先日(5月16日)に、大学入試センターから「大学入学者共通テスト(仮称)」の国語と数学のモデル問題が公表されました。また、採点基準案やモニタ実施の結果も出ています。何回かに分けて考えたところをまとめてみます。
❏ コンピテンシーを発揮する場の想定が変化した?
国語のモデル問題をみて、真っ先に感じたのは
- 事業者からの提案のどこが行政のガイドラインに抵触するか判断する
- 対立する意見がある中で一方をサポートするロジックを根拠を示して作る
と、これまでの国語のテストとは異なる方向が示されていることです。
記述問題が課されることや、思考力・判断力・表現力が試されるという捉え方だけでは、如上の変化が説明できません。
伝統的な題材であった評論などではなく、実用文書が題材にされたことから、コンピテンシーを発揮すべき場面の想定が、教科に閉じたものから、実生活を生きる場面に切り替わることを想定しておく必要がありそうです。
日常の授業における言語活動の設計にも変化が求められるかもしれません。注意して今後の動向を見守りたいと思います。
❏ 経済活動や社会生活で求められる協働性と課題解決力
相異なる立場から書かれた/発言された複数のテクストを読み、情報を統合・整理する中で、相違点(議論の対立点)を明らかにすることは、新テストの国語だけで求められることではありません。
グローバル社会であろうと、イノベーションを起こすべき研究室でも、地域のコミュニティを支える活動でも、「協働で課題解決に取り組む場での言語活動」 は欠かせないものであると考えると、モデルで示された「共通テストで測ろうとしている学力(能力・資質)」 も腑に落ちます。
❏ 共通点と相違点を踏まえた主体としての判断力
協働で課題解決に当たる場では、互いの言い分を正しく理解し、共有できる価値を確認するとともに、議論の対立点(=論点)を整理し、双方の満足が最大化する「落としどころ」 を探していくことになります。
第2問が設定したのは、契約書を典拠に不動産会社との争点を解消しようとする場面です。
こうした場面も経済活動や社会生活を営む上で不可避であると考えれば、この題材も、「実際的な言語能力を試す」 という趣旨に照らし一定の合理性を備えていると評価できるかもしれません。
❏ 協働で課題解決に当たる場での言語活動
今回提示された国語のモデル問題は、今後の学校教育が目指す国語力の方向を示すものだと思いますが、その意図するところを理解しようとするなら、
- 協働で課題解決に当たる場面での言語活動
- その言語活動を成立させるための思考力・判断力・表現力
という2つのキーフレーズを念頭に置く必要があるのではないでしょうか。
モデル問題は、国語のものではありますが、上記2つのキーフレーズで考えてみると、同じフレームを使いながら、題材を変えるだけで別教科の問題に仕立て直すのは十分に可能だと思います。
❏ 国語のモデルから他教科での新傾向問題を予測すると
例えば、公民であれば、ある政策の是非について、賛成派・反対派それぞれが起こした文章や、両者が議論している場のやり取りを題材に、今回のモデルと同様の問題を起こすことは十分に可能でしょう。
地域の気候データや地勢的条件をパラメータとして仮想の都市を設定し、当該エリアでの産業振興の方向性を議論させることもできるでしょうし、ある時代の史料を比較しつつ、事件が起きた背景や採り得た別の選択肢(行動)は何かを論じるような問題も作れるかもしれません。
英語でも、同じテーマを異なる視点から描いた文章を読ませて、意見を書かせたり、両者が納得しえる解決策を選ばせたりする問題は作れますし、実際、そうした問題を定期考査で課しておられる学校もあります。
どの教科・科目においても、問題文(テクスト)に与えられた情報の範囲で、思考と判断を重ね、題意が求める形に表現をまとめるということに重きが置かれるような気がします。
今後の指導計画を考え、考査問題などの評価方法を整備していくには、これらを想定しておく必要があるのではないでしょうか。
❏ 解いた体験自体がまなびになるのが良問
個人的な見方ではありますが、良いテスト問題というのは、問題を解いた経験そのものが受験生の学びになる(=新しい価値に触れ、内面に変化が生じる)ような問題だと考えています。
少なくとも、前職で模擬試験(英語)の出題を担当していた時は、そんな思いで題材選びに当たっていました。
解いたことで文章の読み方が体得できるような問題もあれば、文字を通して触れた(=対話した)作者の思想や思いに啓発される問題もあるはずです。
今回のモデルで示された問題には、前者はともかく、後者の要素はなさそうです。モデル通りの問題しか登場しなくなることには言葉にしきれない危惧というか、不安のようなものを感じるのも事実です。
対話的な学びの重要性はますます強調されていますが、書物を通した先人との対話はこれまで以上に大切にすべきではないでしょうか。
❏ 実用文書以外での出題も十分に可能
今回のモデルで示された学力観や評価視点は、なにも実用文書に限らずとも、評論や小説といった入試現代文の伝統的材料でも実現できるはずです。
評論であれば、同じテーマを扱った別の作家の文章を並列したり、今回のモデルでの「提案書」 のような位置づけで組み込めば、共通点と相違点をもとに意見の構築を求める問いだって作れます。
小説なら、登場人物の心理や伏線を見抜かせた上で、例えば「登場人物が最も取らないであろう行動」 を選択肢から選ばせ、それを選んだ理由を本文に準拠して論じさせてみても良いと思います。
本来ならば、「読み手が問いを立てる」 という要素も組み込みたいところです。問いを立ててこそ、書いた人との対話が成立します。
採点基準作りにこれまでと全く違った発想が求められ、現状では公平性と客観性を担保した出題は難しいかもしれませんが、いずれはそうした問題が現れることも期待したいと思います。
その2に続く