを確かめる必要がありますが、その確認に欠かせない材料の一つが、如上の機会に生徒一人ひとりが残してきたログだと思います。
進路講演を開催しても、事前の準備や学んだことをもとにした内省にきちんと取り組ませなければ、その効果は半減ですが、それらの取り組みがきちんと行われたかどうかも、ログの中に残るはず。
進路行事のたびにワークシートを用意して、生徒が記入したものを先生が目を通してからファイリングさせれば、ポートフォリオの代替になりますが、体験を通じて感じたこと/考えたことを言語化させない限り、内省も深まらず、進路意識の形成は進みません。
❏ 各教科の学習の中にも進路に繋がる活動が
生徒の進路意識形成の足跡を辿ったり、次への足掛かりにしたりする材料は、各教科の学習の「成果」の中にも見つかるはずです。
英語の授業で行ったスピーチ、国語の時間に書いた小論文、あるいは地歴公民で取り組んだ課題解決型学習への解、理科の自由研究課題などにも、自分の未来や持続可能な社会への関わりが現れているかも。
こうした場面で個々の生徒が残した成果は、探究活動の指導に当たる先生がテーマ選びの支援をするとき、あるいは生徒の進路選択に際し学級担任の先生が助言などを与えるときも、大いに参考になるはずです。
該当教科の評定をつけ終えた段階で、「あとは用なし」と廃棄してしまっては、そうした活用はできません。以前と違い、記録はデジタル化してコンパクトに保存できますし、きちんとタグをつけたり、サマリーを添えたりしておけば、検索にも引っかかりやすくなります。
たとえ後に使う場面が想定されていなくても、しっかり記録に残すことを習慣化しておかないと、こうした使い方はできません。
その場での手間が増えるのは事実ですが、保存と管理ができるシステムを用意した上で、生徒自身に登録や記録の作業をさせていきましょう。
先生方が、評定を出すタイミングで「観点別学習状況」を個々の生徒について把握し直すにも、記憶に頼るのでは限界はすぐに来ます。記録をきちんと活用する方法にシフトすることが、評価結果への説明責任を果たす上で欠かせないものになるのではないでしょうか。
ポートフォリオの作成を自己目的化することほど、コスパに欠けることもないと思いますが、(呼称はどうあれ)ポートフォリオに類する記録をきちんと作っていくことは、生徒を育て、目的意識を持って巣立たせるためにも、メタ認知や適応的学習力を養うためにも欠かせません。
近年、「ポートフォリオ評価」という言葉が独り歩きしていますが、ポートフォリオは本来、より良い指導を実現するためのツールです。
ご自身の担当する指導領域だけに視野を閉じず、学習指導、進路指導、探究活動で作るスパイラルの中で、目の前の指導を通じて、次の指導場面にどんな成果と記録を渡していくか、常に考えていきましょう。
ちなみに、これまで各教科の学習、探究活動、進路指導でそれぞれ作ってきた「ポートフォリオ的なもの」(学年教科が作ったリフレクションシートや、探究記録や進路ノートなど)も統合して、一括での運用・管理に切り替えないと、ポートフォリオの効果的運用(教育の個別化への対応や、指導改善へのビッグデータ活用など)は難しそうです。
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一